.i am 40
え、なに?と思ったら、身体がぐらりと傾いた。内臓が引っ張られるような、頭が掻き混ぜられるような感覚がして、逆に頭がすっきりした。
ああああぶねー!!!!俺危うく仲間入りする所だったあああ!!!
”自分の身体を思い出すんだ!”
ジーンに言われてぱちっと目を覚ましたら、俺は車のシートに座っていた。
今まで呼吸を止めてたのかってくらい、勢い良く息を吐き出す。
「麻衣……?」
ナルに顔をのぞきこまれた。
「ちょっと、失敗しちゃった」
死ぬ所だったと思うと、めっちゃ冷や汗が出た。ナルが水の入ったボトルを渡してくれたので、それを一口飲む。うひー俺生きてるー。
「もっかいいってくる」
「危険だ、日を改めよう」
ちょっと濡れた口をごしごし拭ってから意気込むと、ナルは首を横に振る。
「ううん、大丈夫。刺激しちゃったわけじゃないんだ。コンタクトもとれたし」
ならなんでだよ、と言いたげにナルが首を傾げたので、苦笑する。完全に俺の落ち度なんです、はい。
「───この子たちと、一緒に居てもいいかなあって思っちゃった」
リンさんが運転席の方から振り向くのが視界の端にうつった。ナルも少し眉を顰めている。
「ジーンの声がなかったら目を覚まさなかったかもしれない」
ふわぁ……ぞっとするぅ!でも、もう油断しない。
死んだときのことを思い出したからってなんだ。過去の話だし、死んだことは一応分かってたはずだろ。恥ずかしい過去を思い出した時みたいに、割り切らないと駄目だ。俺は今、死んだ人間じゃないんだから。
ぱんぱん、と頬を叩いて、靴を脱いだ。そのままシートの上で膝を抱える。
「さっき教えてもらった方法試してみるね、───行ってきます」
さっきのはタイミングが悪かっただけだ、大丈夫、大丈夫。
自分を鼓舞するように笑って宣言したというのに、リンさんもナルも無言である。行くのかよみたいな顔をしてる上に、行ってらっしゃいもねーのか。はいはい知ってましたぁ。
「行ってらっしゃいくらい言ってよ……今度はちゃんと帰って来るから」
ナルは渋々といった感じに「行ってらっしゃい」といって、リンさんは「お気をつけて」と声を掛けてくれた。
目を覚ましたらお帰りって言ってくれることを期待して、俺はもう一度、生徒達に会いに行った。
教室に戻った俺は、桐島先生に「急にどうしたんだい」と首を傾げられた。車の中だけリンさんの結界やらおまじないやらが効いてるから、俺のことを上手く認知できなかったんだと思う。
「いやーすいません。みんなもごめんね」
「先生何処行ってたのー?」
「だめなんだよ、急に出てったら。ちゃんと手を上げて言うの」
「ごめんごめん」
近くに座ってた子や、元気な雰囲気の子が口々に、笑いながら責めたので俺も笑いながら答えた。
「じゃ、自己紹介がてら、授業始めちゃおうかな」
半袖なので袖はないけど腕まくりをする動作をしながら生徒達に言うと、えー!と嫌そうな顔をした。
うん、やっぱ生徒ってどこも一緒だよね。
算数きらい!とか言って顔を背けた男の子の旋毛を逆回転に回しながら「勉強じゃないよ」と言うと、たちまち皆の顔が和らいだ。現金な奴らめ……。
「桐島先生、いいですか?」
ちらっと見ると、桐島先生はこくっと頷いた。そういえば霊とちゃんと話すのは初めてだなあ。こうして人の形をとってると、あんまり霊って感じがしないけど。ただし薄暗い教室っていうのはちょっと違和感。
「先生には前まで一緒に居た子たちがいてね、皆のことよりもまだその子たちのことが気がかりなんだ」
「えー、でも先生は僕たちの先生でしょ?」
「そうかな?皆だって先生より、桐島先生のことの方が知ってるだろ?」
教卓に肘をついて、傍に居た男の子を見下ろした。
「先生は自分の生徒を置いてけないんだよねえ」
教え子じゃないけど、ナルたちのことを思い出して自然と笑顔になる。
まあ、置いて来てしまった生徒はいたんだが、今はそれを割り切る時だ。
