Invisible. 03
ジーンは寝ぼけた顔で「おはよお〜」と言って目をごしごしした。俺もおはようと返した横で、ナルがちょっと驚いてた。
「一晩中いたんだ」
「ああ、僕のことが心配だったみたい、ごめんねだって」
「別に」
ナルは許してくれたけど、やっぱりちょっと悪かったかなあと思う。なにせ俺は一晩中眠ることなく部屋の中にいたわけで、ジーンもそうだけどナルのおやすみからおはようまでも見守ってた。
大丈夫、変な寝言はなかったし、寝返りの回数を数えるなんてことはしてない。ただナルは昨日夜寝るのが遅かったかなってくらいだ。多分メモをまとめてたんだろうけど、そこまでは見なかった。
もし万が一、ほら、日記とか書いてたら悪いし……いや英語よめないけどさ。
その日は朝から学校だったので、ジーンはばたばたと準備をしていた。ナルは先に部屋から出て行ったけど数分後には部屋に戻って来て余裕を持って時間を待っていた。
慌ただしい朝、俺が話しかけて邪魔をするべきではないので、二人が出発するときだけ付いてくことにして、玄関の前で見送った。
「いってらっしゃい二人とも」
「いってきます!」
ジーンは俺に向かって笑った。
ナルにとっては誰もいないただのドアだし、俺の声が聞こえてないので、一瞬わけが分からない顔をしてたけど、ぶんぶん手を振るジーンを取り押さえて学校へ向かった。たしかに、手まで振ったらあやしいな。
孤児院の二人の部屋にいても暇なので中を一通り見て回ったけど、だからといって何がどうということもないので外に出た。今度の約束をし忘れたなあと思ったけど、公園にいれば会える。
案の定夕方、走りながら地面の落ち葉を乱す音が聞こえて振り向くと、肩を上下させて呼吸を乱しているジーンがいた。
「どうして部屋で待っててくれなかったの!」
「え、ええ〜」
さすがにそれはないだろ、と思いつつなんだかかわいそうになってひとまず謝った。
「まあとにかく、おかえり」
「ただいま」
ジーンはふうと息を吐いてベンチに座った。
「僕の身体に憑依した時、どうだった?」
「んー、動かしづらかったけど、慣れればそうでもないかな。でもすごい、なんか眠いっていうか、怠い?」
自分の肉体ではないから合わないっていうのが事実だ。
「僕の身体だから?」
「さあどうだろう、他の人についたことないし、ジーンだって他の人をつかせたことないだろ」
「うん」
膝の間で両手をあわせ、指をからませて人差し指同士をくるくる回してるのを隣から眺める。
なにか考え事をしてるんだろう。
ジーンとナルは、どうしてこんなに霊に興味があるんだろう。そりゃあ、ジーンは霊が見えるからだろうけど。
「二人はどうしたいと思ってんの?」
膝に頬杖をついて、隣の顔を見上げた。
え、と小さく声を漏らしたあとジーンは逡巡して口を開く。
「僕たちは、知りたいんだ」
「うん」
「僕は霊が見えるけど、ナルは人の過去がみえる」
「過去?」
「というか、記憶かな。サイコメトリってしってる?」
なんとなく知ってるけど、とまごついた俺にジーンは教えてくれた。簡単にいうと、物から記憶や思念を読み取るらしい。
それだけじゃなくて、ナルには念力があって、ジーンとの間にはテレパシーもある。
「お、多いなあ」
「うん」
それが、10歳にも満たない子供二人の力であり枷なんだろう。
親の理解も支えも当然なく、孤児院はあの放任っぷりだ。
二人がやけに賢い理由はそこにもありそうだし、解明したいという気持ちもわからなくもない。
「僕は……がいたし、ナルも霊に関しては興味があるみたいで意欲的だったから助かったけど」
ジーンにとって怖い未知なる霊が、俺によって少し和らいだのは良かった。
「ナル自身はまだ力に慣れてない」
そう思った矢先に不安をこぼすので気を引き締めた。でもナルに関しては俺がどうこうできるもんじゃない。
