Invisible. 12
緑陵高校ではガンガン事件が起きた。本当はジーンと一緒に校舎内を練り歩いた後に眠って見てみたらどうだろう、と話してたんだけどジーンがこの学校は危険だというので麻衣はまだ眠ってない。むしろ帰った方が良いとまで言われた。まあ当然、麻衣はいやだと断りジーンが折れたんだけど。
そういうわけで、麻衣がおべんきょする時間はないけど、事件はくるくる起こる。麻衣のひとり睡眠学習は当然捗った。
夜はおびただしい量の人魂が漂う学校を屋上から見下ろし、一人の男子生徒と会話する。ジーンはこないのかなあと思ったが、姿は一向にない。ちなみに俺も麻衣の前に姿をあらわすことはなかった。
ただ、どんな会話をしているのかは見えたし、男子生徒がこの人魂の群れを見て楽しそうにしていることはわかった。
その男子生徒は夏に自殺した一年生、坂内くんだった。
翌日、新聞に載った彼の顔写真を真砂子と一緒に見た麻衣はしょんぼりした。
麻衣はなぜか坂内くんに会ったことを報告しなかった。しょんぼりしてたのは、麻衣の人柄のせいだと思われてるので、誰も違和感に気づかない。
ジーンは麻衣の教育よりも調査を優先する他なく、リンと一緒に校内を回ってた。ナルは安原さんを連れて雑用を色々と頼んでいるし、麻衣はベースに一人で残されている。あまりにたくさんの霊がいるみたいだけど、まだそこまで悪化していないのでお留守番くらいは問題なし、という判断だろう。
そういうわけで俺は麻衣をうたた寝に誘って、校舎内を歩き回ることにした。もちろん、危なそうだったら起きるようにいうつもりで。
「あ、わ、綾子と真砂子だ。おーい、聞こえるかー」
麻衣は更衣室で真砂子に言われた通りの場所に向かってお祓いをする綾子の背中に声をかけた。
「麻衣はベースで寝てるんだから聞こえないでしょうよ」
「そっか、やっぱりあたし寝てるんだ」
「鬼火が動いた」
「ほんとだ……壁すりぬけていっちゃったよ?」
「いこう」
麻衣の手を引いて、更衣室から出た。ジーンみたく風景が透けてないのでどこの部屋に行ったかわからないけど、麻衣は迷いなく廊下を走って放送室を開けた。綾子のお祓いから逃げたであろう鬼火はそこにいて、まだ白くて小さい人魂に向かって飛んでいく。
「えっ……」
それは、人魂を呑み込んだ。
黒くにじむ、どろりとした火は脈打つように震えた。
その光景にドン引きした麻衣は、俺の腕を掴んで後ずさる。
「たべ、た?」
「何がですか?」
安原さんの声で麻衣は目を覚ます。
もともとドン引きした所為で目を覚ましかけていたので、声が漏れたのも仕方がない。
居眠りをしてたバイトちゃんをからかうつもりだったんだろう、安原さんはわざわざ返事をして、至近距離で顔を眺めていた。
「っああぁ!?」
大声をあげながら立ち上がる麻衣は、にこにこ笑う安原さんに眠っていた顔を見られていたのが恥ずかしいらしく、髪の毛を直したり顔をふいたりと大忙しだ。
ナルはリンとジーンと合流してやることがあるみたいで、安原さんは一人でベースに戻って来たようだった。よかったネ、居眠りバレなくて。
眠気覚ましにコーヒーを淹れてくれた安原さんと、学校で流行ってる降霊術ヲリキリ様のことを話したり、12日ごとに更衣室で起こる火事が今日だと話していると、麻衣はようやく夢で見たことを思い出したように固まった。
夢を見ることについての自覚もだけど、起きたばかりだとたまに忘れてることがあるから参っちゃう。
「更衣室、じゃないかも」
「は?」
言いかけたところでぼーさんとジョンが戻って来てまたしても話が逸れる。
