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阿川家に来て早々、俺はナルに平たく頭をさげた。「遅い。どこで油を売ってたんだ」
「……はあ、ちょっとナンパをされまして」
「は?」
ベースには、広田さんとナルとリンさんとぼーさんと安原さんという昨日のメンツの他に、真砂子とジョンも来ていた。呆れた視線、哀れむ視線、苦笑、全部が俺にぶちあてられてる。
「あんたのお兄さんに、眠りに誘われましてね?」
ナルがちょっとだけ表情を変えた。
「サイコメトリしたでしょ?」
「───ああ。……子供が部屋で寝ていると、誰かが侵入してくる。それは両親の部屋に向かい、そこでひと騒ぎしたあと、子供の部屋にやってくる」
「……コソリ」
真砂子が呟いたらナルも小さく頷いた。ああ、俺が感じたのも、あってたんだ。
「昨日、麻衣も安原さんに零したようだな。……それから、皆死んだとか」
「───うん」
広田さんが、俺たちの会話を聞いて、はあ?って顔をしてる。
けど、皆の冷たい視線が突き刺さるので、あまり口を開かなかった。なんだ、皆に怒られたのか?あとで安原さんに聞いてみよ。
ていうか、俺の発言はナルに通じてたんだね。さすが安原さん。
「ここで五人、と聞いたよ。老人と夫婦、子供が二人」
「それが全員、殺されたのか?」
「だから、それも調べて来たよ」
事件としては残酷だったけど、犯人がすぐ見つかったし死んでいたから、新聞なんかでは続報はなかった。
所詮、世間に出ている情報しか得られない。でもまあ、事件があった事は確かだ。
川南辺家と、関口家の惨殺事件のあらましをつらつらと喋ると、何人かは暗い顔をした。
ナルは最初俺が呟いたコソリのこととか、一家が死んだという事について聞きたかったみたいだけど、まあ、ちゃんと事件調べて来たんだし良いよね?
ジーンが危険だから気をつけてって伝言したのも伝えると、それのどこが危険なのかと聞かれた。
「死んだのは、被害者だけじゃないからねえ」
俺の言葉に、広田さんの顔が引きつった。
俺が帰った後に何があったか、今日何をしたか、安原さんからあらかた話を聞き終えると、広田さんが顔を引きつらせた意味がちょっと分かった。翠さんはどうやら鉈を持った男の姿を見ているみたいだし、真砂子も感じたようだ。広田さんはどうも何かを隠しているらしいけど、様子からして脅かされたんじゃないかなあと俺は見当をつけてる。
その事に関して、ナルと口喧嘩もかまして、マッドサイエンティスト発言を頂いたようだし。
うーん……それは俺も聞きたかったなあ。
夕方頃、広田さんが中井さん伝手に調書を手に入れてくれたらしくて、しっかり事件の様相を聞いた。
ナルはすぐに覗いている霊が居て、それが関口であると気がついたし、俺はもう家に帰ってテスト勉強に戻りたいです。はい。
だって事件と同じ日になったら襲われるんだろ。さすがに九字は撃ちたくないしぃ、ナルに無理させるのもあれだしぃ。
遠い目をしている俺をよそに、ぼーさんたちは綾子を呼んでみる方向で意見を固めつつある。まあ、綾子だったら霊が勝手に寄ってきて、ふわーっとなって終わるけどさ。多分駄目だろうなあ。でも綾子だけ仲間はずれはいくないよね。俺は口を出さずに見守った。
ちなみに俺がなんで帰らないのかというと、川南辺一家の浄霊を試みろって話なんす。よせ、やめろ、俺は霊能者じゃねえ。プロの真砂子にも反応しなかったんだから無理に決まっておろーが。
トランスに入るふりして寝てやろうかな。
広田さんは一応笹倉さんちに説得に行ったけど駄目で、その間に綾子はやってきて生きてる木はないと宣った。
「よし、じゃあもう帰っていいよ、綾子。おつかれさんでした」
ぽんぽん、と肩を叩くと、綾子の手が伸びて来て俺の前髪を思い切り掻き混ぜた。
「ちょっと!折角来ておいてこれだけ!?」
「じゃあ後片付け要員として待機する?」
