.i am 44
「よ、まーいちゃん」阿川家の前で、ぼーさんが後ろからぽんっと背中を叩いた。
「出かけてたのかえ?」
「うん、調べもの」
「もしかしてジョブチェンジ?」
「そうそう!中間テスト準備期間に重なっちゃうからさ、裏方に回してもらったんだ」
安原さんも調査に参加する事自体は初めてではないし、最初の前準備さえ教えてしまえばあとはどうにでもなる。
一緒になってインターホンを鳴らすと、安原さんが出迎えてくれた。
「こんばんにゃー!」
ぼーさんと二人でへらへら笑って挨拶したら、安原さんもくすっと笑った。
ベースに集まってからはナルが広田さんをお茶汲みに行かせてしまう。
ぼーさんがなんで呼ばれたのかは見当つかなかったけど、どうも、除霊のフリをするために呼ばれたらしい。いや、もう、ジョンに除霊してもらいなさいよ。いっそのこと。ジョンはフリでもきっとちゃんと読んでお祓いをしてくれるから、お母さんに憑いてる人も抜けるし、万々歳だ。あ、でも、お母さんに憑いてないと霊の声がわからないか。真砂子も呼ぼう、早く呼ぼう。
「───聞いたぞ、このペテン師ども!」
ぼーさんに事情を説明しているところで、広田さんが怒鳴り込んで来た。きゃっ、麻衣ちゃん怖い!
「広田さん落ち着いてください、これにはワケがあってですね」
きゃぴってる場合じゃないし、ナルはすぐに弁解しないから、俺が広田さんの腕を引く。一応女子高生相手に殴りつけたりはしないだろう。でも広田さんはナルの胸ぐらをつかもうとずかずか歩いて行く。あああ待ってぇぇ。
必死で背中にしがみついて体重をかけたけど、普通に畳の上を引き摺られた。うぐぅ、俺がもっとおっきければ!
「渋谷さん!ちゃんと説明してあげてよ!!」
「……ぼーさんは偽薬です」
「偽薬?───なんだ、それは」
広田さんは首を傾げて、ナルを見下ろした。
俺はナルに掴みかかられなくてよかったあと思いながら、広田さんの背中でほっと息を吐く。
「いま、説明します」
鬱陶しそうに、こっちを見た。まさか俺にもその目を向けてる?
「さて。……ほーら、麻衣こっちおいでー」
「あーい」
「!!」
広田さんも俺も、ぼーさんが言った言葉にようやく今の体勢を思い出してはなれた。広田さんは後ろ姿しか見えないけど耳が赤いので恥ずかしがってるっぽい。
その後ナルが偽薬について語って、一応皆納得したようだったけど、ぼーさんは祈祷の真似だけして帰れというのには納得が行かないらしい。いいじゃん、エキストラくらいやってくれよ!いやでも、リンさんが中国語とかで呪文を唱えて、なんか、こう、ふぁ~ってやるんでも良いんでないの?ん?まあいいか。
その後、ブレーカーが頻繁に落ちる件とか、テレビの色ムラとか、電話の雑音は、人為的なものであると発表された。さすがナル!おめーは探偵にもなれるよ!ヤッタネ。
「徹底的に調べたわけじゃないが、電気系統の例から考えても同様だろうな」
「すると、なにか?誰かが故意にやってるんだな?家の中に侵入して来て?」
「そういうことになるな」
ナルとぼーさんが話してる間、広田さんは若干茫然としてて、安原さんは相変わらずニコニコというか、ほわほわというか。一番くえねー。
「麻衣、どうだった」
「ん、ああ、まずは自殺の件はニュースにはなってませんね。いちお、聞き込みしたけどご近所さんに広まってる様子はないです。ただ一人だけ自殺のニュースを知ってる方に遭遇しまして」
もともと開発が激しい地区だったみたいで、地名や番地が何度も改正されているし、人の入れ替わりも激しいのを前置きする。
「ひょっとして、隣の笹倉さんだけ?」
「うん」
ナルがうっすら笑った。
帰り際、廊下で勝手に足が止まった。あれれ?おかしいな……。姿見に写る自分を見ていると、身体が動かなくなる。
初日は寂しいなっていうインスピレーションを受けたけど、今日のはちょっと違う。なんか怖いんだ。
そろりそろりと、近づいてみる。どんどん、恐怖が加速するけど、そんな筈はなくて無理に足を進めた。
「コソリが居る」
この向こうに居る。
口が勝手に開いて、俺に知らせた。一瞬、誰かに乗り移られたんだろうか。なんだろう、多分ヒントだ。
相変わらず詳細を覚えているわけではないのが悔やまれる。いや、多分こっちの方が良いんだろう。分かりすぎても良い事が無い。
「谷山さん?」
安原さんが、俺が廊下に立ち竦んでいるのを見つけて声を掛けた。鏡越しに近づいてくるのが見えて、俺は少し後ずさる。すると、背中に手があてられた。掌のあったかさに、ほっとする。うっうっ、安原さぁん。霊感ゼロだから余計に安心するよお!