仕事が行き詰まっているようで、雑談にも花が咲くようだ。
「ねえ、ぼーさんあたしにも対魔法ってできるかな」
「あん?なによイキナリ」
「渋谷さんが、ここは危険だから覚えた方がいいかもって言ってたんだケド……」
「ほー。んで、肝心の先生は別行動かい」
あとで教える、と言ったきりそういえばまだだったので、麻衣はぼーさんに聞いてみることにしたらしい。いつ体があくかわからないジーンを待つよりは懸命だろう。ぼーさんは教えてもしょうがないとぼやきつつも、ちゃっかり教えてくれた。
「───みんな、呼び方が違うんですね」
「はい?」
麻衣たちの話を耳にいれつつ新たに来た二人にコーヒーを淹れてくれてた安原さんは、それを渡しながら穏やかに笑った。
「渋谷兄弟の呼び方です」
「ん?あーそういやそうだな」
受け取ったコーヒーを手に椅子を引いて座りながら、ぼーさんも思い至る。
「俺はナルと」
「僕は渋谷さんとさんですね」
「あたしはナルと渋谷さん?そっか、そうだね」
ナルというあだ名の異常な定着率は触れずに、みんなあっさりジーンをと呼んでる。
「麻衣だけのこと渋谷さんって呼んでるよな、普通逆じゃねーか?タイプ的に」
「いや、なんとなく、さんじゃないなって」
「え?」
ジョンは頭をかく麻衣に首をかしげる。
「あたしの知り合いにさんがいるの、だからかなあ」
「はーなるほど」
「そうだったんだ」
みんな特に思うことはなく、納得したようだった。
それからしばしば雑談や超能力談義が続いて、ようやく麻衣の夢の話に戻ってくるまでわりと長い時間を費やした。
その晩麻衣が夢で見た通り、更衣室の火事は鬼火が放送室に移動し新たに人魂を喰ってパワーアップしたことにより、ボヤどころではないレベルで出火した。
「おみごと、大当たり」
「うわー……」
麻衣は顔をしかめて鎮火された部屋を見てから、ジーンとナルに視線をやる。
「ほかに鬼火がいたという場所は?」
「え、えと、印刷室と、LL教室と……保健室のが大きかったかも……あ、当たってるかわからないよ……」
「───印刷室とLL教室と保健室はも感じた」
「え?」
麻衣は言いづらそうにナルに答えたけど、ジーンが同じく見ていると知って、顔をぱっとそちらへ向ける。
「それから、学校の下に眠って力を蓄えているやつもいる」
「おいおい大丈夫なのかあ?この学校」
「大丈夫じゃないだろうな。今言った教室には近寄らない方がいい。話を聞く限り除霊も意味がないから一旦やめよう」
翌日、悪化の一途を辿る学校の教室に大きな犬が現れた。
初日に現れたものよりも大きくなっている。
机を投げつけて人にけがを負わせたあとに消えていったけど、その瞬間真砂子が座り込んでしまい、肩に触れた麻衣も膝をつく。
俺は咄嗟に麻衣の意識についていった。
真砂子が見てるビジョンなのか、麻衣が感じ取ったのかわからないけど、どことも言えない暗闇の中に大きな鬼火があって、白い人魂をいくつも絡め取っている。その白い人魂の一つが坂内くんで、彼はもがきながらも呑み込まれてしまった。
麻衣と真砂子はしばらく落ち込んだままだった。二人とも坂内くんの霊の姿を見てるからだろう。
ジーンも多分悲しんでるけど、表には出さない。あとできっと一人で少し落ち込むんだろうな。……反省会はもうできないけど。
そんな中ナルは淡々と、これは霊を使った蠱毒で、ヲリキリ様が原因であることを突き止めた。
next.
夢を見た後にすぐ、夢の内容をほっぽっちゃうところはまだ、重要視してない感じで。
Aug 2017