Invisible. 02
「おぼえてる?僕たちが出会ったのって1年前の今日なんだよ」「へ、あ、あーそう……」
付き合って1年目の記念日だねって彼女に言われたみたいで、妙に緊張した。
お祝いの準備はしてませんが。
「もうそんなにたつんだ」
「うん」
いつも基本的に金曜日に約束して会うのに、この日はなぜだか曜日が違ってたのは日にちを覚えてたからなのか。
ジーンはこの1年でだいぶ自分の見えるものたちとの付き合い方に慣れてきたみたいだけど、月に一度教会に行く習慣は変わらず、今日も一緒に来ていた。
「えーと、お祝いする?」
「する!」
1年だからってなんだ?って言ったら子供の夢を壊しそうで、おずおず提案したら頷かれた。なぜだかハッピーバースデーの歌をうたいだし笑い転げてる。楽しそうで何より。誕生日じゃないけど。
「さて、今日は何がしたい?」
「ナルにを紹介したい」
「それは……無理じゃないか?」
俺たちはもう理解していた。俺が生きていないということも、ジーン以外、誰にも見えないということも。
そもそもがおかしかった。ここはアメリカだけど、俺が生まれ育ったのは日本だ。日本語しか喋れないし、パスポートは持っていたけどアメリカには来たことがない。
記憶がないだけでアメリカに来て、この地で死んだのかもしれないけど。
でも英語がわからないのは事実で、ジーンが他の人と喋っている内容は聞き取れない。
思い出せないので仕方がないと諦めてたし、ジーンにしか見えないのだからジーンと喋ればいいと思ってた。
「でも、ナルに知って欲しい」
「会えないのに?」
ナルも日本語がわかるそうだけど結局、俺の姿は見えないし声も聞こえない。
「いいんだ。なにかできることがあるかもしれない」
「ジーンがそう言うならいいけど」
どうせいつも孤児院まで送り迎えをしてたんだし、スタッフに怒られることもなければ子供達の目につくことはない。
会話はしないように互いに心得ていたので、あっさりナルとジーンに与えられた部屋にたどりついた。
「ナル、友達を連れて来たよ」
「友達?」
二人は日本語でやり取りをはじめた。部屋に入って行くジーンの後を歩きながら部屋を見渡す。あまりいい部屋とは言えない、眠るベッドと、最低限の家具だけ。孤児院の経営が大変だなんてことはわかるが、なんとも言い難い気持ちになる。
「連れて来たって」
怪訝そうに眉をしかめたナルの正面に立ったけど、視界に入ってる様子はない。
ジーンはのんきに、、ナルだよって紹介してる。俺は見たことあるけどな。
「?……今そこにいる?」
「そう、っていうんだよ」
ナルは意外にも俺の存在を認めるのが早かった。前もって聞かされてたのかな。
ジーンを交えれば意見交換ができるので、霊について興味があるらしいナルに色々と質問をされることになった。
自分が死んだことはわかっていたのかとか、どうして死んだのかとか。
死んだことはゆっくり時間をかけて思い出して行った。ただ、どうして死んだのかは、交通事故だとわかりながらも当時の状況を思い出すことはできない。できたらきっと怖いだろうから、記憶になくてもいいんだけど。
「死んでからどのくらい時間が過ぎた?」
すごいストレートに聞いてくるんだなあ、と思うけど別にいいか。子供だし、俺もそんなに気にしてないし。
「わからない。そもそも俺は時間を感じられないんだ」
「眠ったり……たとえば、意識を失ったりとかは」
「しないね。ずっと起きている」
俺の言葉はジーンによってそのまま伝えられていく。
夜が朝になるまで風景を眺めているから、多分俺は眠ってないんだろうなあと思う。
「ずっと起きているって、夜も一晩中?退屈だね」
「時間を感じないってことは、退屈ってこともないんだよ」
「そっか」
ジーンは初めて聞いたことに反応してから納得した。ナルをおいてけぼりにしたので何だとふてくされるけど、ジーンは謝ってから会話の内容を伝える。するとナルは確かにそうかと頷いた。
「何百年も昔の霊も目撃されるけど、ああ言うのに時間感覚はないだろうし」
「あ、そういえば」
二人は小さい割に博識で、ものわかりが良い。
「ただ、時間を感じないのに、ジーンや僕のことを覚えているのは不思議だと思う」
「へ」
メモを取っていたペンを唇の下におしつけて、ナルはぼやいた。
どういうこっちゃろ。
「そっか、記憶が増えて行くのに時間は必須だね」
「うん?うーん」
「がわかってないみたいだけど」
「にはわからなくたって良い」
あ、ひどい。双子なのに結構性格違うんだあ。俺は二人の顔をじろじろ眺める。ジーンは見られているのがわかってたじろぐけど、ナルはわからないので知らん顔でメモを書いてる。
「二人は似てないね。だって」
「違う人間だから」
ナルは投げやりだけど真っ当な返事をして、顔をあげた。
「、ジーンに憑依できる?」
考えてもみなかったことに、思考が一瞬停止した。
たしかに霊は人に取りつくって言うけど、それを双子の兄に推奨するというか、可能性があるか聞くのか。
ちょっと霊に興味あるんだなあ、って思ってたけど、興味ありすぎと違うか。
「そんな、こわいことできない!」
「なら平気だよ」
霊である俺の方がビビる始末である。
ジーンは出会ってからだいぶ肝っ玉据わった気がする。俺だけじゃない霊とも接して来たからかな。
何度か霊のお願いをかなえに行ったりしたっけな。実際俺には他の霊が見えないんで、ジーンにくっついてってるだけなんだけど。
「他の霊にも、身体かしたの……?」
「ううん、まだ。でも僕はできると思う」
俺はおそるおそる確認する。
ジーンは霊媒体質ってやつらしい。
見たり聞いたりするだけじゃなく、身体まで同調してやれるレベルなのか。
「はなんだって?」
ナルは一応危険性もわかっちゃいるけど、試してみないことにはわからないので、見てみたいってところだ。
そりゃ俺はジーンの身体を借りてもジーンに怖い思いはさせないようにするし、悪さしようなんて思わないけど。子供だからなのか、好奇心だけで動いてるような気がする。
「わかった、やってみる。でもまだ俺以外の霊には身体をかしたらだめだ」
「うん。いいって」
「……カメラがあれば映像に残せたのに」
ナルも一瞬喜んだみたいだけど、すぐに残念そうにした。テレビ局にでも送る気かお前は。
ところでどうやって憑依したらいいんだ?
