I am.


Invisible. 06

いつのまにかナルとジーンはそれぞれ自分の道を歩んでいた。
家族と出会い、学校へ行き、研究に没頭し、多くの事柄に出会い経験する。俺から見てだけど、とても充実して安定した生活になった。
ちなみに俺という幽霊の研究は、終わったわけではなく、けれど進みはひどく遅かった。いつからかジーンはやんわりと俺の研究を止めるようになったのだ。
定期的にとっていたデータは滞り、新たな仮説を立てても検証することができないでいる。
今はあまり俺の調子が良くなさそうだとか、やめといたほうがいいと思う、とか言って渋るのだ。俺元気ですけど?……元気っておかしいか。
自分では変わったところが全くわからない。ジーンがいうならそうなのかなあ。
と、俺も他の研究員達もあきらめた。それほどジーンは優秀で質の良い霊媒とされていた。
ナルが論文かなんかでそう言ってたこともあったっけな。
そういうわけで俺は今もっぱら普通の浮遊霊だ。実験されたいわけじゃないけど、解明されていくのは楽しかったし、幽霊なのにえらい!!ってみんなに褒められるの嬉しかったのになあ。

あまりに暇だったので日中の俺は最近ナルやジーンにくっついてって学校の授業を聞いてみたりする。が、もちろんわからない。
授業中、ノートの隅っこでシャーペンがもぞもぞ動く。覗き込むと、薄い字で”いる?”と書いてあった。
ナルは意外と、授業中にこうして話しかけて来る。ジーンは授業中は相手できないよっていうんだけど、ナルにとって授業は出席して単位さえ取れればどうでも良いらしい。
まだ未知の存在である俺の相手をする方が楽しい、というわけだ。
洗濯物をたためる俺は無論、お返事も書けるのでペンを手にして、丸をつけて肯定した。
ナルは後ろの端っこの席だから、ひとりでにペンが動いてても誰も気づかない。
いつかペンを使わなくても文字を浮かび上がらせてみたいなあと思うけど、あれは大体家の壁とかに血文字で切望が浮かび出るパターンなのでダメだ。
でかでかと、テレビ観たあい……なんて壁に印字してしまうおそれがあり、俺の黒歴史が増えることになるだろう。恥ずかしい。芸がこまかい霊は多分もうちょっと控えめな主張ができるんだろうけどな。
”最近どう”
”霊なのでとくに変わりもなく……”
ここ数年で、英語が上達しない俺をよそに、ナルは俺との筆談で日本語が上達しつつある。最初は漢字が読み書きできないのでひらがなで書いてた。俺はついつい漢字を交えて書いてしまうので後からルビをふる。ナルはそこから勝手に学んでたのだ。すごい。……筆記体でも習おうかしら。
”もしかして俺、調子悪そう?”
”ぼくにわかるとおもうか”
ナルはぞんざいに全部ひらがなで返してきた。
その後また文字を書いてるので待ってみる。
”ジーンがの実験を渋ること?”
”うん”
ナルもPKの実験をちょくちょくしてた頃があったけど、いつしかお母さんが心配して止めるようになった。本人もPKについてはあんまり興味がなかったし、コントロールができるようになったからってあっさり辞めてたけど。
俺はジーンが止めてる意味がわからない。体に負担がかかるわけじゃないし、物分かりがよすぎるとはいえ俺はれっきとした霊で、ナルもジーンも心霊現象に興味があるはずだった。
”このままじゃは永遠に眠れないかもしれない”
”霊は普通そういうものだよ”
”たしかにそうだ。けれど、はぜんぶ知っている”
ナルは手早くノートを取るふりをして文字を書く。
”自分が理性ある人間であることも、体のない霊であることも”
”それがなに?”
俺はよくわからず、ナルの文章のそばに書きいれた。
人差し指でペンの軸を軽く、てんてんと叩きながらナルは言葉を探しているようだった。
”本当は思い残すことなんてなくて”
おずおずと手が動く。それからためらいがちに空白をつくって文章は続いた。
”僕たちのために、ここにいるんじゃないの”

黙った俺を呼ぶように””とノートに書き込まれたけど、俺はペンをおいた。
思い残すことがないっていうのは、肯定しかねる。死の瞬間を覚えてないことから、死ぬことが怖くて、死にたくなかったっていう未練はあるだろう。
ただ、霊として今の生活に不満を感じることはなくて、ナルやジーンを通して俺は現世と十分関われた。それなのにずっと変わらないままでいるのは、二人のことが気がかりでこの世にとどまっているから、ととられても仕方がないことかもしれない。
それもまあ、確かだ。


