Invisible. 08
入学してから1ヶ月ちょっと。ゴールデンウィークはなんだかんだしょっちゅう麻衣と会ってた。麻衣は俺に、友達というか……妹のように懐っこく接してくる。いいんだけどさ。
まあ、このままいけばジーンとナルにあえるだろうなー……って、あれ?日本に来ない可能性もあるのか。ジーンは多分生きてるから、遺体を探しにくることはない、だろう。
俺はこの先いったいどうしたらいいのか。
やっぱり未来はなかったのである。
「麻衣」
「んー?」
今まで一応家に入るのはまずいのではって思って、なんとか遠慮して来たけど、とうとう宿題教えてって言われて上がることになった俺は、テーブルの向かい側から彼女のつむじを見つめて呼びかける。
どうしよう麻衣、お兄ちゃんは今お先真っ暗なんですが。
「麻衣は将来どうなりたい」
「え、あたし?いや、まあ、これといってなりたい職業とかはないケド」
みなぎるパワーをわけてくれ、と目で懇願したけど往なされる。
「とりあえず、なんとか生きていけるようになりたい」
訂正する。麻衣は輝かしかった。
「どうしてそんなこと聞くの?も、もしかしてあたしの学力やばい?」
「そうじゃない。ただ俺……どうしよっかなーって」
「さん……仕事、たいへん?」
俺は曖昧にだけど首を振る。
「あたし頼りないだろうけど、なんかあったら絶対言ってね」
「うん?」
「なにもできないけど、話は聞けるから!……っていうか、教えてくんなきゃやだ。さんが落ち込んでて、なんでだかわからないのがやなの」
思わず吹き出して笑った。
「不安にさせてごめん。なんとなく落ち込んでただけ」
笑わないでって怒られて、謝りながら安心させるように笑う。
理由はないといえば麻衣はちょっと困った顔をした。教えてくれないって思ったのかな、でもこればっかりは教えられそうもない。
休みが明けて間も無く、麻衣はいつもより遅い時間に帰って来た。
え、べつに毎日見守って……ますけど。やましい気持ちはないっていうか、もう麻衣に憑いちゃったっていうかさ。
心の中で言い訳しながら声をかけてみた。街灯のところで立ち止まった麻衣は、振り向いて、暗がりをキョロキョロ探す。
「こっち」
「わあ!」
すぐそばにぬっと現れるとさすがに驚いたらしい。
「今日は遅いじゃん、もう暗いよ」
「アハハ……さんは仕事帰り?」
「ん。ほら、家まで送るから」
「ありがと〜」
まあ俺といても一人でいるのと変わらないんだけどな。むしろ一人で喋ってるので怪しい人は麻衣の方になる。でも俺は一人でいる時にしか声かけないようにしてるので大丈夫。多分。
今日は友達と怪談をしてて遅くなったらしい。
「きゃ〜女子高校生っぽ〜い」
「えへへ〜そうだろ〜」
「別に羨ましくはないけどな」
あれっと麻衣はずっこけた。
「幽霊出た?」
「出なかった。っていうか脅かされてさ、その人がもうすーんごい美形なの。で、ケイコたちでれでれしちゃって」
「……へえ」
俺は顎を撫でた。
ナル、かな?
……嘘だろ、ジーン死んじゃったのか?
「後になってもう一人顔をだしてね。そっくりの双子!だから美形が増えて、収集つかなくなっちゃって」
続く麻衣の言葉にほっとした。
家に送りながら、その時の様子を聞いてみる。
二人は女子高校生たちに怪談をしたいと申し出て、明日もやることにしたそうだ。麻衣にとってはなんとなくうさんくさいらしく、先に帰って来たみたい。見知らぬ男にちゃんと警戒してんじゃないかこの子。なんで俺は平気だったんだ。波長が合うってやつなのか?じゃあ意識つなげられるのかな。
試そうか試すまいか迷っていたけど、機会がないのでしばらく様子見だ。
次の日、ひっそり麻衣についてやってきた学校で、俺の予想通り彼女は旧校舎に足を踏み入れカメラをこわした。麻衣を庇って怪我をしたのはジーンだった。
ナルたちの部下で、俺はあんまり関わったことがないリンがじろっと麻衣を睨んで病院の場所を尋ねてる。
ジーンに肩を貸してた麻衣は答えたけど、すぐにナルがやってきて場所を交代した。ジーンは平気だから戻れというし、ナルがチャイムが鳴ったことを指摘したので麻衣は慌てて教室へ走った。
俺はその間ジーンに声をかけたり、周りをうろちょろしてみたけど、気づいてもらえなかった。
優秀な霊媒じゃないのかお前ぇ。
病院から戻って麻衣の元へ行くと、授業中だった。心なし上の空なので怪我をさせたことを気にしてるのかもしれない。
「谷山さん、いるかな」
放課後、ナルが麻衣を呼びつけた。
ちょうど黒田さんに怪談するって話してたところだったけど、なぜ黒田さんが返事をするのか俺はよくわからない。
ナルまで怪談を肯定したから、黒田さんは怒り出した。
「どうりで今朝学校に来たら頭が痛くなったはずだわ」
みんながぽかんとしてる。
ナルは表情を変えなかったけど、黒田さんに対して霊感があるのかを確かめようとしたり、旧校舎について何か知らないか聞いてみたり、勤勉なのか意地悪なのかわかんない話をした。いや、悪気がなくて意地が悪いんだよな。
黒田さんも俺が見えてる様子はないし、知ってる通りハズレかな。まあ俺のことはジーンにも見えないんだから、麻衣以外に見えると期待はしてないけど。
「あのう……渋谷先輩今日はやめませんか」
「あ、あたしもなんか、気が乗らないや」
麻衣曰くナルたちに目を輝かせていた同級生の女の子たちは、二人のやりとりを見て冷めたみたいだった。
まあ誰だってこの後に怪談しようと勇まないよな。
「そう、じゃあまたいつか」
黒田さんとナルの口論は終わったが、麻衣は改めてナルに呼ばれて廊下にでる。めっっっちゃ行きたくない顔をしてるし、助けてさんって声聞こえたんだけど大丈夫か?