俺は霊という自覚もあるが、感覚はどちらかというと人間に近い。まあ、生理現象とか欲はないんだけど、思考がとにかく人間のままだ。人の話を聞く理性もあれば、それにこたえる知性も残っていて、壁を通り抜けようだとか人に乗りうつろうだとか、そういう行動に関しては理解ができない。
「感性は人間と変わらないんだ」
「そりゃあ人間だもの」
「僕たちが見たり感じて来た霊と、はやっぱり少し違うと思う」
ナルは俺の感覚に対して呆れたような関心したような顔をして、ジーンは微笑んで俺に手を伸ばした。来てってことなんだろう。目の前に座って、小さな手のひらに両手を乗せる。なんとなく、あたたかいような気がした。
呼吸を合わせてっていうので頑張ってみる。俺呼吸も何もなくないかって思ったけど認識としては呼吸してるんだった。
とにかく目の前のジーンとおでこをくっつけあって、ゆっくり目を瞑る。吐息と、聞こえそうな心臓の音に耳をすませていたら、手がぽとりと膝の上に落ちた。
衝撃に反応して集中が切れて、我に返る。目をあけると前には誰もいない。
ジーンは?と思いながら、ジーンの身体から周囲を見ていることに気がついた。
でも体も、口も、まぶたも重い。
座っていた体が倒れそうになって、ナルがとっさに抱きとめてくれた。力の入らない体は重たいだろう。ずるりとナルに乗っかってしまう。
「ジーン?は?」
「ん」
「……?」
肩に頭を乗せながらなんとか頷いた。
なんとか手を動かして体重を支えたいんだけどだめだ、うごけない。
ナルはでろっでろになった俺を抱っこする力はなく、同じようにへたりこんだまま、でも投げ出すことはしないままずっと待っていた。この現状に興味もあったんだろうけど、優しい子だ。
「話せる?」
他人の肉体にいるからか、自分の意識が霞みがかって行く感覚がしてこわかった。
同時にジーンの肉体のことが俺の無い脳みそに入ってくる。手足の短さ、重さ、ナルとの間に挟まれて髪の毛がつっぱる感覚、右腕を何かにぶつけたことがあるみたいで、そこがナルに押し付けられてて……。
「いた、い」
「どこ?」
焦ったように、ナルが頑張って俺を仰向けにした。あ、もう痛くはない、かな。
「こ、んにちぁ、ナル」
「こんにちは、」
なんとか喋れるようになって来た。身体を座らせることができたし、上体は一人で起きていられる。
「へたな憑きかた……」
渾身の力を振り絞りナルのほっぺたをぷにっとつまんでやった。
びっくりしてたので、ふへへっと笑う。
ちょっと不機嫌そうにしたナルは、動けるならと俺に紙とペンを持たせて文字を書くように言う。そこで俺はてきとうに、自分の名前を書いてみた。
「……うん、確かにジーンの字じゃない」
「そお?」
「ジーンの字はもっとへた」
「あっははは」
俺は大笑いして、気を抜いた拍子にジーンから抜けてしまった。
がくっと崩れ落ちたジーンの身体にナルはびっくりして、今度は受け止められなかった。ごめんジーン。
いてて、と呻きながら訳が分からず起き上がったジーンは、俺の方を見てちょっと口を尖らせる。
「成功したの?僕には分からないや」
「ナルとお話できたよ」
「あ、これ何?」
「の名前だって」
「へえ、こうやって書くんだ」
床に置いてあった紙に書かれた名前を見て、ジーンは身体を放られたことも気にせずに笑った。
でもすぐに眠たくなってしまったといってベッドに這いずって行く。
ナル曰く、体力を消耗したんだと思う、とのことだ。
じゃあ帰ろうかなあと思ったけどどうせ俺は霊なので、誰にも咎められないからジーンが起きるまでそばにいることにした。まあ、朝まで目を覚まさなかったわけだが。
next.
友達は友達でも、見えないお友達です。
生きていないことを隠してみようかと思ったけど、どちらかというと色々実験に付き合う主人公が書きたかったので早々にネタをばらしました。二人の間では一年かけてるけど。
ナルの子供っぽい口調むずかしい。
July 2017