「真っ青ですよ?どうかしたんですか?」
「あ……だいじょぶ」
前髪をくしゃっと潰して笑うと、安原さんは納得がいかなそうに俺を見つめる。
「何かあったなら言ってください、調査のヒントになるかもしれませんよ」
「……この向こうにコソリがいるんだ。それで、家族がみんな死んでしまった」
「え?」
「───のかなあ」
後頭部を安原さんの肩に預けて、言葉を濁した。うーん、ちょっと、ジーンさん此処に居る幽霊の人数を教えてくれないだろうか。いや、明日本気出して改正前の町名洗ってバリバリ調べて来たほうが早いか。あ、一家三人、四人、……って検索掛けてみれば良いのか?とりあえず俺は一刻も早くその事件のことを調べて、隣の家も怪しい可能性があるのを、ナルに伝えにゃならん。俺が知ってるだけの、何の根拠もなしだと、ナルには報告できないもん。
「谷山さん?もしも〜し」
よっかかったままぼけーっと考え事をしていた俺に、安原さんがもしもしして来たので電話に出る真似をする。
「はい谷山ですぅ、どちら様ですか~」
「あ、僕、同じバイトの安原です、麻衣さんいらっしゃいますか」
「なにやっとんじゃお前ら」
ノリノリな安原さんは相変わらず俺を支えたままにこにこしているんだけど、そこにぼーさんが呆れた顔をしてやって来た。
バイト達のコミュニケーションですぅ。
「麻衣、帰んだろ?駅まで送っちゃるぞ」
車じゃないから、歩いて一緒に行ってくれるってことなんだろう。でも昨日も普通に一人で帰ったし、明るい道が多いから大丈夫だと思う。ぼーさんに、手を振って断りながら、安原さんから離れて玄関に行く。
「谷山さん、さっきのは」
「さっき?どれ?」
安原さんが慌てて呼び止めたけど、ひとまず知らんぷりしとこう。
俺的にもちょっと失言だったんだ。はっきりナルに俺の口から報告はしたくない。まだ、確証はないんだもんさ。
「───いえ」
「明日も、調べ物をして来るから」
「はい。お気をつけて」
「うん」
安原さんとぼーさんに玄関で見送られて、俺は夜道を歩いて帰った。
俺が帰った後、怒濤の心霊現象ラッシュだったらしい。
次の日、昼前にはナルが俺に連絡を入れて来て、戻って来いと言う。ところがどっこい、俺は図書館でお昼寝をぶちかました。
そして、ナルがサイコメトリをしたらしいビジョンが送られてきた。ウワー!ジーンがまた俺に繋いだ!
対象が死ぬ直前、ナルが無理矢理切ったみたいで、ぷっつんと見えてたものが終わり、視界が真っ暗になる。
「───麻衣」
「ジーン」
背後から声をかけられて振り向けば、ジーンが佇んでいた。
「思うんだけど……これ、繋ぐ必要ある?ナルは分かってることなんだし」
「ナルは見ても言わないから。───でも、麻衣も言わないかな?」
苦笑したジーンに、うっと言葉に詰まる。
いや、さすがにこれは言うよ。ナルに、苦情をな。
お前の兄貴なんなの?って言う。
「ジーン、まだ、昇っていけないの?」
ずっと前に、ジーンが出口が見えてるのに近づけないって言ってたのを思い出した。
この事件で俺はもう先が見えないから、これからジーンにあえるかも分からない。そもそも、いつも夢うつつに俺達を追っているらしいけど、それならどこにいるの?俺?ナル?さすがに俺の私生活なんて知らないよね?だとしたら男って指摘するよね?
「うん、まだ、……迷ってるんだと思う。でもやっぱり理由がわからなくて」
「そう」
本当に触れられるわけじゃ無いのに、手は握れた。温度は無いけど、触れている感触がある。でも多分、これは思い込みなんだろうな。
「麻衣?」
「───いつかそっちに逝ったときも迷ったままだったら、迎えに行ってあげるね」
ナルの手をまじまじと見た事が無いけど、多分同じような手をしてるんだろう。白くて華奢な手をやんわり包んだ。
「早くきたら、駄目だよ」
「ははは。努力する」
「でも、……待ってようかな」
「うん、待ってて」
優しくジーンが笑った。
あれから、ジーンにあの家に居る霊の人数や家族構成を聞いて、目が覚めた。
一家五人惨殺の事件で、ある程度の土地を絞って探せばすぐに資料は出て来た。住所の地名改正に関する裏までとってたら、ナルから招集がかかって三時間も経ってた。これはやばい。
next.
広田さんにしがみついて止めようとしてる所は、わんこが飼い主の為に、つかみかかる男のズボンを噛んで引っ張ってるイメージ(具体的)でお願いします。
あと実は、ジーンとのやりとりがやりたくて仕方なかったんです。なんだよプロポーズかよBLかよ、美味しいです。
ちなみに他のゴーストハント連載でもそうだけど、携帯電話の使用があります。ナルと主人公は普通にぽちぽちメールします。すっごい殺伐とした文面の応酬だけど、愛は……あるよ(震え声)
May 2015
加筆修正 Aug 2018