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慰労会を開く為に渋谷サイキックリサーチに集まった協力者達は、麻衣の姿が無い事に首を傾げた。ナルは所長室、リンは資料室から出て来ず、事務員のバイトをしている安原が苦笑まじりに滝川達を出迎えた。
「あり?麻衣は休みか?」
おかしいな、中間テストは一週間で終ると思っていたのだが、と誰もが思う。わざわざそれにあわせて時間をおいてやって来たというのに、麻衣の姿は無いのだ。
辺りを見渡す皆を見て、安原は躊躇いがちに口を開く。
「谷山さんは、退職されたらしいんです」
「は!?」
皆、麻衣が孤児だと聞いたときよりも、驚いた。
「僕も、今日知ったんです。中間テスト終わった筈なのに来ませんねって言ったら、辞めたって」
「なんだってこんな時期に辞めたんだ?」
「それが、一身上の都合だそうです」
てっきり麻衣とナルが喧嘩して辞めたのかとも思ったが、麻衣はそんなタイプではないし、ナルだって麻衣をクビにするような真似はしない筈だ。
「おいおいマジかよ……せめて送別会くらいさせてくれってんだ……」
「誰か連絡先知らないの?」
「あたくし、知りませんわ」
「ボクもです」
「残念ながら、僕も」
誰も麻衣の連絡先を知らなかった。
麻衣は明るくて、人懐っこくて、人気者だろうから、自分たちの様な特殊な仕事をしている友達でもない連中が連れ回してはならないような気がして、自分から連絡先を聞く事は無かった。麻衣もプライベートについて質問してくることはないし、自分の生活についても口に出す事が無かったから、線引きをしているのは理解していた。だが、まさかこんな風に、急に会えなくなるとは誰も予想していなかった。───ナルのようなタイプだったら、まだしも。
「渋谷さんは知ってるんとちゃいますか?」
ジョンの言葉には、皆概ね同意だったが、聞くに聞けない。教えてくれるとも、思えなかった。
「やめた方が良いですよ、谷山さんの名前だした後から機嫌最悪になりました」
安原が声をひそめて報告すると、何人かは小さく悲鳴をあげた。
いつもなら麻衣がそれぞれの飲物をいれてくれて、うるさいとナルに叱られるから綾子や滝川を窘めるのに、もうそれはない。安原とジョンは麻衣がお茶を入れるのを手伝っていたのだが、今回は二人でお茶を淹れた。
「とんだ薄情者よね、麻衣ってば」
「そんな……。麻衣さんは、言いづらかったのとちゃいますか」
一口飲んだお茶の味は、何の変哲も無いいつも通りの物の筈なのに、どこか違うような気がした。
「でも、何も言ってくださらないなんて、酷いですわよ。あたくしたちのことなんて、考えてないんですわ」
「落ち着けって。───麻衣はあれで、ドライな所あるからなあ」
「え、そうなんですか?」
付き合いが一番短い安原は、意外そうに首を傾げた。
短いと言っても、三ヶ月近く同じ事務所でバイトをしていたので、知らない仲ではない筈だ。彼女は面倒見が良いと評される通り、安原の印象もそれで、人見知りしない同年代同士、仲良くやっていたと思っていた。滝川の言うドライな所は、少なくとも安原は見ていない。
「確かに連絡先は知りませんし、仕事以外での付き合いはないですが……」
「何つうか、……去る者は追わず来る者は拒まず、立つ鳥跡を濁さず、みたいな」
「これが濁してないっていうの?」
「んじゃ、『潔く去る』か?───依頼人に好かれる事が結構多いが、アイツはあっさり帰るぞ」
「ああ……なるほどそう言う事ですか。」
滝川は、そうやって麻衣があっさり別れた者を何人か見て来た。
森下家の礼美も、自身のファンであるタカも、噂の渦中にいて麻衣が気にかけてやっていた千秋も、別れを惜しんでいた。一方で麻衣はあっさり笑って別れていた。何も惜しみ返せと言いたいわけではなかったが、普段人懐っこいだけに、余計冷たい風に見えた。
「まあ、さすがに俺たちのことくらいは、って思ったけど。しょーがない」
「なんや、寂しくなりますね」
冷静に受け止めた滝川とジョンも、やはり少しショックだったようでしんみりした。
暫くして、資料室から出て来たリンを滝川は呼び止めた。
「麻衣は、何か言ってなかった、か?」
「皆さんによろしく、と」
「……そんなもんか」
滝川は落胆の息をつく。
「それから、───」
リンは、最後の麻衣を思い出した。
麻衣は目に涙を浮かべていた。霊に襲われようと、首を裂かれて死ぬ記憶を見ようとも、決して弱音を吐かず、涙を零さなかった麻衣は、最後に泣きそうな顔をしていた。リンは、あんなに弱々しい麻衣を初めて見た。
「───谷山麻衣という人間のことを、覚えててほしい、と」
「なんだ、そりゃ……」
滝川は精一杯笑ってみせた。
歪んでしまった眉は、その笑みをぎこちないものにした。
next.
閑話のようなものです。そろそろ主人公がようやく名前出るので、必要な方は登録をお願いします。
May 2015
加筆修正 Aug 2018