相変わらず口うるさいおねーさんだなあ。でもなんだかんだ言って片付けに付き合ってくれそう。ていうか、すごすご帰らない人だもんな。
綾子は俺の提案に、うっと詰まって黙っちゃった。
「結局、どうしましょうか」
「どうするもこうするもねえ」
安原さんがぽつりと呟いて話題を戻したので、俺は肩をすくめる。だって、どうせ襲って来るだろ。
「また、コソリが来た時に当てればいいんでないの」
「それが出来れば苦労しねーの!」
「大丈夫。コソリはくるよ」
「───麻衣の勘か?」
ナルはじっとりと俺を見た。
「勘っていうか───広田さん、笹倉さんに言っちゃったんでしょ?」
俺は視線を、ナルから広田さんに移動する。
「訴えるって」
「!」
安原さんが結構詳細に報告してくれたので、広田さんが言ったことも、ナルの脅しもだいたい俺に筒抜け。本当報告が上手。
「───そうか、そう言う事か」
頭が大変よろしいナルはすぐに分かった顔をした。
ナルも安原さんも目立たないけどリンさんも、滅茶苦茶頭良いんだもんな。俺なんて所でバイトしてんのよ。
せめて同じバイトの安原さんくらいはもう少し俺寄りでも良いと思うんだけどなあ!霊感がないのが唯一の救いかな。
「夜にかけて霊が活性化していたのも、頷けるな」
「どういうこっちゃ?」
「事件があったのはいつだ?」
ぼーさんが首を傾げたので、ナルは遠回しに聞く。すかさず安原さんが「十月十日深夜から十一日にかけてですね」と答えて、ぼーさんは「今夜か」と呟く。はい正解。
「せやったら、今夜、襲って来るゆうことですか?」
「ああ、関口は明日の朝には全てを終らせていなければならなかった───」
ナルは小さく頷く。
「待ってよ。だとしたら毎年この家で死人が出てる筈でしょ?」
綾子は気のせいであって欲しいみたいで指摘した。やだもんね、今晩襲われますなんて。
「訴えると、広田さんは言った。川南辺一家のように」
ナルの言葉に、広田さんがえっと声を漏らした。
責めるつもりは無いけど、広田さんの所為だもんな、あははは。
「───ってことなので、帰っていいですか?」
「はあ!?あんただけ逃げようっていうの?」
「なんで逃がさない感じなの?え?何が出来るって言うの?」
綾子がすごい顔をして俺を見た。だって、九字しか撃てないぜ俺は。
ていうか居たって役に立たないって、一番言って来るのは綾子のくせに、お前ただ帰るの気に食わないだけなんだろ、そうなんだろ。綾子ちゃんはお札書いて結界張る準備でもしてな!
結局、お母さんと翠さんだけは家の中に居ない方がいいだろうってことで近くにホテルをとった。ただし二人で行かせられないので綾子と真砂子がつていくんだって。俺も連れてってよォ!あと安原さんも可哀相!一般人だろうが俺たちは。
日が暮れる前に三人は家を出て行って、綾子は俺たちにお札を置いて行ってくれた。うおおおおん、このお札大事にするからね、信じてるからね!本音はマジで俺も連れてってくださいって話なんだがな。森下家の事件もこうやって、家から避難する人を見送りましたよ。はい。
「谷山さん、大丈夫ですか?」
「へ?」
「テスト勉強……」
「もう諦めた」
遠い目をして、薄ら暗い外を眺めた。
「それにしても、こっちの仕事はやっぱり大変ですねえ」
「あー、お疲れさま。でも、こっちも大変だったよ。安原さんみたいには出来ないや」
「あはは、お互い様ですね」
いろんな事件があったことは知ってるし、過去に経験済みだ。安原さんがふうと深く息を吐いた理由も分かる。
ちなみに安原さんがいかに優秀かも俺は分かってる。だって、情報収集って結構大変だもん。今回は俺、事件に覚えがあったから核心をつけたけど、普通の調査だったら安原さんみたいに沢山情報得ないと追いつかない。いや、ナルが起きてればナルに任せられるけども。
「安原さんは頑張ればどっちもできるから、大丈夫!」
「えー酷いなあ谷山さんったら。僕だけにやらせようっていうんですか」
軽口を叩きながら家の中に入って、俺たちは夜を待った。
