Invisible. 04
かくして、イギリス人のデイヴィス夫妻に引き取られたジーンとナルだったけれど、そこには俺という霊もついていた。なんだかご両親には悪いなあと思うけど、迷惑はかけないので許していただきたい。ご両親はもちろんジーンとナルの能力に理解があった。霊を見ることができるジーンの行動にも、ナルの念力……PKっていうらしいんだけど、つまりその力が暴発して部屋が荒れてしまう事態にも、大きく動揺することはなかった。
俺なんて初めてナルのポルターガイスト見た時、ついに俺がやらかしたのかと思って土下座する準備をした。
アメリカの孤児院にいたときは基本的に外で過ごしていたけど、イギリスにはジーンとナルについてきたわけで、俺はデイヴィス邸で過ごしている。
二人は孤児院とは違って一人一部屋与えられた。ジーンは自分の部屋にずっといていいと言ってくれたんだけど、それはむしろ俺が嫌というか、四六時中一緒にいるのってどうなのって思って、普段使われていない屋根裏部屋を勝手に借りることにした。大丈夫ポルターガイストは起こさない。
今までは顔を合わせて口に出して会話をしていたけど、屋根裏部屋にいる俺を呼ぶのにジーンはテレパシーみたいなのを送って来るようになった。
ちょっと俺も霊らしくなったのでは?と思いつつ、学校から帰って来たジーンに呼ばれて階段を降りた。
体を通り抜けさせて天井からすうっと現れる真似はできないんだよ。まだまだだな。
古い階段はギイ、カタン、ギイ、カタンと音を立てる。廊下を歩いてジーンの部屋の前につくと、ドアに手をかけた。ジーンは慣れっこなので、驚きも怖がりもせずひとりでに開くドアを見て、ただいまと笑う。まあ、ジーンにしてみたら無人ではないか。
「おかえり、ナルは?」
「ナルは学校帰りに先生のところ行ったよ」
「へえ」
ジーンにはまだ少し大きい、普通サイズのベッドに座った。
先生というのは学校の先生ではなく、教授や博士を指す。勤勉で知識を得ることに貪欲な彼はいろいろな先生に話を聞きに行ったり、習い事をしているらしい。
なんの先生なのか、どんな先生なのか、いちいち聞いてられないくらいにナルのやってることは俺にはむつかしい。
「ジーンは先生のとこ行かないの?」
「僕の先生はだから」
俺はなにも教えてないけど、まあ霊の手本みたいなもんか。
「ジャンヌは?」
「ミセス・ジャンヌ?まだこっちに来てからあってないな、忙しいみたいで」
ジャンヌは俺がイギリスについてきたことを知ってるのかなあ。
「……前、なにかいわれた?」
「うーん、俺はもしかしたらずっとこのままかもしれないってさ」
「どうして?」
「この世に止まる理由がわからないから」
ジーンは黙ってしまった。
俺もこれ以上言うことはなくなって、そういえばなんか用かって聞いた。
ただいまとおかえりの挨拶ならわざわざ部屋に呼びよせる必要がない。俺は同じ家に棲んでいても毎日顔を出すわけではなかった。
「この間撮った映像に、の姿が映っていたみたい」
「え!」
ベッドにごろーんとしてた俺はがばっと起き上がる。
そういえば前にナルが研究所から持って来たカメラをまわしてたっけ。
「カメラの前に立ってた時の?」
「あ、それは映ってなかった」
あの時、俺が映るかという実験をしたので、ジーンと並んでカメラの前に立ってた。ジーンは俺がいるあたりを示す役であり、通訳でもある。今こんなことをしてる、とかこんなことを言ってる、と説明して実際に写っていた時にそれが一致すれば証明にもなるとかなんとか。
あの時、終了ボタンを押す前にカメラを三脚から取り外そうとしたようだった。ガタガタ揺れて一瞬床を映した後、もう一度カメラは斜めにジーンの方を向いた。すぐに映像は切れたんだけど、その一瞬変な角度で撮れたところに、ジーンのだけじゃない人影があったってわけだ。ブレがあって明瞭には映ってなかったらしいが、そこにいたのはジーン以外では俺しかいない。
「他にも、本のページをめくったり、間接照明の電気を消したのもあるよ。姿はなかったけど」
「おお〜やったね、解析しよう解析」
