Invisible. 09
次の日はメンバーが勢ぞろいした。ぼーさんと綾子とジョンに、真砂子。万が一カメラに映ったら悪いので、俺の存在が真砂子にわかるか確かめる時以外はふらふらせず、麻衣の意識にこっそり隠れながら周りを見ることにした。
どうやら俺は本当に麻衣と波長があうらしい。
見ていた結果、旧校舎には霊はいないという結論に至った。
途中ガラスが割れたり椅子が動いたりしていたけど、それは地盤沈下からくるものだったし、ポルターガイストみたいなことが起こった時には必ず黒田さんがいた。
展開として知ってたけど、麻衣が下駄箱の下敷きになった時は慌ててこっちにひっぱりこんでしまって、現実での麻衣は気を失った。
夢の中で気がついた麻衣はぼんやりと俺の顔を見て、現状を理解できないでいた。あちゃーごめん、俺の存在で余計に混乱させるな。そう思ってろくに口を開かずにもう一度眠るように頭を撫でた。
意図せずジーンのように、麻衣の夢に出るだけという結果に落ち着く。
ただし年の離れたお兄ちゃんみたいなのが夢に現れても、ドキドキしちゃった、などとなるわけもなく、アルバイトが決まったと報告してくれた麻衣はいつもどおりだった。
すっかり麻衣の背後霊におちついた俺は、初めてオフィスに顔を出す時にもそばにいた。
ジーンは調査の後半に松葉杖をつきながら復帰していたけど特に発言することはなくて、偽名は未だに知らないままだ。
オフィスで契約を終わらせた後、ジーンはもちろん自発的に口を開いた。
「あらためてよろしく、僕は……」
「え?」
麻衣は思わず聞き返す。
なに、よんだ?見えた?俺のこと。
「渋谷。好きに呼んでくれ」
「さん」
麻衣はぼんやりと、ジーンの偽名を復唱した。その響きは俺を呼ぶのと全く変わらないもので、ジーンを呼んだわけではなく、多分脳裏に俺の姿が浮かんでるに違いない。
その証拠に麻衣はそれ以来、と呼ぶことはなかった。麻衣の中では渋谷さんとナルで二人の区別がつくが、が二人いるのは紛らわしいからだと思う。
ジーンが俺の名前を名乗ったのは多分一番慣れ親しんだ名前だったからだろうなあ。
主に麻衣に仕事を教えるのはジーンの役目だったけど、仕事を振るのはナルが多かった。
ジーンは外出が多い。単体で依頼にでも赴いてるんじゃないかなーと思う。
麻衣に知らされることがないので俺もわからないけど。
ナルも一緒に行くことは稀で、基本は所長としてオフィスにいる。それにしたって依頼を受けることが少ないので麻衣と同じく俺は妙な気分になった。
こんなんで事務所やってけんのかな。
まあ、営利目的じゃないのはわかるし、そもそも舞い込んでくる依頼なんて半数以上がスカなんだろうけどさ。
自分に言い聞かせた内容を、疑問に思う麻衣にも言い聞かせた。麻衣はそういうもんかなあと納得した。
「それにしても、もう夏休みだよ?三ヶ月、一度も依頼を受けてないの」
「あー」
「そういえば、さんはいつからお休み?」
「エートネ……」
社会人のふりをしている悲しい大人の幽霊は、麻衣の部屋の卓上カレンダーを見てお盆っていつからだっけと首を捻る。
もう……もう、生きてた頃いつ頃から休みだったかなんて覚えてないの……!
しどろもどろに8月の半ばごろに連休を捏造してみた。
「ふーん、どっか旅行とかいくの?」
「ん、ああそうだね、いくかも」
はっきりしない俺の返事に、麻衣はなにそれと笑った。
旅行に行くことにしてもいいけど、帰って来た俺は多分手土産もなんもないし、それはなんか……いい大人としてどうなのかと思う。
まあ出会って三ヶ月ちょい、俺は麻衣をご飯に連れてってやったこともなく、大人の威厳は皆無だ。基本的に夜道とか人気のない道で歩きながら話すだけだし……今日は外が暑いからって麻衣の部屋に上がったけど。
そういえば麻衣は俺の家も知らないんだよな、聞いてこないから答えてないや。
夏休みがはじまってすぐ、渋谷サイキックリサーチはようやく1件の依頼を受けた。俺の記憶が正しければ人形に霊がついてるやつなんだが、行ってみないことにはわからない。依頼人の森下典子さんは人形だなんて一言もいわなかったし。まあでも、家に住む家族構成が兄、義姉、姪ってことでほぼあたりだろう。
姪の幼い女の子が狙われてるはずだ。
名前は、そう、たしか……。
「姪の礼美、8歳です」
森下家にやってきた俺は典子さんが紹介するのを麻衣と一緒になって聞く。
礼美ちゃんはたしかに西洋人形を抱きしめていて、俺はまじまじとみてみたけど霊がいるかどうかなんてわからなかった。ただただ、普通に目が苦手だなーってくらいだ。
ジーンは気づいてるのかもしれないけど顔にはださないし、それ以外の面々も特に様子が変わったことはない。
