Invisible. 11
年が明けてすぐ、俺は麻衣の前に現れた。新年の挨拶こみで、久しぶりと声をかけると麻衣は嬉しそうに駆け寄ってくる。
年末年始は普通の会社員とかならお休みだし、昼間から会っても変じゃないだろう。
「冬休みの宿題はどう、すすんだ?」
「……ボチボチ」
ついつい宿題のことを聞いてしまう。じっくり観察してるわけじゃないので、宿題の内容までは把握してないし、何日に一回ノートを開いてるかなんて数えてない、もちろん。
「さんは……お買い物?」
スーパーの袋を持ってた麻衣は手ぶらの俺に聞く。俺がこれから買い物に出かけると思ったのか、自分みたいに。
「うん」
「一緒に行っていい?」
「煙草、もう買って来た」
俺はポケットを叩いて微笑んだ。さすがに人の多い場所へは一緒に行けない。
そこで麻衣の家でレトルトのおしるこをいただく流れになって、情けなさにこっそり胸を痛めた。俺が普通に生きてたら、おしるこ食べにつれてってあげるんだけど。
俺は飲み食いはしないので、さりげなく麻衣の気をそらして自分の分は遠慮した。
するとどうだろう、ただただ上がり込んでいる男の出来上がりである。麻衣はそのことには気づかないというか、気にしてない。
夏休みに一度会ったきりなのに、麻衣とは久しぶりな気がしない。そりゃあ麻衣の背後霊なので当たり前かもしれないが、麻衣も俺と同じことを思ってたのか「久しぶり、じゃないか」と笑った。
「……いや久しぶりだよ?」
「さんとは最近も会ったような気がする」
「へえ」
最初の頃、麻衣についてたわけじゃないので頻繁に顔を見せてたけど、今は麻衣についてるので夢以外で姿を現した数は少ないはず。指を折って会った回数を数えてる麻衣は、あれ?と首をかしげた。
「夏休み以降会ってないじゃん」
「あれえ?でも、湯浅高校で……あ」
「は?」
「なっなんでもないっ!!」
麻衣は頬を両手で押さえて顔を隠す。心なし顔が赤いので、夢で俺に会ったと報告しかけて慌ててるんだろう。さすがに、どういう意味に聞こえるかはわかってるらしい。
「誰かと間違えてないかそれ」
「うん、そう!あ、あのね、バイト先にさんと同じ名前の人がいるの」
「そうなんだ、俺に似てる?」
「ぜんぜん」
名前だけで混同したってか。まあそれでもいいけど。
俺とジーンは全く似てないし。
「湯浅高校って?」
「あ、都内の女子校なんだけどね」
麻衣は楽しそうにしたり、ちょっとしんみりしたり、不思議そうにしながら湯浅高校であったことを話してくれた。自分が潜在的なサイキックだということも教えてくれたけど、俺はあくまで一般人的なスタンスでいたし、麻衣も夢の中での導き手が俺だということは言わないので、当たり障りない程度のことだけしか口にしなかった。
「自分で自覚なしに見てたから、よくわかんないんだよね……偶然かもしれないし」
「夢は選んで見られないもんなあ」
「そうなの、だから超能力者って言われても……しっくりこないし」
肩をすくめた麻衣にくすっと笑う。
渋谷サイキックリサーチは、そういう職場だから仕方がない。能力や知識を持っていて、使うことを生業としてる。
「麻衣は麻衣のできることをしたらいいんだよ」
「うん、あたしなんてバイトの雑用だもんね!」
「もー、自信なくしちゃダメ。事務仕事なめんな」
自嘲気味に笑うので慌ててたしなめる。頑張り屋さんめ。
ナルは不要な人間にバイト代払うような人じゃない。
「……夢を見るのだってさ、麻衣の周りには専門家がいるわけだろ、相談してみたらいいじゃんか」
「え?でも、たまたまだし、また見られるかわからないもん」
「次の夢は、いい夢じゃないかもしれないよ」
麻衣はぽかんとしながら固まった。
「いい夢じゃないって……」
「怖い夢。調査中にヒントを得ようとして無意識にやってるなら、高確率で幽霊とかだろ?」
「そ、そっか」
今回みたいに鬼火がふわふわしてるだけの夢とは限らない。森下家では井戸に落ちた拍子に子供がさらわれる夢を自力で見ていたし、霊の声や姿をみとめたこともあった。
「無意識だから使えるかわからないっていうなら、ちょっと使えるように頑張ってみたら?」
「ど、どうして勧めるの!?」
「あっはっはっは」
麻衣はべしべしと俺を叩いた。