「みんなだってさ、自分のことをおいて桐島先生がいなくなっちゃったら嫌じゃない?」
「やだ!」
「うん、いや」
女の子が必死な顔をして否定した。
「皆桐島先生が大好きなんだね。それと同じで、先生のことを待っててくれる人がいるんだ」
行ってらっしゃいって、ちゃんと言われたし。
おかえりなさいって、言われる為に帰りたい。
「それにほら、隣や前や後ろに居る子をみてごらん、みんな大切な友達がいるだろ?」
子供達は素直に、周りの子供達と顔を見合わせて、くすっと笑う。
「寂しくなっちゃったら、まず、隣の友達に笑顔を見せてもらいなさい。それから、お礼に笑顔を見せてやりなさい。向かい合って両手を繋いだら、きっとあたたかいし、寂しくないよ」
そしたら他の子を連れて来る必要もないしね、と心の中で付け足した。
死んじゃったことを、思い出さなくたっていいかなって、俺は思った。先生だけは覚えてるのかな、よくわかんないけど。
立ってこっち来るように言うと、子供達はわらわら集まって来てくれたので、そのまま先生の周りに行く。
「本当はね、桐島先生が一番寂しいんだ。だって皆と年が近くじゃないから!」
くいっと桐島先生の腕を引っぱると、子供達はクスクス笑った。
「せんせい、これでさびしくない?」
「あやの……」
俺が掴んでるのとは反対の腕にきゅっと抱きついた女の子はにこっと笑顔を見せる。
それから俺がゆっくり手を放すと、男の子が駆け寄って来てその手を握る。
「こんなに仲良しで良いクラス、みたことないなあ。───あ、でも、皆は他の先生やお友達が来ないと寂しいのかな?」
「ううん、そんなことないもん」
ここで寂しいよ!って言われたら全部が崩れるなあと思ったけど、子供は切り替えが早いのか、俺の望む答えを言ってくれた。やったね、と思いながら俯いてしまっている桐島先生の方を見る。
「桐島先生、どうやら子供達は、桐島先生だけで十分らしい。それとも、先生はもっと同僚と教え子が欲しいのかな?多いと結構大変よー」
俺がニヤニヤすると、先生はふっと噴き出すように笑った。
「そうですね」
同意しながら、あやのと呼ばれた女の子の頭を撫でた。
その時、教室のドアが勝手に開いた。そこからは眩い光が押し寄せて来て、教室の中を明るく照らす。
俺が光になれたかは正直わからなかったけど、まあ、光が現れたから成功したんだなあ。
桐島先生は遠足のやり直しをしようと言って、子供達を連れ立っていった。ドアをくぐるとき、光の中で人影がぺこりと会釈した。
うーん、ハッピーエンドですな。
と思いながら、ぱちっと目を覚ました途端、ナルの肩に頭を預けていたことを認識した。手まで握ったのは俺からじゃない筈……だって俺多分身体に力入ってなかったもん。多分。え、じゃあナルが握ったの?デレナル?デレナルなの?何か照れるんですけど。
でも、頭を持ち上げるとするりと手は離れて行ったので、何これと聞く間もなかった。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「おかえり」
とりあえず、これだけは重要だなと思って声をかけたら、素直に返事をしてくれたので俺はとっても満足です。
この調子でおはようからおやすみまで返事をしてほしいもんだわ。
その後リンさんにはマジで申し訳ないけど運転頑張ってもらって東京に帰ることになった。
帰り道では存分にジーンのことを話させられて、ナルは案の定、成仏しないで俺の指導霊をやってる彼を「なにをやってるんだあの馬鹿は」とひとこと。すげえ口をきくやつだ。まあ、こんくらい太々しい人のほうが俺的には安心なんだけど。
そういえば日本人が嫌いだって言ったリンさんに対しても、馬鹿なんだなって言ったし、うわあナルって本当、大半の他人のこと馬鹿だと思ってる。
そういえば俺もしょっちゅう言われてるね、慣れてたからもう忘れてた。「麻衣、お茶、馬鹿」みたいなもんなんだよね。
next.
デレナルなの?
Mar 2015
加筆修正 Aug 2018