典子さんの言うおかしな現象というのは、家の中の家具が揺れたり、誰もいない部屋で壁を叩く音がしたり、開けたはずのないドアが勝手に開いていたりすることだ。
俺もよくデイヴィスさんちでやってたやってた。
ただ俺の場合はイタズラや嫌がらせなんかじゃないので、こことは違うわけだが。
ナルはいつも通りベースを設けて機材を設置した。前回の旧校舎の件でさっさと可能性を潰しておくつもりなのか、ポルターガイストの原因が人間か否かを調べる暗示実験を行うことにした。
別口で依頼を受けていた綾子とぼーさんも一緒になって、その結果をみてから動くみたいだった。
麻衣はまだ調査二回目ということもあり、ちょっとした憶測を披露したのをナルにすげなく否定されて肩をおとした。
「まあ、今夜実験をしたらわかるから」
「わるかったな浅知恵でえ!」
ぶー、と口を膨らましながら部屋を出る麻衣にジーンがつきそう。
「麻衣ちゃん、くん」
「あ」
ん?と返事をしそうになったけどそうだ、俺じゃない。
廊下にいた典子さんが目に見えて呼びかけたのは、麻衣とジーンだ。
「ちょうどよかったわ、礼美のおやつの時間なの。いっしょにどう?」
「いいんですか?」
「じゃあ少しだけ」
二人は典子さんと一緒に階段を上って行った。途中、典子さんは渋谷サイキックリサーチが持ち込んだ機材の多さにちょっと驚いたと笑っている。
その流れで軽い雑談がはじまり、礼美ちゃんはお兄さんの前の奥さんとの子供であることを知った。そういえば義姉の香奈さんは似てなかったな。
典子さんがお茶のセットを持ってお部屋にいくと、礼美ちゃんはペタッと座ってご本を読んでた。挨拶をすると人形を持って近寄って来て、その小さな手を差し出して握手を求める。
麻衣がきゅっと握ってお名前は?と聞くと、ミニーだと教えてくれた。ジーンは多分人形に何かしら憑いてるって感じてそうだけど、一切違和感なく麻衣と同じように人形と握手をして見せた。
ポルターガイストの原因究明の為に暗示実験をしたが、効果を見る前から新たにポルターガイストが起こった。ナルが示唆したのは花瓶が動くことなのに、礼美ちゃんの部屋の家具が全部ななめになってた。みんなして部屋に駆けつけると、今度はリビングの家具がさかさまになってて、こりゃあただ事じゃねーなということになる。
「反応が早いと思わないか」
「はー?」
「心霊現象というのは部外者をきらうから」
ナルは考え込んだ後にぼーさんたちに意見をもとめた。ジーンも補足するように言葉をつなげ、麻衣はよくわからないからそうなのかとぼーさんに尋ねる。
俺もナルたちについて、それなりに調査には行ってるので知ってたけど、この家の霊は反発を起こしている。
つまり、部外者に怯えたり驚いたりして引っ込むのではなく、腹を立ててるのに近いわけだ。
危ない危ない、礼美ちゃんが特に、危ない。
そう思った俺は眠っている麻衣に意識を繋いだ。
その日、麻衣は突然の火事に驚いて感情が昂っていたし、霊の姿をみたり、ミニーが礼美ちゃんに色々吹き込んでいることを聞いたばかりなので、俺のいる方へ引っ張るのは簡単だった。
「さん?なに?どういうこと?」
俺に言われたことに動揺して、意識が揺れた麻衣はすぐに目を覚ました。
「な、なんでさんが夢にでるの……?しかも、まったく関係ないのに」
”対象外”とはいえ、さすがに俺の登場と発言はおかしいので、麻衣はベッドの上でうずくまって呻いてた。
ミニーが怪しいとふんでから、カメラで観察したところベッドから動いて首を落っことす様子が見られる。ただし俺たちが見たのはモニタ越しで、ぼーさんが部屋に確認に行くと違和感なく座ったままだったそうだ。
測定器は全部エラーで、映像は記録されていない。ナルもジーンも、そうだろうなと肩を落とした。
「───こんなのはよくあることだ。霊は機械と相性が悪い」
ナルの諦観した様子に麻衣は不満そうだ。
俺は霊と機械の相性が悪いというよりも、心霊現象の記録に機械を使うのが難しいんだと思ってる。むしろ霊とはもしかしたら相性が良い場合もあるんじゃないかな。
俺の姿はカメラ越しにたまに映ることがあったし、電話を通して声を届けることができた。
つまり霊の俺からすると、機械は相性が良いわけだ。
まあ、他の霊のことは知らないけど。
next.
他の話ではずっとジーンの偽名つけないままやってきたけど、今回は新しいパターンで、主人公の名前を名乗らせてみました。なので変換可能です。
本当はイギリスにいた頃とかに、ナルに電話してやりたかった。メリーさんごっこで、今あなたの後ろにいるのって。
Aug 2017