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ぼーさんたちは当然東京についたら解散したので、俺たちがどれだけ遅くに帰ったのかは知らない。……深夜二時頃にリンさんに家の前まで送ってもらいました。本当にごめんね。
数日後のバイトでは早速慰労会な感じで事務所に人が集まっていて、大丈夫だったのかと心配された。「死ぬかと思った」って言っておいた。
「あれ、なんで安原さん?」
ぼーさんとか綾子の煩さに隠れてて気づかなかったけど、安原さんも一緒にやってきてて、俺は首を傾げた。
残念なことに安原さんの手を借りずに解決しちゃったから、慰労会に参加する立場じゃない筈だった。もちろん歓迎だけど。
「あ、僕、ここでバイトすることになりました。今日はちゃんと渋谷さんに呼ばれて来てるんです」
「えー!ほんとー!?わーい」
にぱっと笑った安原さんの手を握ってぶんぶん振った。本当よかったー!
「えらい喜びようじゃねえか麻衣……もしやお前さん」
「すぐそう言う勘ぐりするのうぜー、おじさんうぜー」
俺も大概あれなテンションだけど、ぼーさんは茶化すのが仕事みたいなもんだからしょうがないか。
「うっ……胸が痛い」
「え?腰が痛い?トシ〜?」
「僕が揉んで差し上げましょうか?」
傷ついたように胸をおさえるぼーさんに、俺と安原さんは両側から寄り添い顔を覗き込んだ。
「そんなんじゃねーやい!……あ!いや~、麻衣はナルが一番大事なんだったな」
子供二人に詰め寄られているお兄さんは、反撃するネタを思いついたみたいで、やらしい笑みを浮かべた。
俺は何のことだか分からなくて首を傾げる。
「そういえば、あれはすごい告白よね」
綾子もぷぷぷっと笑う。俺は上半身さえも捻って意味が分からないという意志を盛大に伝えようとする。というか、ナル本人と真砂子が居るのにこういう話をするのは悪質だと思います。そして俺には覚えがありません……。
「そんなこと言ったっけ?寝言?捏造?」
隣に居たジョンに真顔で聞く。えっと驚かれた。……なに、どっち?
真砂子の方をむくと、ぷいっと顔を背けられた。まさか、本当なの?起きてて言ったの?
「谷山さんと渋谷さんってそうだったんですか?」
「いや、多分なんか……勘違いだと思うんだけど」
安原さんは笑顔を絶やさず首を傾げた。この人は多分本気にしないでくれてると思う。多分だけど。
俺があまりにも分かってないので綾子がしびれを切らして、「あたしに浄霊のお願いをした時に言ってたわよ」と説明してくれた。
「あ、なるほど。じゃあ、お茶淹れてきますね、所長は?」
「いる」
「ん」
ひらひらと手を振って給湯室に向かうと、安原さんとジョンだけが手伝いますってついて来てくれた。結婚してくれ。
人数分の、しかも種類の違う飲物を用意し終えてソファの所へ行くと、結構人居るなあと改めて思った。安原さんも増えたし、当然のことなんだけどさ。
ていうか、ナルがここに留まっているのが凄く珍しい。真砂子に引き止められた様子もないし、なんでだろう。
仕事の話以外で皆が集まってる時は、基本所長室に引きこもるのにね。
「ねえ、本当に覚えてないの?」
「なーにー?その話まだ引き摺ってるのー?」
三人で手分けして飲み物を置いていると、綾子が声をかけてきた。暇人だなあ。
あれはもう、あの場面でナルを起こすのが最優先って意味だったんだけど。
「職場恋愛かあ……面倒そうだから嫌だなあ」
「れ、冷静ね、麻衣ちゃん」
ぼーさんの笑顔がひきつった。
俺とナルをからかいたいが為に言ってることはもう分かってるんだよ!
