.i am 43
調査初日、俺たちは阿川家に行った。広田さんは仕事が終わってから来るらしいので、今は女性二人だけだ。さぞ心細かったでしょーに。俺が来たからね!……っていっても、女じゃないけど。いや、この場合男の人がいっぱい居た方が心強いか?翠さんとお母さんがお出迎えしてくれたけど、お母さんは表情があまりなくて、お疲れな感じ。実際はお憑かれな感じ?
ベースになるのは一階奥の四畳半の和室で、「ここでいいかしら」と聞いた翠さんにナルは無表情のまま頷いた。それから俺に「サイズ」と短く声を掛けて部屋を出て行った。
「うし」
「やりますか」
腕まくりをした俺の横で、安原さんはメジャーをひっぱりにこっと笑う。
「機材が入りきるか、ざっと部屋の広さを測って確かめるんだよ。まあ足りなそうでも入れるけど」
「なるほど」
「───もしかして、初めて?」
安原さんに軽く説明してたから、翠さんが首をかしげた。「そういえば、最初に事務員って言ってたものね」と自己完結しつつあったけど、一応俺と安原さんも肯定した。
「調査に最初から同行したことなかったから、ざっと流れを見せとこうと思って」
「へえ」
「僕、調査中は外に出て調べものする方が多いし得意なんですけど、今回は彼女が中間テストと被るっていうから」
「それはナイショでしょ!?」
しぃ!っと言いながら突っ込みを入れると、翠さんがぷっと笑う。
「そういえば、平日だものね」
「ははは……まあ、学校にバイトの許可は貰ってるので、サボりじゃないんですよ?」
後頭部を掻きながら、弁解まがいのものをしておく。本当にこれを伝えなきゃいけないのは多分広田さんだろうけど。
「……おかあさん、お疲れみたいですね」
話題を変えようと思って、誰も居ない廊下の方をちらりと見る。
「そうなの。ごめんなさいね、愛想なしで」
「気にしないでください」
にこっと笑うと、翠さんは苦笑を返した。
「近頃、ずっとああで。始終ぼんやりしてるし、口数も減ってしまって」
「本当に疲れてるんですね」
早くジョンを呼んだほうがお母さんの為だろうけど、確信もないのにジョンを呼び出してお祓いなんてさせられないなあ。困ったなあ。
へたれた顔をしていたみたいで、翠さんは俺が気にしないでいいように「年だしね」と笑ってくれた。
「翠さんもゆっくりしててくださいよ。疲れてるでしょう?」
「わたしはそんなに疲れてないけど」
「そうかなあ、じゃなきゃ霊能者なんて頼らないよねえ、総じて胡散臭いもん」
途中で安原さんに同意を求め、口調を砕いて顔を向ける。うんうん、と安原さんも頷いた。
「しかも、うちは特に胡散臭いですもんね」
「ね!」
「そうは見えなかったけど?」
「心広いですねえ、翠さん。いや、普通、あの所長とこの調査員じゃあ依頼なんてしたくないですもん」
「四人中三人が十代ですからね」
「そうそう」
だらだら会話を続けつつ、オリヴァーの名前はやっぱり広田さんが急に持ち出したとか、ソースは知らないとか、情報を少しだけ得られた。でもナルはあんまり気にしてないみたい。まあ、悪い事してないもんね。
「───麻衣!なにをさぼっている!」
「あーい。……なんで名指しなんだろね」
ちょ~っと気を抜いて、ちょ~っとお話してただけなのに、何故か俺だけ怒られた。八つ当たり?贔屓?俺ってないがしろにしやすいのかなあ?
