I am.


Invisible. 05

屋根裏部屋の幽霊生活は5年目を迎えた。お父さんとお母さんはすっかり、俺の存在にも慣れただろう。いや……喋ったことないから知らないけどさ。
でもたまに洗濯物たたむの手伝ったり、冷蔵庫が空いてたら閉めてやったりしてるんだぜ。屋根裏部屋以外にいるのは悪い気もしたけど、たまには家の中を歩いちゃうのもしょうがないじゃん。

この日はジーンに朝8時に起こしてって頼まれていたので屋根裏部屋から降りてきた。
部屋に入り寝こけているジーンを見下ろす。掛け布団をぎゅっと胸に抱きしめて丸まる背中はもちろん外に出しっ放しだ。寒くないのか。
抱きしめてる布団を軽く引っ張ると、それを感じたジーンはころんと寝返りをうつ。
声をかけても揺さぶっても起きてこない。現実だと、俺の行動はあまり力になれないことが多い。
それなのになぜジーンが俺を頼って来るかと言うと、眠っている意識には干渉しやすいからだ。
いわゆる夢の中でジーンと会う方法をここ数年で学んだ。つまり俺は夢に現れて朝だよって言ってやるのだ。
眠っていた意識を引っ張り、声をかけて認識させてやると、ジーンは起きようと思って起きられるようになる。
そうすると高確率で目を開けられるので、声をかけて頬をひっぱたくよりは効率があるんだとか。
なんでそこまで面倒みてやらなきゃならんのだってことで、滅多にやってやらないんだけど。

ベッドに腰掛けて目を瞑ると、ジーンが寝転んでいるのがみえる。意識を繋いでいる状態なので声をかけるとすぐに目をあけた。ただしこれは現実で目を開けることにはならない。
「おはよう」
「もう……あさ?」
「起きる五分前」
目にかかる前髪が、瞬きと一緒に揺れる。うとましげな眼差しに笑ってしまい、仕方なく俺が指で払いのけると白いおでこが丸見えになった。極め付けにぺちっと叩く。反射的に強く目をつむった後ぱっちり開かれた。
両手で頭を抱えたジーンはうーと唸ってから、ゆっくり起き上がる。早く現実で起きてくれ。
「今日は調査に行くんじゃなかった?」
「そうだった!」
はっとしたジーンにため息をつく。大事な予定だから起こしてやったのに、毎度言ってやらないと忘れるんだ。もともと眠ると何も考えられなくなるタイプなんじゃないかと思う。トランス状態は別として。
これなら起きるだろうと安心した俺は、一足先に目を開けてまた屋根裏部屋に戻った。
慌てて起きたジーンはバタバタ身支度をするだろうから。

、行くよ」
準備を終えたジーンに呼ばれて俺は一緒に家を出た。
数年前からジーンとナルはたびたび心霊現象の調査に出かけるので俺もついていくことにしてる。
所属してる研究室は現象のデータ収集と解析を主としていて、依頼を受けたり、気になる現象を見つけては調査へ繰り出すのだ。
二人についたのは日本人の若い女性、まどか。いつも笑顔でほわほわしてるんだけど、ナルやジーンに引けを取らない、賢く豪胆な人。良き保護者であり先生でもある。
彼らのしていることはゴーストハントと呼ばれるものだそうで、ノウハウは彼女から教えられた。
「あら、ジーンが先についてる。またに起こしてもらったんでしょ」
「またってほどじゃない、は滅多に起こしてくれないんだから」
移動は機材を乗せた車で行く。待ち合わせ場所で待っていると、後からやってきたまどかが開口一番にジーンが先に来ていたことをからかう。いつも、後から走ってやってくることが多いのは確かだ。
滅多に起こさないようにしてるけど、これでもしょっちゅう起こしてるんだからな。腕を組んでため息を吐いたけど、ジーンは不満そうだった。
「この間も起こしてくれなかった」
いつのことを言ってるんだろう。もしかして友達と遊びにいく約束をしてた時のことかな。友達との約束くらい自分で起きろって言ったんだけど、起こしてくれると信じてたジーンは見事に寝坊して友達との約束に遅れ、観たかった映画の上映に間に合わず、次の回まで2時間程待つ羽目になった。
……俺、悪くなくない?
はあなたの便利な目覚まし時計じゃないのよ!」
「わかってるよ!でも起こせるのに起こしてくれないなんてひどいじゃないか」
「そうしたらあなた自分で起きなくなるでしょ」
ぷんぷんっと怒ってくれるまどか。まさに俺の言いたいことを言っているので、隣でうんうんと頷いた。そしたらジーンがちょっと口を尖らせる。
大事な用のときは起こしてあげてるじゃないか。十分俺は優しいと思うけどね。
仕事に遅れさせて危機感を覚えさせるという手段には出てないんだから。