サイコメトリのことも、念力についてもよくわからない。だからナルやジーンは自分たちで知ろうとしてるんだろうな。
「そっか、できるようになるといいね」
「うん。いま、イギリスの権威ある学会に目をつけてるんだけど」
「え、うん?ハイ」
今なんか不穏な言葉が飛び出したような……と思って戸惑ったけど、後ろ暗い内容ではなかった。
超心理学を調査する団体があって、その機関にレポートを送る計画をたててるそうだ。お前たち今いくつだっけ……。
その目論見が大当たりしたのは、半年後のことだった。相変わらず俺は時間の感覚がないけど、最近はジーンとナルがいるので暦くらいは記憶してる。
イギリスの超心理学の研究者と、霊媒の人と、研究機関の偉い人が三人でジーンとナルを訪ねて孤児院にやってきた。
俺もよばれて孤児院の客間で待っていたけどやってきた女性一人が俺に気づいたみたいだった。あの人が霊媒だろうな。
俺ににっこり笑って見せたあと、ジーンとナルに何かを聞いてる。それからナルはジーンの方をみやって、ジーンが答える。やってきた残りの男性二人も会話に加わって、顎を撫でたり、俺のいる方に目をやったりしながら何か話していた。
なんだ結局俺って来た意味なくないか。だって話してる内容わかんないもん。
わからない話は自然と耳に入ってこないもんで、三人が帰るまで何もせず窓の桟に腰掛けていた。これが暇ということか。
「、みんな帰ったよ」
「うん見てた」
同じ部屋にいたので部屋を出て行ったのも、外でタクシーが走り去ったのもわかった。
「ねえ」
「ん?」
窓の桟に座ったまま片膝立ててそこに顎をのせてた俺は、ジーンに呼ばれて顔を傾ける。
「ミセス・ジャンヌと何か話した?」
「え??ミセスってことはあの女の人?何も言ってないよ、ジーンは俺の声聞こえるだろ」
俺の姿は見えてたみたいだから、日本人かな?とかお友達?って聞いてるんだと思ってたけど。
彼女も俺に言葉をかけることはなかったし、声に出してた言葉は英語だったので分からなかった。
ジーンは俺の言葉に驚いて、ナルに教えてる。そしたらナルもはっとした顔をした。それから少し口元に笑みを浮かべてへえと噛みしめる。楽しそう。
「ーーー彼女、あたりかな、はずれかな」
「姿を見えてたのは確かだよ。が日本人だってわかってたし……事故だったって」
ジーンはミセス・ジャンヌが言ってたことが概ね正しいと思ってるみたいだ。
「見えてたとして、どうかな。ぐらいの年頃でこの様子だったら、事故の可能性が高い」
「病気とか、犯罪の可能性だってあるんじゃない。記憶がないから普通にしてるのかもしれない」
待って、俺の話だよね。しかもわりとデリケートな方面の。
いいけどさ、いいけどさ。
「……は少し規格外なところあるからね」
「うん」
結局ジーンもナルもその言葉で議論を投げた。なんて雑なんだ。研究したいんだろ、勉強したいんだろ、もっと突き詰めてください……って思ったけど情報が少なすぎるか。
どうせ俺は憑依もへたっぴだし、ジーンとしかお話しできないよう。
ミセス・ジャンヌが俺を見て、どうして事故だとわかったのか、後で聞いてみたらジーンでもわかることがあるそうだ。ただしジーンにとっては他の霊に対してで、会話のできない霊や想いの強い霊の記憶や過去などが見えるからであって、俺は理性的だから流れ込んで来ないみたい。
あと、ジーン自身も見ようと思わないでいるとか。それはよかった。
だからミセス・ジャンヌが俺が死んだ時のことを、俺より詳しく知っているのは、俺を通して過去を見たからでおかしなことではないとか。
ジーンには知りたいか聞かれたけど、反射的に首を振った。
死んだことは知ってるんだから、そういうのはいい。
一週間ほど滞在するみたいで三人は毎日のように二人に会いに来た。ミセス・ジャンヌはたまに俺をみかけた時は軽く挨拶をしてくれる。俺は答えるべきか迷って、結局ぺこりと頭をさげるだけだ。
