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俺の知る最後の依頼がくるよりも前。まだ、九月になったばかりで、二学期も始まったばかりのころだ。その日は安原さんの出勤日ではなくて、俺とナルとリンさんの三人だけ。ナルが所長室ではなくて応接スペースで本を読んでいた所に話をしに行くと、珍しく何の混じりけの無い驚きを浮かべていた。
「───は?」
「だから、次の調査が終わったら、ここを辞めたいんだってば」
タイミングが良いのか悪いのか、言い直している途中でリンさんが資料室から出て来た。カチャっていう音に振り向いたら、リンさんがこっちをガン見していた。あっ聞こえちゃった?
そのまま、何故か三者面談が始まり、俺はナルとリンさんと向かい合ってソファに座る。
「理由としましては、まあ、これから色々忙しくなるんですって事」
「そんな真面目な理由か?」
来年は受験生だし、と言ったら、ナルが思い切り揚げ足を取った。なんだよう、今までテストすらもないがしろにしてたけども、高校生活はそこそこ大事にしてきたぞ!
「これ以上先の事は、もう分からないし」
「そんなのアテにしていない」
「へいへい。───でも、だからさ、もう無理しなくていいかなって。別に嫌だった訳じゃないけど、義務みたいに思ってたから」
「そう」
「あとひとつ」
言いかけると、ナルが視線を上げた。リンさんもじっとこっちを見た。
何て言ったらいいかなあ。あんまり考えがまとまらない。
「ずっと目を背けて来た問題を、解決しなきゃいけない時が来た」
「問題、とは」
リンさんがようやく口を開く。
「ん〜個人的な問題」
俺の名前や性別の話とは言えないし、いうつもりもない。
今この時期にしたのは、そう、成長期がやって来た模様だからです。
なんで今……高校卒業まで待ってくれたら良いのに!
なんとなくね、自分が男に成って来ている自覚がある。声変わりが始まってしまう前でホントよかったけど、どうせならもうちょっと遅くても良かった。いや、いいタイミングなのかもしんないけど。
「亡くなった両親のことで……お世話になっていた先生から報せを受けたんだ。ちょっとどうなるかわからないし、生活が変わるかもしれないんでね」
「───わかった」
ナルは二秒くらい考えてから頷いた。
やる気が無いならもう来なくて良いとか言って今日首になる可能性もあったけど、穏便に退職が決まった。
安原さんが事務のバイトに入ってくれたのも、凄くタイミングが良かった。
調査に最初から連れてったのも、今後調査の時に安原さんがやりやすいようにという、俺なりの配慮だった。もちろん、下調べに俺が行った方が良いってのも理由の一つだけど。多分ナルはそれを分かっていて、許可くれたんだと思う。
「───終ったね」
調査が終わった時、へらっと笑った俺を、ナルは一瞥した。そのあとふんっと息を吐いて、そっぽむく。
なんだよう、寂しがれよう。まあ別に期待してないけど。
中間テストの勉強がしたいって言ってるのに、ナルは撤収作業にも使うし、ほんとコイツ、最後まで容赦ないわ。
あの後、警察に事情聴取もされたし、結局その日は家に帰ったらすぐに寝た。そして次の日から中間テストで、死んだ。
一週間……正確には五日間続いたテストもようやく終了し、俺もいろんな意味で終了してた。
「麻衣、テスト終わったし、ぱーっと甘いものでも食べに行かない?」
「わーい、行く~……って、あ、駄目だ」
「?」
ミチルが誘ってくれたから即オッケーしたんだけど、駄目だった。俺、この後学校の先生にお話しなきゃいけないんだった。
「引っ越し予定でさー、ちょっとその辺について先生と相談しなきゃなんだ」
「そうなの?」
「うん、ごめんー。また今度誘って」
もはや笑うしかない。ごめん。
俺こと谷山麻衣は、ひっそりとその人生を終えます。
下宿させてくれた中学校の先生は事情を知っていて、何も言わずに見守ってくれた。
高校に進学するときは、相談があるなら乗るからと言ってくれたけど、俺は何も相談せずにこのまま麻衣を敢行した。だってその時には、ゴーストハントになると直感していたから。
こんな俺のややこしい、言葉にしない感覚を、大人たちはよく汲み、見守り続けてくれた。
「そうか、男に戻るか」
入学してすぐに俺の名前を覚えて、ずっと気にかけてくれていた先生がいる。その人はおそらく中学時代の事情を引き継いだ筆頭なんだろう。
先生は、俺が女の子ではいられなくなりそうだという相談に目を細めた。男でいた覚えがあんまりなくて戻ると言っていいのかわからないけど、心の底から男なので戻るという言葉にはしっくりきた。
「ずっと、自分が女の子だと思ってました」
いや、女の子だと思われてると思ってた、のが正しいかな。先生はゆっくり頷いた。
「男は嫌?」
「ううん、嫌じゃありません」
「そうか、それはよかった」
先生はそれっきり、俺に何かを聞くこともなかった。
俺はもともと苦学生だったのでアルバイトに出る申請をしており、出席日数を重要視されていない。テストと補習を受けて点数を取り、最低限の単位を取得すれば進級できることになっていた。
俺はもう制服を着て学校に登校する必要は無くなった。
そのために、この学校を選んだと言ってもいいだろう。
そしてゴーストハントは始まった。女の子でいようと思っていなければ通っていなかった学校で。
だから、一人で勝手に決めたことだったけれど、女の子でいてよかった。
自我が芽生えたあの日、谷山麻衣ちゃんという女の子に急に成って代わった気分になった。本来ここには小さな女の子がいて、まさしく麻衣という名前だったのだろうと。でも誰もそのことには気がつかなくて、麻衣は人々の記憶から消えた。
だからせめてナルたちや、同級生たちの心の中には、麻衣がいるといいな。なんてね。
next.
お気づきだったでしょうか……ただ原作シーンが面倒くさかったという理由だけで安原さんを置いた訳ではなかったんです。前話の「僕だけにやらせようっていうんですか」ってのはあながち間違ってないんですね。
May 2015
名前はちゃっかり麻衣なので、解明の手続きが必要になります。名前の変更に明らかに異性の名前と思しきもの……うんぬんが適用されるので時間はかかっても許可されるでしょう。というかかなり前から申請中だったと思います。書いてないけど。
加筆修正 Aug 2018