I am.


.i am 42

安原さんがバイトに入って約二ヶ月───暦は十月になった。そろそろ最後の依頼がくる。
ナルには、これが俺の知っている最後の事件だって伝えてあるけど、ナルのことを疑ってる警察関係者がくるとか、どんな事件かとかは教えてない。教えるか聞いたら断られた。俺があんまり調査に行くのを嫌がってる様子無かったからかなあ。
事件の詳細を覚えてるわけじゃないから、それでいいんだけどさ。
美山邸みたいに人が死んでしまったり、吉見家みたいにナルが取り憑かれちゃったりする事件でもないし、小学校みたいに俺が奮闘する感じでもなかったハズ。
一悶着あったなあってのは記憶してるけど、大丈夫だろ。多分、ナルだし、大丈夫だよね。
なんて、ほくほくしてたんだけど、俺にはひとつ問題があった。そろそろ依頼がくるとしたら、中間テスト直前なんだ。今までの事件はテストにも準備期間にも被らなかったけど、今回は結構ギリギリで被ってる。
「どうしたんです?」
そんな、スケジュール帳とにらめっこしてる俺を、安原さんは後ろから眺めてたらしく声を掛けて来た。
「え、ああ、そろそろ中間テストだなって」
「もうそんな時期ですか」
「全然勉強してなかった……」
「今からでも遅くないんじゃないですか?」
一応あと二週間はあるから、安原さんは言った。いや、まあ、そうだな。うん。今日から始めれば間に合うか。
本当は一週間前にみっちりやって頭の中をテスト問題で一杯にして挑みたかったんだ。

そんな話をした四日後、夕方に依頼人はやって来た。わあい、やっぱり俺の中間テスト準備期間がつぶれた。
ナルとリンさんはちょっと外に出ていて、俺はティーカップを洗っている所だった。安原さんが仕切りの向こうで応対している。よく喋りよく質問をしてくるのは女の人の声だ。心霊関係にミーハーな人か居たよな、そういえば。その人かな。
一応調査員ってことで俺が話を聞かなきゃいけないんだけど、このカップだけ流させてね、このカップだけ。
「───じゃあ、お祓いはしないの?」
「調査員はそういうこともしますけれど」
「二人とも?」
「一人半、というところですか」
「え?」
安原さんが軽く笑った声がする。まって、俺を数えないで。たとえ半分だとしても、俺は除霊とかする気ないから!
「一人はまだ、こと除霊に関しては半人前なんです」
ゼロ人前でいいよお。
ちなみに、俺たちが小学校に寄り道した話は、ナルがポロった。たぶんわざと。それで他の皆に詰め寄られて、自分で説明するハメになった。ぼーさんには、たいした技量もないのに立ち向かうなと怒られました。くそ、言うなよナル。
「これから来るのは一人前さん?半人前さん?」
「半人前の方です。ただ、実際に調査に彼女だけが行くことはありませんから。必ずもう一人の調査員と所長が同行しますし……」
と、不安を取り除く作業にかかっている所で、俺は手を拭き終えてお茶を三人分準備した。
コーヒーの方がいいかなあとも思ったけど、ミルクの分量とか砂糖とか面倒なので、無難に日本茶にしとこう。
とぽとぽと急須にお湯を入れて、少しだけ蒸らしてる間も、「彼女ってことは女の人なんだ?」とか言ってる。んふふ、男の人デス。
依頼人は誰かの紹介できた訳じゃないっていう話を聞いたところで、俺はお盆の湯のみを乗せて応接スペースに顔をだす。
「お茶です~。今依頼書の準備しますからもう少々お待ち下さいね」
零さないようにゆっくり三人の前にお茶を持って行くと、三者三様に驚いた顔をした。いえーい女子高生だゾ!

ただのお茶汲みのバイトじゃないと分かったのは、依頼書のことを言ったからだと思う。「まさか……彼女が調査員?」と拍子抜けしたような声を背中で聞きながら、書類の準備をしに行った。
やっぱ、制服のまま仕事するのって、やめた方がいいよなあ。
ナルの代わりをした時みたいに堅い格好してれば少しは信用……されないか!だってナルも胡散臭いと思われてるし。まあ、今更って感じだよな。
「お待たせしました。所長はすぐに戻りますので、それまで対応させていただきますね」
依頼書とファイルとペンを持ってソファに座り、三人の顔を見渡すと、一応さっきほどは表情を出さないで俺を見ている。
男の人は、結構顔にでてるけどな。何だっけ、正義って名前だったのは覚えてる。