「───こうやってお話するのも仕事のうち、そして所長に怒鳴られるのも、お仕事です。わかったかい」
「はい、親方!」
そのネタ引き摺ってたのかよ。
安原さんはノリノリで頷いて、翠さんは楽しそうに笑ってくれた。
笑顔をお届けする、それが麻衣ちゃんのお仕事です。
それからは機材を運び込む作業なんだけど、安原さんが手伝ってくれるから、三人で運び込むよりらくちんだ。一軒家だからそう広くもないし。
荷物を運び入れた後は安原さんと一緒にチェックして、予備調査の為に家の案内を翠さんに頼んだ。図面を作る為に部屋のサイズを測らないとなんだよなあ。雑談を交えつつだけど、数値を間違えたらナルにポンコツ扱いを受けるのでマジで慎重にな、と安原さんに無駄なアドバイスをしてみた。安原さんはにっこり笑って返事をするけど、多分そんなミスするわけないだろうな。無駄口叩いてごめんなさいでした。
「ねえ、谷山さん?」
「はあい?」
安原さんに指示を出しながら一緒にやってたら、翠さんが俺の顔を覗き込んで来た。
「谷山さんは除霊もできるのよね?いわゆる霊能者なんでしょ?」
「ど、どうかなあ……」
だって俺、浄霊したの一回こっきりだし。ジーンが居ないと上手に夢を見れないと思うし。トランスにも完璧に入れるわけじゃないし……っていうか試してないし。と、頭の中で言い訳ごちゃごちゃ考えてるから引きつった顔になった。
「違うの?」
「勘は良いってことにしておいてください。ほら、半人前って言われたでしょ?」
「普通の人とは半人前ぶん、違うのよね?」
あ、ああ……逃れられない。
少しでも何か知りたいんだろうなあ。
「この家、やっぱり何かいる?どこか変なところがあるの?半人前ぶんでいいから、聞かせてもらえない?」
「不安な気持ちはわかります。でも、口にすると責任が伴うから」
一応断ってみるけど、どうしてもどうしても、とお願いされる。
俺も男なので、困って縋る女の人には弱いんですよ。
「───個人的な印象でいいですか?アテにしないでくださいよ?」
計測を終えて、ナルの嫌味を聞き流して、これからの調査方針を尋ねる。
奴は俺のミスを粗探しするのが本当に上手なので、いつもなにかしら嫌味をちっくんされる。
俺が特別無能だとかじゃない……ナルは嫌味を言いたいだけなんだ!これも仕事のうちなのだよ安原クン。
あの後広田さんと中井さんがやってきた。またしても広田さんがナルに噛みついたけど翠さんが庇おうとしてくれる。そんでもって、何かに触発されたのか、お母さんがちょっと尋常じゃない感じになって、場の空気はしんとしてしまった。
ジョンを呼ぼう、もう、呼ぼう。可哀相だよう……。でもあれだけじゃ確信につなげられないので、無理なんだよなあ。
仕方ないから、堅実的に調査を進めるっきゃないな。今日一日は安原さんと一緒に行動して明日はこの家の過去の事件のことを調べて、聞き込みを軽くして、テストの勉強と両立ってところか。
ぷふーと息を吐くと、安原さんが大丈夫かと顔を覗き込んで来たので、笑い返す。今までの事件に比べたら全然優しいわ、こんなん。中間テストはまあ……カッツカツですけどね。
「こら!ナル!」
優しいと思っていたのは間違いだったのか、俺は久々に声を荒らげた。
それは、中井さんの『私も霊感あるのよね』という意見に関してナルが滅茶苦茶否定したからだ。なんでこんなに機嫌悪いの?広田さんの所為じゃね?いや、中井さんみたいなタイプが大嫌いという線もあるけどさ。だからといって、言い過ぎだ。
「中井さんの意見に反対する気持ちはわかるけど、言い過ぎだ!どうしてそう口が悪いの!」
「口が悪い?率直な意見と言ってもらいたいんだが」
「率直な意見が人を傷つけることもある。人それぞれ考えがあるだろ?結局ここで言い合ってても無駄なんだからもうやめなさい」
俺も黒田さんのあれを冷ややかに見てたし、最後までこの人めんどくせえなと思ってた。中井さんだって、うっひゃあと思った。
でも、これ以上ナルが正しい事を言い続けても中井さんが打ちのめされるだけだ。見てて可哀相だし、ナルが悪者に見える。
「そんなことばっかいってたら、悪者に見えるぞ」
「間違った事は言っていない」
「あーもー、内容の話じゃねーよ!」
顔をおさえて項垂れる。
俺がナルと言い合った所為か、中井さんは口を開く機会を逃し、「帰るわ」といって廊下を荒々しい足取りで戻って行ってしまった。それからすぐに鞄を持ってやってきて、恨みがましい一瞥を広田さんに投げて帰った。
翠さんはいきなり不機嫌な中井さんが鞄をとりにやってきてさっさと帰ってしまったのを見て、訳が分からず慌てて居間から出て来て、玄関と広田さんを見比べた。
俺は終電に間に合うぎりぎりまで阿川家で調査の手伝いをした。
広田さんがナルの下僕になる状況を、うわあと思いながら眺めたり、安原さんと二人でショートコントして翠さんの緊張を削いだ。いや、もちろん機材の調整なんかもしたけどね。
次の日の朝は早起きして、自殺に関する調査をしてみた。ニュースにはなっていない。聞き込みはお昼頃に軽くやって、それから不動産屋さんに行ってたら日が暮れていた。ちなみに、自殺の事を言っていたのは笹倉さんちだけ。ダウトダウト!
一家惨殺事件のことも調べたかったんだけど、普通に調べたんじゃ出て来なくて、一家が何人だったのかを覚えてない俺は頭を抱えた。ああ安原さんとチェンジした意味がまったくない!昔の地名で検索掛けるしか無いのか?
しかたなく、俺はもう少し情報を集めることにした。
next.
惨殺事件は次回発覚に伸ばします。その事件があった事は、主人公以外知らないままです。
ある程度の県名と一家惨殺ってワードでも絞れそうですけどね。
May 2015
加筆修正 Aug 2018