一応、本気で俺が恋してると思っていたら、ナルの前では聞かない筈だ。……多分。
「ちなみに、谷山さんの好きなタイプは?」
安原貴様何を思ってその話に繋げたんだ……。
俺はいよいよ安原さんのことが分からなくなって来たぞ。いよいよってほど付き合い深くないけど。
生憎俺は今世での初恋はまだなので、生前付き合った人、好きになった人をなんとなく統計とる。その間わずか三秒。
「年下かな」
ずばっと答えて、俺はお盆をしまいに行く為に一時撤退した。
この慰労会になぜナルがちゃんと出席していたかというと、ぼーさんが聞きたいことがあるって引き止めたかららしい。リンさんまで呼ばれてソファに座らされてぎゅうぎゅう。
ナルも割と素直に応じていたのは多分俺の予言通り正体がバレるとわかったから、話だけは聞いてやることにした的な感じか。
ぼーさんの推理は若干俺の所為で要素が不足していて物足りないものがあった。
吉見家の件でリンさんがナルは危険だって話したことで気功疑惑は出てたし、その後俺がナルに呼吸が止まるとまで言ったから桁外れな力なのかと推理したようだった。うん、ごめん。
愛称の話は、まあこれはリンさんが悪いということにしよう。俺は滅多にナルって呼んでない。
定着させたのはぼーさんたちの方だし、俺はちゃんと上司のことは渋谷さんって呼んでるもん。
この推理をするにあたってぼーさんとジョンと安原さんがプライベートで会ってわいわいしてたのかと思うと、こいつら仲良しさんだなってなる。
「ナルでしたら、……オリヴァーの愛称でおます」
おます、か。おます。なんか可愛いなあ、とのんきにリンさんの隣に座ってお茶をすすって聞いていた。
誰もナルがオリヴァーになるなんて考えないからなあ。いやでも俺、ナルに向かってナルシストのナルって呼びつける勇気はないよ……。腹たってたらそう呼ぶかもしれない。麻衣ちゃんもおそらくイラッと来たことと思います。あとは多分野生……ヒロインの勘だろうな。
「どうだい、ナルちゃん」
「……返答の必要があるとは思えない」
ナルは飲み干した紅茶のカップを置いて所長室に戻っちゃった。あっはい、片付けておきマス。
ていうかこの空気どうしよう。
リンさんをチラ見すると偶然にもチラ見されてたので目が合い、互いに笑うしかない。いやあ、困ったご主人様ですな。
「……ここでそらっとぼけるかふつー」
「ナルは返答の必要がないといったでしょう、ここまできたら返答の必要はないだろうということです」
「オメデトウゴザイマース」
リンさんに続いて、ぱちぱちと拍手したら、ぼーさんに凄くじぃっとりと見られた。
「麻衣は知ってたんだな、やっぱり」
「恨むな恨むな、真砂子だって知ってたんじゃないかな」
「……ええ、あたくしビデオを観ましたから。アメリカのASPRに招かれていったときに」
「ビデオ!───ってまさかあの有名な?」
上手く話をそらせたので、もう一度カップに口をつけてお茶を啜る。
しかしなんだって日本に一年も居るんだってことになったので、真砂子はちらっとリンさんを見やった。
「兄のユージンが日本で亡くなったからです」
「……───お悔やみを言っとく」
「でも、……だからって一年以上もいる?」
「このことをあまりナルは言いたがらないので私も詳しくは知りませんが……殺された、と。それで遺体を探しに来たのです」
リンさんがぼーさんと綾子に律儀に答えた。
「サイコメトリしたのか」
「ええ……しかし光景は知っていても場所は分からず、困難を極めたのですが、緑陵高校の件が終った後に見つけました」
俺のことは言わないでくれているようだった。お茶を飲み干してしまったのでナルのカップと自分のカップを持って下がり、戻って来たら色々と質疑応答がされていた。
日本に未だに残っている理由は、日本の心霊現象は面白いから分室を維持するってことになってるらしい。秋まで居てって俺がおねだりしたことはリンさんも知らないかもしれない。ナルが本気でそう思っていそうな気もするけどね。
next.
「死ぬかと思った」(本当)
安原さん今まで空気ですまなかった。
Mar 2015
加筆修正 Aug 2018