I am.


.i am 48

谷山はおうちの事情?があって、暫く学校に来られなくなった、とかいう説明を先生がしてくれたみたいなんで、皆察してくれて『バイト頑張ってね!』とか『体調には気をつけろよ!』とか『たまには遊ぼうね、無理しない範囲で』とか連絡を入れてくれた。
俺は夜間焼き鳥屋でのんびりバイトをして、まったりお勉強する生活を送っております……とは言えない。
週に二回登校して、担当の先生からプリントや課題を貰ったり、時々補講してもらったりする生活が続いた。やっぱり普通に授業受けるよりは自分の理解度は低いけど、高校生のときの記憶を思い出しながら頑張れば、元々得意だった教科にはついていけた。
冬休みに入ったら、先生が学校に居る日に捕まえて分からない所を聞いて良いっていうし、まあ俺なりに頑張った。

年が明けると、声変わりがいよいよ始まっていた。自分では気づかなかったけど、先生が「お?谷山声低くなったな!」って言ったから自覚した。はうう、セーフセーフ!自覚できないから怖いんだよな。
いつのまにかのど仏も出て来てたし、手も少し筋が出るようになってた。
春になって身体測定してもらったら、身長は一年前より7センチ伸びてた。うおおおナルと3センチ差くらい?いや、あいつも身長伸びてるかなあ。……横に並ぶことはないのに比べる必要ないか。

もう前のバイトを辞めて半年になる。今のところでバイトをして、大学に頑張って入って、就職して、真っ当に生きて行こうと思っていた矢先、俺の店に見知った顔が来店した。
ぼーさんとジョンと安原さんだ。背中を向けて御膳を拭いてたところ、他のスタッフが声をあげたので俺もいらっちゃいまてえ、と顔を向けたがそのままぐるりと回転してキッチンに引っ込んだ。
「綾子来るってよ」
「へぇ、意外」
「意外ぃ?なんで」
そうっとホールに戻って気配を消して仕事をしてると、ぼーさんと安原さんの話し声が聞こえて来た。おいおいおい、綾子まで来るのかよ。
綾子って焼き鳥屋なんかくるの?みたいな話を安原さんがしてて、俺もうんうん意外だわと影でこっそり頷く。ぼーさんたちはよく飲んでいるし喋るようだから、綾子が結構サッパリしてるタイプだって言ってた。
なかよちだねえ。俺とナルは仲良さそうとか言ってたけど、お前らのが断然じゃん。けっ!
さりげな~く近くの席の片付けをしつつ、心の中で突っ込みを入れる。
「あ、おにーさん、ここ、もう一人来っから」
「はい」
ぎゃん……俺か。一応一瞬だけ顔を向けたけど、ニアミスでぼーさんが安原さんに視線を戻してジョンはメニューを見てて、安原さんはぼーさんの影に隠れていたのでどこを見てたのか分からない。あっちから俺の顔見えて、ない、かな?
そそくさと片付けを終えて奥に戻りながら、小皿とお箸とコースターを持って行くように、同じくバイトの奈々ちゃんに頼む。快く代わってもらえたヨッシャ!
そのタイミングで綾子が来店して、「おねーさんあたしつくねとズリね」って注文してる。慣れてるな。
はー、奥の席で良かった、この人達。広いフロアだったら俺がちょろちょろ仕事してるの見えるもんな。

「麻衣、元気かしらねえ」

あれから三十分くらい経って、また通りかかった時に、綾子の声が聞こえた。オーダー見たけど、こいつら強い酒ガンガン飲んでる。
麻衣の名前が出た時、ぎっくんとした。足が止まらなかったのは褒めてやりたい。俺エライ。
「一身上の都合言うてはりましたし、心配ですね」
「お一人ですもんね」
労るようなジョンと安原さんの相槌を背中に受けながら通り過ぎた。うっひぃ、心配されてるよう。大丈夫だよ、もう俺元気に生活送ってるから……。
麻衣が居たと言う事は覚えていてほしいが、気にかけて欲しい訳じゃないんだ。だってもう麻衣には会えない。いうなれば架空の人物だ。どんよりしつつ、罪悪感にぷるぷるしながらのお仕事楽しい、あー楽しい!……早く上がりて~。
「そういえば僕気になってたんですけど」
「んあ?」
「谷山さんの能力って結局なんだったんですかね」
隣の隣の席に焼き鳥の盛り合わせを持って行ったら微かに聞こえた安原さんの疑問。
お、おおう、まだ俺の話題続いてた?
「最初はセンシティブっつー話だったな」
「あれは凄かったわよ」
「へえ?」
「ほとんど当ててはりましたもんね」
多分、俺のESPテストみたいなやつのことだろう。あれはなあ、俺も怖かった。
「渋谷さんがサイコメトリしたやつを、谷山さんも見てましたよね」
「あれはお兄さんが繋いだゆう話やって聞いてます」
「そんなこと言ってたわね」
「ほとんど最初から、麻衣の指導をしてたらしいぜ、ナルがぶつくさ文句言ってた」
「え、渋谷さんに谷山さんの話振ったんですか」
「いや、まあ、気になったしな」
「大丈夫だったの?機嫌下がらなかった?」
え、ナルに俺の話題タブーなの?初耳~。当然だけど初耳~。あからさまに機嫌下げるってなに?退職は三ヶ月前に申請しろとか言う感じのこと?
きーっとおしぼりを噛んでたら奈々ちゃんに冷めた目で見られたので、すぐに仕事に戻った。


next.

閑話のようなものです。そろそろ主人公がようやく名前出ます。
May 2015
加筆修正 Aug 2018

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