だって見えるものを見えなくするって難しいじゃないか。
俺の教えに従ったのか、麻衣はある日のバイトでジーンにもしょもしょと相談をもちかけた。
「あーうー、その、渋谷さんって霊媒なんだよね?」
「?そうだよ」
ソファで長いあんよを組んでいたジーンは、お茶を入れて来た麻衣を見上げてファイルを閉じる。
ナルはその奥で本から目をそらさないでいた。
「あたしが前に見た夢って、もっとちゃんと見られるようになる?」
「え?」
隣にどすっと座った麻衣は意を決して尋ねる。
ナルはそれを聞いて顔をあげた。
「なんで急にそういう気になったんだ?」
以前、散々ただの偶然でしょって言い張ってたから、前向きなことを言った麻衣に二人が首をかしげてしまうのもわかる。
でも超能力者であることは確かだから、夢に関しても、また見る可能性も否定はしない。
「だって、怖いし、わからないんだもん。偶然かもしれないし、間違えることもあるかもしれないけど、だからって見なかったことにはできないから……」
「うん」
ジーンは黙り込んで言葉を探す麻衣を見てなだめるように頷いた。
もうわかった、とばかりに肩をたたく。
なんか麻衣を見て、小さい頃のジーンを思い出した。あの時も俺は、見えるものを見えなくするのは難しいからがんばれ!という前向きかつ向こう見ずな応援をしたんだっけ。ジーンは見事やってのけ、今では立派な霊媒だ。そのジーンに相談を持ちかけた麻衣は良いセンスしてるんじゃないか?さすがセンシティブ。
麻衣は火のある校舎内を見た、としか言わなかったけどジーンとナルは改めてどういう風に見えたのか聞いた。どういう、と言われても麻衣はあくまで夢うつつで、自分の記憶の中の校舎内を見たので現実と何も変わらない。
ただし、禍々しい火がところどころで燻り、見るたびに背筋がぞっとしたと。
「あの時夢で見えた火が、悪霊ってことだったの?」
「……鬼火、だな」
「鬼火って?」
「怪火のひとつ。まず怪火というのは怪異現象によって現れる火のこと。悪魔、妖怪、妖精、人の魂などが火として見られることが多い。怪火が見られたあと人が死んだという現象もあって死を予告するものとも言われてる」
「人や動物の魂や怨念が火となって現れて、それを鬼火と指すんだ」
ジーンは丁寧に教えてくれたけど、ナルは面倒臭そうにしめくくる。
「とにかく麻衣は潜在的にそれを感じ取って見ていたわけだ」
「ほえー……」
鬼火の意味もよくわからないのに、鬼火を見ていたらしい。麻衣はぽかんとしてぎこちなく頷いた。
「それにしても、全体図を大まかに見るんじゃなくて、リアルに近い状態を自分の足で歩いて確認したのか……愚直でいかにも麻衣らしいな」
「どういう意味?普通は違うの?」
「普通……はよくわからないかな、それぞれ見方に違いはあるから。僕の場合は建物全体が透けて見えることが多い」
「え!すごーい……一発でわかるじゃん」
「そうでもない」
ジーンはゆっくり肩をすくめた。
「全体的に大まかに見るということは、麻衣みたいに一番最初に行き当たった机が怪しいとは思わないし、あの人形を見つけたからすぐに呪詛に気づけたんだろう?」
「まあそうだな、麻衣はジーンよりも鼻が効くんじゃないか」
「……あれは、偶然だもん」
麻衣はちょっとだけ黙ってから、スカートをぎゅっと握って俯いた。
その後、麻衣の場合はまず眠らないと夢を見ないだろうということで、トランスに入る方法をジーンとナルに教えてもらった。ナルがいたら暗示をかけてやれるというのでまだ練習するには至ってない。
緑陵高校の依頼が来たのは、そのすぐ後だった。
安原さんが生徒の署名を持ってやってきて、ナルに深々と頭を下げる。麻衣もジーンもすぐに同情的になって、依頼を受けるよねと言いたげに、考えるナルに視線をやる。当の本人は、新聞などでとりあげられてて興味はあったけど、マスコミが嫌なので渋ってるところだ。
それでも安原さんの熱意と、二人の熱視線に促されるようにして頷いた。
next.
霊媒だよねと聞いたのは、ナルは霊能者じゃない、ジーンは霊能者という区別のために聞いただけで、ジーンがトランスに入れることを知ってたわけではないです。あとナルよりジーンのが教えてくれそうだから。
Aug 2017