調査員の運転する車に乗って、依頼人の家に行く。日本語はそうそう使われないので話がわからないけど、ジーンは後で俺に概要を教えてくれるので依頼人と話している間は勝手に家を歩き回ることにしている。
まあどんなに見て回ってても、俺は霊感がないのでゴーストハントについて助けになることはない。
この調査もジーンが霊視して、調査員たちとデータ収集を行なって、原因を突き止めて、除霊ができる霊能者が解決して撤収に終わる。
ジーンにとって除霊はちょっと心苦しいらしく、霊が自力で昇っていけるように説得を試みるんだけど、今回の場合はダメだった。話が通じないし、放っておくわけにもいかず、依頼人が困っているので、ころしてしまった。
除霊の時はよく、ポルターガイストが起きたりする。霊が興奮したり、多分苦しかったりしてるんだろう。部屋の窓ガラスが激しく揺れてガタガタ音を立ててるのをジーンのそばであわあわしながら見てた。

「どうしたらよかったんだろう」
「……うん」
俺とジーンの間で、浄化できずに終わった調査の後に反省会が行われるのが定例となっている。
ジーンがやるせなさを吐き出すためだ。
この子は毎回、人を死なせてしまったと落ち込む。
俺も霊という立場から言わせてもらうと、もう一度死ぬのは、殺されるのは嫌だと思う。
帰りの車の中は静かだ。俺とジーンは声に出さずに意識を繋いで会話する。
どんどんジーンの意識が深く沈んで行くので俺はそれに付き添って暗いところまでおりた。もうここは車の中ではなくて、二人だけの空間に変わる。多分現実でのジーンは夢うつつになってるだろう。
「ほんの遊び心だったんだ、父親のピストルを見つけて、遊んでいただけで……試しに……」
「うん」
「何も考えてなかった。子供で、ただ、撃ってみたくて。撃つものが欲しくて、自分の体にむけた」
その時、死ぬとは考えてなかった。いや、ほんとに。そういう思い込みをすることが人間にはある。
「頭が弾けるような音がした」
霊視をした後、顔を半分隠してしまったのは、多分死ぬ光景を見たからなんだろう。
静かに続く言葉を聞いて、俺は一緒になってやるせなくなってくる。
「撃った後すぐ気づいたけれどダメだった」
血のにじむ体、熱を感じながらも急速に体温が下がる感覚。ほとんど即死だけど、死ぬまでの間に、確かに後悔と恐怖と悲しみの波が押し寄せた。きっと永い時間に感じられただろう。ジーンが感じたものが、俺にも伝わって来た。
子供の霊は、その時のことをすべて忘れてしまった。
だからずっとあの家にいて、誰にも気づかれず、何もわからないことに孤独と苛立ちを感じていた。
「死んでしまったこと、教えない方が良かった?」
「そうかもね」
ジーンは暗闇の中で膝を抱えた。
霊は自分が死んだことを指摘されて怒った。ものすごい家が揺れた。カメラも倒れた。
ジーンは突っぱねられて、体を投げ飛ばされた。調査員の一人が受け止めてくれたけど。

ジーンの感覚が伝わってきてわかったけど、ただ死んでしまった光景を第三者として見るだけじゃなかったんだろう。
そうでなければ死に際の絶望までわからないはずだ。
後頭部をぽんぽんなでると、顔を上げてこっちをみる。
もう、霊が見えることが怖いと泣く子供ではない。でも、まだ子供だった。
「あの子はどうして怒ったんだと思う」
「認めたくなかったから?」
「生きたかったからだ」
なにかをしたくない、されたくないという理由から反発があるのは当然だ。
霊がこの世に留まる、そもそもの理由は心残りがあってしたいことがあったからだ。生きたいということに直結するものがほとんどだけど、些細なお願い事だってある。
死んでしまったことをわかっていようとなかろうと、望みを捨てきれないからこの世にいて、望みが叶う兆しに顔を上げる。
「俺たちはただ窓をあけてやればいいだけなんだ」
ジーンは俺を見つめながらまばたきを二回した。
まど、と呟いて、現実でまばたきを二回した。
隣に座っていた調査員が、小さな呟きを拾って首をかしげたけど、寝言だと思ったのか聞き返して来ることはなかった。


next.

前に書いていた作品では霊媒はすごい、霊のためにできることが確かにある、みたいな前向きかつ下から見上げる感じの主人公だったんだけど、今回の話ではどちらかというと、お前達ができることはたいしたことじゃないんだよって、がんばりすぎるな、っていうタイプです。それは主人公が死んでいるからで、どうがんばっても、何を言われても、二度と生きることができないから。もちろん、説得を無駄だと思ってるわけじゃないけど。
Aug 2017

PAGE TOP