先に屋根裏部屋に帰って大人しくしていた俺を、夜眠ろうとしているジーンが呼んだ。
静かな夜に階段を降りる音が響く。廊下にはかすかな足音。ドアが開く音と、閉まる音。
「夜中にごめん」
「俺に時間は関係ないよ」
暗い部屋でベッドに座っていたジーンは苦笑した。
俺は机の前に置かれた椅子に腰掛ける。
近くの窓から差し込む月明かりが、ぼんやりと俺を照らす。
「今度調査で遠出することになってね。も来る?」
「行く行く」
「……いつもそうやって考えないで答える。どこの国とか聞かないの」
「だってどこ行っても面白そうだもん。どこの国?」
「ーーー日本」
「おお〜」
初めてじゃないか、日本って。思わず手をぱちぱちした。
少し前にまどかがチーフになって、日本語ができる調査員を集めた研究室ができた。そこに二人も所属してるけど、日本へ行くことはほとんどない。まあ、遠いしね。
「平気?」
「なにがよ」
俺は窓の桟に肘をついて頭を預けたままジーンの方をみやる。
日本に行きたいと望んでたわけでもないけど、行きたくないと恐れてたわけでもない。
「思い出すかもしれない」
「そうなったらそうなっただ。ところで日本にはなにしに行くの?ひとり?」
「調査依頼があって受けた。僕一人で行く予定。ーーーついでに」
「うん?」
「日本の霊媒に話を聞いてみようかと思ってる。のことも見てもらいたい」
「わかった」
そういえば言葉が通じる霊媒はジーンだけだった。今までの霊媒はサイコメトリのような形をとって俺の意思を読み取って、テレパシーのように意思を伝えてきた。言葉というには曖昧で、感覚的なことになるので正確さに欠けるが、むき出しの本心であるようにも思う。
ジーンではだめなのか、そう聞こうとしたけどやめておく。
俺たちは長い付き合いで、霊媒と霊という関係だけでは済ませられない。だからこそ、俺とジーンは研究の時、意思の疎通を助けるため以外は関わりが薄かった。

出発の日取りを聞きながら、俺は月明かりに照らされた自分の手足を眺める。
透けてないのに、影もあるのに、これは俺の見ているまぼろしなのか。
そう思ったら影が薄くなったような気がした。


「ねえあなた、成仏することが全て正しいとは限らないのよ」
霊媒師は千代さんという70歳代の女性だった。ジャンヌもおばあちゃんって感じだったけど千代さんはもっと年上だ。
千代さんは娘夫婦と一緒に住んでいて、俺とジーンをにっこり迎えた後居間に通した。
俺と千代さんで話をしたり、ジーンが俺について知ってることと千代さんが感じたことを話していた末に、彼女は俺の方ではなくてジーンの方を見て言った。
「もちろん、永遠にこの世にとどまり続けるのは悲しいことだと私も思うけれどね」
そして今度は俺をちらりと見る。
「俺もそれはやだなって思う」
「それなら大丈夫。今は無理に終わりを探さなくても良いの」
「でもがもし、ずっとこのままだったらと思うと……申し訳なくて」
ジーンは俺を見た。
どうしてそんなことを思うのかわからなかった。
「この方……さんはね、あなたを困らせるようなことはしませんよ」
「困るなんて……」
ジーンは否定したいようだ。でも今まさに困ってるのでは?
苦笑した俺の顔を見たジーンは申し訳なさそうに顔を歪める。
「困らせているのは僕の方だ」
「どうして?」
「僕は小さなころからとずっと居ました」
「ええ」
千代さんは優しくジーンに相槌を打つ。俺とジーンの出会いは最初話してあったので細かいことは省いた。
「そのころ僕はまだ霊のことがわかっていなかったから、に色々と相談したんです」
「良き相談相手ね」
「はい、は僕の先生なんです」
目配せしてくる二人に俺は肩をすくめた。いいからほら、続きをどうぞ。

亡くなった人はどうしたいのか、どういう感情なのか、きみの未練は?なにをされたら嬉しい?なにをしたい?なんて色々と聞かれた覚えがある。
それだけじゃなく、ナルとジーンは俺について研究をしたし、死因とかなんで霊なのかとか、色々話してたっけ。
子供だったんだし、研究対象が物分かり良いんだから利用するしかないだろ。
俺はそう思ってるけどジーンも、実のところナルもちょっと気にしてたみたいだ。
霊であること、死んだこと、浄化するための説得について、俺を交えて話してきたことが全て、俺がこの世から去れない原因になっていたのかもしれない。
千代さんは俺を見たけど、何もいう気がない俺に困ったように笑って言葉を探す。
ここで俺がジーンを元気付けたらまた、情けなくなっちゃうんだろう。それで俺が昇っていけない理由が増えたとか思われたらたまらんぞ。
いっそ聞いてなかったことにしようかな、と立ち上がる。千代さんはジーンに声をかけるところだったので俺を一瞬だけ目で追ったけれど引きとめなかった。
浮遊霊らしく勝手に、縁側から庭に降りた。
広くはないがよく手入れされた、日当たりの良い場所。
花と土と水と埃と太陽のにおいがした。

見てくれ、俺はこんなにも生き生きしている。
不幸な死人だと思うか?そうは思わないでほしい。


next.

ナルとの筆談書くの楽しかったです。主人公のために(?)日本語力が上達してたらいいなって、夢小説の醍醐味だなって思います。
Aug 2017

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