「……いいの?」
「したかったんじゃないの?」
「そうだけど。のこと、みんなに言うことになるよ」
「いいんじゃない?もともとジャンヌだって、……そういえばお父さんも知ってるか」
屋根裏部屋に俺がいること、もしかして気づいてんじゃないかな。たまにしか音は鳴らしてないと思うんだけど。
そもそもイギリスについてきてほしいって二人が言ってたのは、俺を研究するためだったはずだ。
二人だけで俺の研究をすすめるのは無理があるし、ナルとジーンを迎え入れたSPRに俺の存在を知られることは承知の上だ。
ジーンはぎこちなく頷いて、ナルに了承がとれたことを伝えるという。
数日後、俺ははじめてジーンとナル一緒に研究所をおとずれた。
複数の人がいて、ジーンとナル以外は全員大人だ。
部屋にはカメラやマイクがあってテーブルにはパソコンやデッキなどが置かれていた。
ウェルカム、。と一番歳をとった男性が言った。俺は見えないだろうけどぺこりと頭を下げてみることにする。
研究員達が何を話してるのか、俺にはさっぱり分からないし、ジーンはいちいち俺に翻訳してくれるわけじゃない。ただやってみてほしいことだけを言われて、俺はできる限りで応えた。
実験結果について議論している時は混ざりたいとは思わないので、俺は勝手に誰も座っていない椅子に座って待った。
一ヶ月近く、ほぼ毎日のように実験が行われた。俺の姿を映すためにあらゆる撮り方を試したり、質量とか静電気とか温度とかを測って、俺の痕跡を探したり。
声がとれるか、物音をたてられるか、ポルターガイストを起こせるか。
また別の日には憑依について、どの程度のことができるのかを実験した。
俺は初めてジーンに憑依して以来、誰にも…ジーンにも憑依をしていない。本当はジーンの身体と俺の感覚を慣らすために何度かやろうと思ったけど、俺は無意識にジーンの身体に乗り移ることを拒否してしまったみたいだった。
ジーンは今では他の霊を口寄せして憑依させられるようになったのに、俺ばかりが初心者のままおいてけぼりだ。
俺があまり憑依を得意としていないことは研究員たちもわかっていたけど、実験なのでできなくても試してみることにした。
ジーンが唯一の成功例だったけど、今回は違う霊媒の人が俺の相手だった。ジェームズという40代くらいの男性だ。ジャンヌじゃないのか。
彼は用意された椅子に座り、ゆっくり目を瞑る。暗い部屋の、テーブルの上に置かれたろうそくを挟んで向かい側に座っていた俺は呼びかけられる感覚に目を瞑った。
まぶたを通して、ろうそくの火が揺れたのが見える。
ゆっくり目を開けるとやっぱり、ちょっと体が重い。普段自分の感覚が霊的だとは思ってないんだけど、肉体って重いんだなあ。
「?」
うっすら目を開けて俯く俺に、隣に座っていたジーンが呼びかける。小さく返事をすると反対隣のナルが成功だと呟いた。
自分のことを話せるかって聞かれて頷く。すると名前や生年月日、生まれたところや家族構成を話してと言われて順番に答えた。ジーンに憑依してナルと話した時は日本語だったから気づかなかったけど、今はどうして二人以外の人と話ができているのか。多分、これが人の体に入るってことなんだろう。
最後にナルが僕の名前を書いてみてというので、nollと書いた。
実験のデータ収集が一通り終わると俺は盛大に感謝された。なぜかというと、こんなに積極的に細かく一人の霊に対して短期間でデータが取れることはないからだ。
「まず、幽霊は実験室に現れてはくれないから」
ナルが締めくくりにこぼした。なるほど、たしかにそうだ。
アメリカからイギリスに一緒についてきた時点で相当協力的だけど、研究所に約束通り毎日来る霊なんて俺くらいだ。
ある意味規格外すぎて、霊に対する実験ととらえていいのかも曖昧だ。まあ、実際俺は生きている人間ではないので間違いじゃないんだろうけど。
next.
原作でのナルの「幽霊は実験室に現れてはくれないからだ」っていうセリフを見た時から、いつか実験室に現れるハッピーなゴースト主人公書きたいなって思ってました。
July 2017