天然でテレパシーできてるけど、どんだけ必死なの。とりあえず俺も行くよ、がんばれ。
「彼女はクラスメイトか?」
「うんまあ……あたしも今日初めてしゃべったけど、なんかアブナイ人だなー」
「……本当に霊能者かな」
「本人が言うんだしそうなんでしょ?」
麻衣は面倒臭そうに黒田さんを肯定した。
「ところで、今朝の人は大丈夫でしたか?」
「それなんだが、左足を捻挫して、かなりひどい状態でしばらく立てそうにない」
「それは、どうも申し訳……」
うにゃうにゃと謝る麻衣は目線をそらす。まあ、驚かされてすっ転びそうになったからなあ。
かといって、勝手に立ち入り禁止の建物に入ってカメラを見てたもんだから、リンが強い声をかけるのもしょうがない。
「あの男の人が驚かすから……」
「リン……彼は君がカメラに触っていたので止めようとした。あげくにカメラが壊れて兄が怪我をさせられた」
ナルが淡々と責め立てて行くので麻衣は目をぐるぐる回した。麻衣しっかり!
でもだめだった。俺の応援も虚しく、何度か脳内で助けてと切望されたが助言はできなかった。
いや、本来なら調査は二人でだってできるはずなんだ。
ナルったら三人いたところが一人減って、自分で思ってたより労働が増えてげんなりした結果なんだな?だからって年下の女の子に力仕事を強いるなんて……お兄ちゃんが知ったら絶対うるさいのでは。
二人のやりとりはまあまあ新鮮だった。ナルの性格はもちろんいろんな意味で知ってたけど、麻衣がたくさん質問して答えてるのが珍しい。そもそもナルの周りにいる人たちは研究者ばっかりだったし、俺にはナルの方からたくさん質問をしてきたから。
素人と話すのは嫌いって、もちろん本心だろうけど、慣れてないのがいちばんの理由だろう。慣れれば適当にはぐらかしたり、予防線を張ればいいんだ。必要なことは教えるとか、説明には手間がかかるので後にして、とかさ。
まったく、まだ子供なんだからあ。
触らないまま頭をなでなでした。ここで触ったら霊がいるのかと思われちゃうかもしれないし。
どうせ姿は見えないんだろうけど、俺はなるべく薄い存在でいた方が良さそうだ。
帰り道、麻衣はどすどす歩きながら俺とよく会う月極駐車場のあたりまで来て、きょろきょろした。
「さ〜ん?」
なんでここで呼ぶの?
「ちぇ、やっぱいないか」
「……なあに?」
今日も今日とて暗かったので、姿をあらわすタイミングを掴むのは難しくなかった。
「きゃあ!」
「ちょ、呼んでおいて驚くなよう、通報されるぞ」
「ごめんごめん」
通報されちゃうだろって恐れることはないんだ。麻衣が通報されるだけで。
慌てて謝った麻衣は、その場を離れるために少し早歩きをしたので俺もついてく。
それから今日あったことをため息交じりにぶうぶうとこぼすので、見てた俺はなんとも適当に頷いた。
ナルは刺々しいうえに、リンはほんっとうに何も言葉にしないしガン無視だったからな。
「さん聞いてる?」
「聞いてる聞いてる、ナルが明日もって言ったんだって?」
「うふふ、そうなの、ナルちゃんが」
すっかり勝手にナルというあだ名をつけていた麻衣に倣うようにして、しれっと呼んだら喜んだ。そこだけ聞いたら、ナルに明日も呼ばれて嬉しい人みたいだ。
「それにしても、幽霊とかいるのかな……会っちゃったらどうしよう」
「…………大声とか出せば?」
next.
旧校舎編って桜が咲いてる季節だったっけ。ちょっと捏造してます。
Aug 2017