ちなみに、篭城要員は俺とナルです。やせっぽっちだからですかね。
霊能者は三人だけど、三対三じゃあキツいから、広田さんと安原さんは抑え係として参加するらしい。なんかごめんね。
俺は女の子扱いで、ナルはモヤシ扱いか、危険物扱いか、殿様扱いか……ああ、全部だな。腕力も体格も俺の次だし、PKつかわせらんないし。
「くれぐれも無茶はなさらないでくださいね」
リンさんが口をすっぱくしてナルに忠告してる。
「わかってる」
「谷山さん」
「へあ?」
お母さんと子供かよ、と眺めてた俺をリンさんが呼んだ。
「ナルを見ていてください」
「ア、ハイ」
「リン!」
俺を頼るなんてどうかしてるぜ!いやでも、一応前回止めたしな。
わかった、もしやろうとしてたらぶちかます。
ナルは怒ったようにリンさんに食ってかかったけど、リンさんはどこ吹く風とそっぽを向いた。
家の中でバリケードを作ったり、戸締まりを強化したり、避難所を作っていたらあっというまに十時をすぎていた。今の所何も起こっていないので、綾子のお札を貼ってある二階の一室で全員待機だ。心霊現象は夜になるにつれてどんどん頻繁になっていくから、いよいよって感じがする。
ふっと電気が消えてしまったのは、それから一時間くらいが経った頃。懐中電灯は常備してたから、皆の姿は一応把握できた。
「コソリが来るよ」
勝手に声が出たのを自覚した。
「───来たか」
ナルが俺を一瞥して、静かに囁いた。ぼーさんは伸びをしながら立ち上がり、安原さんは緊張のかけらも見せずに「行きますか」と笑った。おまえら頼もしすぎ。
ドンドンみしみしっと壁やらドアやらを叩くような鈍い音が上まで聞こえた。近所迷惑だよね、間違いなく。
声を掛け合っているのも聞こえるから、大変だが大事にはなっていないみたい。
「暇だね」
「……」
はい無視。
ナルはじっと鏡の方を見ている。とうとう鏡に近づいて行って、覗き込み始めたのでやばいナルシストを本格的に発症し始めたのかと俺は危惧した。マジかお前。
心配になって俺もナルについて行って鏡を覗き込む。
「ジーン?」
「ああ……───喋れたのか、上等だ」
多分ナルの頭の中に、ジーンの声が聞こえてるんだろう。
元々俺はナルとジーンと同じ波長な訳ではなくて、事故に遭ってずれたジーンが繋ぎやすい波長が俺なわけで、つまり三人で会話みたいなのは出来ない。もしかすると、これをきっかけに、今後ジーンはナルに繋げるようになるのかもしれない。そして俺は出来なくなるのかも。まあそれはそれでいいけどさ。
「裏口か」
ナルは呟きながら立ち上がった。いってらっしゃい……といいたい所だけど一応お目付役なのでついて行く。
ジーンが居るから気のトスも出来るのかもしれないし、そんなに大変じゃないだろ。ただ、俺とナルはあとでリンさんとぼーさんあたりに叱られるかもしれないくらいで。……うっ、やだなあ。
それにしてもジーンは、綾子のお札があるにも関わらずこの部屋に来るとか凄いな。でもおこぶ様が居た時も俺の夢に出てきたんだから何でも出来るかあ。
ジョン達は笹倉さんちの三人から霊を落としてくれたようで、本体が直々にやって来た。ナルはぼーさんに裏口だって教えたので、皆若干構えながら集まった。俺はなるべく後ろに居た。
裏口からくるのはジーンが教えてくれたみたいだけど、一階に来たら俺もコソリの気配がありありと分かった。うっひょぉ、禍々しい……。
一般人の安原さんと広田さんに怪我が無いか確かめてる間に、ぼーさんが関口をあっさり成敗したので、ヴラドよりは弱いんだろうな。
「よし、終わった。───帰ろーぜ」
「うん、」
ぼーさんにぽんぽん頭を撫でられて、俺はへらっと笑った。
「───終わったね」
next.
終わったね!!!!いや、まだ完結じゃないけど。
ちなみに主人公置いて行かれたのは、真砂子に次ぐ霊感要員です。真砂子のが優秀なので依頼人の警護にあたってもらいました。
May 2015
加筆修正 Aug 2018