よく喋る女の人が中井さん、依頼人は阿川翠さん、付き添いの正義の味方が広田さん。広田さんは従兄弟というていできているらしい。普通、従兄弟は名字で呼ばれないんじゃないかな。百歩譲って、独身の叔父さんなら呼ぶかも。
事件の話を聞きながらメモをとりおえて、ぺこりと頭をさげると広田さんが俺に声を掛けた。
「きみはどう思う?やはりこれは心理現象なんだろうか?」
滅茶苦茶嫌そうな顔を表に出している広田さん。もうちょっと取り繕えないのかな?うん?
「無責任なことは言えませんねえ。半人前ですし」
「じゃあ、感想でいいから、どう思ったのか教えてくれない?」
中井さんまで食いついて来たので、困って安原さんの方を見る。安原さんは相変わらずにこにこのままだ。
何か言わないと駄目な雰囲気やだなあ。俺、空気になりたい。
「変なことが起こっているなあ、と」
「単に建物の所為ではなく?」
「見た事ないので、断言できませんね。翠さんがお話ししたまま、受け止めたつもりです」
ポルターガイストっぽいことも起こっているみたいだし、お母さんの様子がおかしいっていうのは憑かれている可能性がある。でもそれをちゃんと見てない俺が言っても、戯言にしかならない気がして、口に出すのはやめた。
俺、広田さんに胡散臭い目で見られたくないし。
「ちなみに、心霊現象ではないという可能性もあるか?」
「あります。以前、地盤沈下が原因だったというケースも」
「なるほど」
広田さんはちょっと息をつく。少なくとも俺はまともそうだな、なんて思われてるのかな。よろしい。
その後は翠さんに向き合って、ベースの確保と電力使用の許可をとって、さらさらっとその旨もメモしておく。
経費負担は通常通りだけど謝礼はいくらでもって形をとってるから、翠さんは驚いた顔をした。
「ここ、営利団体ではないんですよ。しいていうなら、研究機関。援助という名目で寄付をいただくことになっています」
過去に謝礼ゼロってこともあったのを教えると、翠さんは半笑いで驚いた。がめついよね。……俺の学校だったらどうしよう……いやそんなまさか……どうせ緑陵だろ?どうせ。あっ安原さんごめん。
「いくらかかっても構いません。とにかく、早く原因がはっきりするなり、解決するなりしてほしいの」
「……わかります」
不安だよね、うんうん、と頷く。
翠さんはほっとしたように俺を見て、「所長さんは調査を引き受けてくれるかしら?」と言う。
「今回は、きっと受けてくれると思いますよ」
「今回は?」
「うーん、気難しい人なので。営利団体じゃなくて研究機関だから……所長の興味が無いと」
「興味あると思います?」
「きっと」
受けてくれなくても受けさせる!ってのが本音だけど、俺はナルがこの調査を受けた未来を知っていると報告してあるし、俺の予知と事実の確認の為にも受けてくれるとは思う。
ちょっとドヤ顔気味に笑って頷いたら、翠さんも笑った。


それから暫くして、ドアが開く音がしたからぱっとそちらを見ると、ナルとリンさんが帰って来ていた。
「おかえりなさい」
「ああ」
ただいまと言わないのは常だけど、これでも最近マシになった方だなあと一年前を思い出す。今リンさんは会釈をしてくれたけど最初はなるべく顔をこっちに向けないようにしてたし、ナルは正面向いてたけどガン無視だった。
視線が自然と生暖かいものになる。
ナルはコートを掛けてからこっちに歩いて来て、俺の隣に座る。
「所長の渋谷です」
「お茶、入れてきます」
「ああ」
俺はファイルをナルに渡しながらソファを立つ。
リンさんではなくてナルが所長だったから、三人してぽかんとしてナルを見ていて、俺は苦笑しながら言葉を付け足す。
「すみませんが、依頼書に目を通すまでお待ち下さい」
「え、あ、はい」
翠さんが慌てて返事をしたのを聞いてから、俺はナルの分のお茶を淹れに、ソファを離れた。

広田さんがナルに疑惑を投げかけ、ナルが広田さんに鬱陶しそうに返答するのをお茶を淹れながら聞いた。うっわー最初から仲悪そう。安原さんもそのやり取りを聞いて、表情では笑いながら、こっちに逃げ込んで来た。その気持ち分かるう。
お茶を淹れたので渡しに行くと、広田さんはナルの本名を出した。
「君は外国人にはみえんな?おれは、所長に彼女を紹介したいんだ。渋谷とか言うバイトの若造ではなく、オリヴァー・デイヴィスという本当の責任者だ」
安原さんは目を丸めたし、俺も一応知らんぷりする為にきょとんとしたフリをする。
ナルは一切表情を変えなかったけど、俺たち二人が驚いた様子を見せたから広田さんは笑った。
「デイヴィス氏を呼んでくれないか?」
そしたらナルはファイルをぱたんと閉じてしまった。早速面倒くさくなってるんじゃないかこれ。
「───阿川さん。あなたの従兄弟さんはこちらにご不満がおありのようです。本日は一旦お帰りになって、よくご相談なさってはいかがですか」
「依頼させていただくのは、私です」
翠さんはちょっと躊躇いながら返答した。それからナルが責任者であることを確認したら、依頼続行の意思表示をした。
その後広田さんは、おいおいって感じで翠さんを窘めようとしたけど、翠さんも負けじと応じた。「私は少なくともここが気に入りました」だって。俺と安原さんの対応のお陰かな!な!

そのあとナルがちょっと詳しい質問をしたり、予備調査の提案をした。最終的に翠さんはしっかり依頼をし、ナルは受けるという形で終わり、詳しい段取りの説明はリンさんが請け負った。

三人が帰ったあと、ナルはファイルを見直しながら残ったお茶を飲んでいた。
「あのう、今回の調査での役割、安原さんに変わってもらったら駄目ですか?」
一応お願い事なので、敬語を使う。
隣に居た安原さんがえっと小さく声を漏らして俺を見た。
「なぜ?」
「テストが近いんだよねえ。それに、安原さんもイチから設置するのを覚えておいた方がいいし……あ、最初の日は一緒に行くよ?───で、下調べはこっちでやっとく」
今回は下調べに俺を使った方が良いってのは、ナルも気づいてくれてると思う。
聞き込みについては、安原さんの方が上手だろうけどな。
「普段から勉強してないからそうなるんだろう」
言外に馬鹿とおっしゃっておられる。お前の頭と一緒にしないでくれます?
安原さんは、「谷山さんがそういうなら、いいけど」と苦笑した。


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麻衣さんお久しぶりの更新です。コミックス完結待てなかった(してないですよね?)ので小説沿いです。
独断でカットしながらやろうと思います。
そう、安原さんを現場に行かせることによって、麻衣さんに実害はないというあれそれ。
May 2015
加筆修正 Aug 2018

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