ジーンとナルのそばに俺がずっといる必要はないのであまり顔を出さないようにしたけど、最終日には一応同じ部屋にいて見送るつもりだった。
別れ際にミセス・ジャンヌが俺を見た。近くにいたわけじゃないんだけど、グリーンの瞳がとても印象に残る。穏やかに凪いだ目が、言葉をかけてくる。話がしたいと。、と。俺を呼んでいるようだった。
そうか、霊媒は使う言語が違う霊にこうやって話しかけるのか。
理解して、俺は小さく頷いた。
ジーンが小さな声であっと漏らしたみたいだけど、俺は行ってきますの意を込めて背中をとんとん叩いて追い抜いた。
ミセス・ジャンヌとは言語なく会話ができた。
ジャンヌでいいというので、フランクに呼んでみることにする。ジーン曰く霊媒は無理やり除霊するような真似はしないというし、本来怖がる相手じゃない。
俺が死んだ時のことを思い出したくない、と思ってるのを感じたのか、大丈夫だと笑われてしまった。
まずどうして、俺がアメリカにいるのか聞きたかったらしい。そう言えばなんでだろうと首をかしげる。ジャンヌのほうが知ってると思ってた。俺は記憶が曖昧なところがあるから、アメリカで死んだ可能性もなくはないと考えてたんだけど、やっぱりアメリカに縁はないみたいだ。もちろん、ジーンとナルにも。
このままでは永遠に時が来ないかもしれないと言われて驚く。え、俺ってそんなにどうしようもないの。
ジャンヌにも俺の心残りは分からない。記憶が薄いからかもしれないけど、だからって無理に思い出すのも得策ではないから、今感じるやりたいことをやるべきだと言われた。
かといって、俺は別にやりたいことがない。
こまったなあ、今の所俺の行動や希みのすべては小さい双子を元にしてるみたいだ。
ジャンヌたちが帰った後、ジーンとナルは孤児院を出てイギリスの夫婦に引き取られることが決定したらしい。
お父さんになる人はこの前来ていた赤毛の人で、二人を優しい目で見ていたのを思い出す。
これから二人は、身を案じ、力になってくれる大人にたくさん出会うことになるんだろう。
そう思ったら俺はもうこの世に用はなくなるんじゃないかって気さえした。かといって、ジャンヌの言う光は見えないんだけど。
このままでは俺はただ置いていかれるだけになる。二人と話せなくなったら今度こそ、何も考えずただただ存在するだけの霊になってしまいそうだ。それはちょっとこわいな。
「お別れかあ……」
引越しの準備をしているジーンの隣で、ぎゅうぎゅうになったトランクを眺めながら呟く。
えっと小さく声を漏らして手を止めるけど、もしかしてお別れになると思ってなかったんだろうか。まあ子供だしな、考えてなかった可能性もある。
「はアメリカから出られないの?」
「え?」
今度は俺が首をかしげる番だった。書類の束をまとめてるナルもジーンの言葉に振り向く。
「ってこの地に執着あったっけ」
「ないと思ってたんだけど。お別れっていうんだ」
「なぜ?」
「わかんない」
二人は顔を見合わせて話す。当たり前のように一緒にイギリスに行くつもりだったらしい。
「まだ話し足りないことがたくさんある」
と、言われてしまえば納得してしまう。養子になるのはあくまで善意で、たまたま合う人がいたからだけど、そもそもイギリスに行くのは研究を本格的にするためだ。特に霊的現象について大いに興味があるので、俺ほど協力的な霊を手放したくないんだろう。
この辺から動けないんなら、機材をもってデータとりにくるしかないねと残念そうにいう二人に、頑張ってついていけるように試すほかなかった。
next.
ツインズはおこちゃまなので主人公のハートは可愛い顔でえぐる。ナチュラルに人権がない。
主人公は空港の金属探知機のところも通って入出国した。音なったら面白いけど金属じゃないからならないかな……。
July 2017