.i am 49
暗闇の中で、『俺』を呼ぶ声がする。"───、い、……麻衣、麻衣!"
「んあ?」
夜、家で寝ていた筈の俺は、目を覚ました。正確に言うと、起こされた上に、まだ夢の中だ。
暗闇に立っている俺の腕には、白い手が繋がっていて、その先にはきっと、ジーンが居る。姿はよく見えなかった。
「ジーン……?」
「麻衣、ナルを助けて!」
夜も遅い時間、タクシーを呼び出して飛び乗った。
ジーンが言うには、なんと、あいつら今調査中でナルがピンチだとか。
幸い調査に行ってる学校の名前が分かったから住所は大丈夫だけど、そうじゃなかったら俺絶対無理だったな。そして都内だった事を感謝しろ、ナル!
ていうか、ナルにリンさんが気づかないってどんだけなんだよ。他の誰かも気づけよ!あとナルも迂闊なんじゃないの!?経緯はよく知らんけども。
タクシーに乗ってる間に夢うつつにさせられて、ジーンに事のあらましは聞いた。
距離が遠いとか、俺がもう普段ナルのそばにいなくて久しぶりだからとか、どういう理由があるのかわからないけど、どことなくジーンの声は俺に届きづらい。
ジーン曰く手を掴んで声をかけるので精一杯のようだ。俺の声が低く変わっているのもきっと、ジーンにはよくわかっていないだろう。
どうやら霊に取り憑かれた先生とやらがナルを殺そうとして閉じ込めてるらしい。ナルとジーンは相変わらず波長が遠くって、コンタクトはとれてない。
気功するにも、一回でも使えばふら~っとしちゃうから、余程の事が無いと出来ないだろう。本当に、命が危なくなったらやると思う。でもやったら、別の意味でナルの命も危ない。
校門前でタクシーを止めて、ジーンの言う通り使われてない倉庫を裏からひっそり覗く。
「誰かいる?」
暗くて中が見えないけど、換気用の隙間から囁くと、小さなうめき声が聞こえたので多分ナルはいる。
今行くね……って思ってたけど倉庫は鍵がかかってる。そうだよね。
しょうがないから小窓からこっそり中に入るしかないな。
窓割ったからお腹とか手とかちょっと切れたよ畜生。せめーよ。
ごそごそガッタンガッタンいわして、真っ暗な倉庫に入ったと思ったら落っこちた。
どういった設計だ、いろんな所打ちつけたぞ。
手探りで真っ暗な中、ナルの髪の毛らしき物を見つけたので、わしわし乱暴な手つきで存在を確かめる。嫌そうに頭を振るな馬鹿やろう。口も塞がれてるからまずそれを外してやったらすっごく不機嫌そうな声で「誰だ」って言われた。
あんまり答えたくないので、身体を縛ってる縄をなんとか指で引っ掻くんだけど、固く結ばれてて難しい。ふぬうううん、刃物が必要って言っとけよジーン!
指先が真っ赤だろうし、ひりひりするけど、なんとか緩めたって思った所で、ガチャっと鍵が開く音がした。静かに開ける様子なので、味方じゃなさそう。
霊に憑かれてるのは、ジーンが言ってたから確かなんだよね?じゃあ、霊を落とせば良いんだよね?もうやるっきゃないよね?
向こうはほんの少しだけ明るいから、入って来た人の姿が見えた。俺の知ってる人じゃないし、姿勢が悪くて、変な笑い声が聞こえる。俺の独断と偏見によるジャッジでは、正気じゃないのでヤってヨシ。
ナルが気功を始めないように身体を引き寄せて腕を回して、片腕を出して指をさした。
「───臨、」
「っ」
「兵、闘、者、皆、陣、列、在、前っ」
九字なんてもう撃つ事は無いと思ってた。それに、人に向けたらいけないんだし。
火傷を負わせるのは悪いと思ってるけど、霊に憑かれて知らない間に人を殺してしまうより、火傷したほうがマシだよね?ね?
「ぅっアアア!…………いっ、た……!!……?」
九字が当たって、倒れ込んだ人は一拍おくれで痛みを感じて呻き出す、正気に戻ったのかな?ホントごめんね。ヘタしたら俺がこの人殺してたのかもしれないんだから、もう絶〜対、二度とやらないからな!ジーンも頼むから俺を呼ぶな……。
腕の中のナルが身じろぎをしたので、腕を緩めると、自分の力で縄から脱出して立ち上がった。
あの人から霊は落ちたけど、次に襲われたらたまらないし、俺に憑かれても困るんで俺も立ち上がった。早くお前はリンさんとでも合流してください。そして俺はあわよくばこのまま帰る。九字撃った時の声で、俺を男としてナルは認識してると思う。だから、麻衣だった俺に会っちゃいけないだろ。
「待て」
うん、それも無理な話でしたよね。
追い抜いて背中を向けて去ろうとか思ってた俺の服を鷲掴まれた。きゃっ、お背中見えちゃうっ。
「麻衣」
「───、」
「じゃ、ないのか?」
静かな声が、俺の項を這う。ひええええ、どうしよう。顔見せたら俺だってバレるし、でももう、肩に手がかかって、少し力を込められてる。振り向け的な?勘弁してくださいボス!
「俺、麻衣じゃ、ないよ」
「じゃあ……誰だ?」
「俺の事は、忘れてください」
───だから、麻衣のことを、覚えていて。
「ナル!……谷山さん?なぜここに」
「げ、」
校舎の影から走り寄って来たリンさんと、ちょうど俺に対面するようなかたちになった。
終わった……。俺の顔丸見え。
さすがに顔の造形はたいして変わってないです~。身長伸びてちょっと筋張ってきて、声が低くなったくらいなんです~。
リンさんの言葉を聞いたナルは俺の肩を引っ張って振り向かせた。
「……麻衣じゃないか」
原作と現実はちがうじゃん、どうにでもなるだろって思ってたけどさ、麻衣っていう存在だけは世界から消したくなかったんだ。でも俺が振り向いたら、麻衣は俺に塗りつぶされる。
漠然とした希望だった。ただの、自己満足だった。
叶わなかったからといって何か大変なことがあるわけじゃない。ほんと、ただの自己満足だったんだ。
「もう、麻衣じゃない」
あはは駄目だった。失敗だよ失敗。ごめん。
ここは、俺の世界みたいなんだ。
ナルにとって、俺が麻衣なんだ。
「男だったのか……?」
頷くしか無かった。
リンさんが寄って来て、ナルと俺の心配をしながらとりあえずベースにと連れて行った。無言だったけど、ナルは俺の腕を掴んだまま離さなかった。さすがに、もう逃げないっつーの。こうなったらタクシー代せびるから。
next.
書き直してたら名前を出すタイミングを失い最終話まで出ることがなくなるという。。。
May 2015
加筆修正 Aug 2018