Invisible. 14
麻衣は真砂子に鍵を預けるとその場から遠のいていった。きっともうすぐ目を覚ますだろう。俺は麻衣についていかずに、座ったまま鍵を握りしめる真砂子の前に立っていた。
彼女の意識に触れられるかはわからないし、そうしたことで気が散ってしまったら申し訳ないけど試してみたかったのだ。
俯いたおかっぱ頭を見つめて、ゆっくりと前にしゃがんだ。
真砂子は人の気配に、ふと顔を上げる。あ、と小さく口を開いた真砂子に微笑んでみた。
なんというべきかな、とりあえず俺はここの幽霊ではないと言おうか。
「どうして、こんなところに」
「……俺のことがわかる?」
ぽかんとしながらいうので首をかしげる。
ジャンヌみたいに俺の過去が見えて、なんで全く関係ない浮遊霊がここにって思ったのかな。
真砂子はゆっくり首を振ってから「あまり」と答えた。
「ただ、ここの方ではないのでしょう?なら、誰かについて来た……」
「うん」
「あなたはもしかして、さん?」
俺はもう一度頷いた。
「そう、あなたが……ずっと、そばにいたんですね」
口ぶりからして麻衣についていることに気がついてない。でも俺の名前はきっと、ナルとジーンから聞いてるんだろう。
「二人が日本にいるのは、もしかして俺を探しに来たからかな」
「そう、聞いています」
なんとなく隣に座って壁に寄りかかった。
この手術室おどろおどろしいなあ。早くみんなこないかなあ。
「……この世の人間ではないんだから、探すのは無理じゃないか?」
生きてるなら多少痕跡はあるだろうし……たとえば湖に沈められた遺体なら探せるかもしれないが、俺という幽霊を探すのは骨が折れるだろう。名前や生年月日、生まれ育った町のことを答えたことはあるけど、そこに俺がいるとは限らない。そもそも俺は、この世に生きていたのかどうかも怪しいんだ。
「なら、二人にさんがいたことを伝えても良いですか?」
「……やめておこう」
「なぜ?」
「会えないんだから、言わなくていい」
「でも前は、ずっと会えていたのでしょう?あたくしにもこうして見えるのだからもしかしたら」
俺は何度かジーンに会おうとしてみたことがあるけど、やっぱり無理だった。
縁はぷっつりと切れてしまって、波長は全く合わない。
ジーンにどう頑張っても会えないというのは、それなりに絶望的だと思う。俺は霊で、ジーンは優秀な霊媒なのに。
「もういいんだ。だから、今日会ったことは内緒にして」
「そんな……ずっと探してるのに」
真砂子はナルとジーンの秘密を知っていて、それを守ることを約束している。そのことで負い目があって、ナルに嫌われていると思って落ち込んでいた。なのに探しているはずの霊を見つけたことを秘密にさせるのは酷かもしれない。
「かわいそうだけど、二人は二度と俺を見つけられないだろう」
「なら、せめて……」
何かを言おうとしてきゅっと口を閉じた。
伝言だけでも、存在の有無だけでも、と言いたいのかもしれない。それをわかって、俺も首を振って否定した。
「ジーンとナルに、人づてに何かを伝えるなんて初めてだな」
ちょっと笑う。真砂子は悲しそうな顔して肩をすくめた。
「ナルにはね、ペンを動かして字で伝えてたんだけど、そういうのもできないみたい」
ナルに人の視線が多くある時とか、急に他の人に声をかけられたりすると、ペンが動かなくなって落っこちる。今はそういうのと似てる状況で、ナルがたったひとりでいるのにペンを動かせない。まるで無関係の人間になってしまったみたいだ。
当たり前のようにたくさん話していたからか、いざ伝えてもらうことになると何もいうことがないし、言いたりないばかりで妙な気分になる。
だから俺は真砂子には何も頼まないことにしたのだ。
真砂子は救出された後、ナルの顔を見て泣き出してしまった。
何も言わず、しくしくと。俺まで泣きそうになった。
美山邸は、炎による浄化か屋敷の解体を安原さん扮する渋谷所長に勧められ、炎を選択したようだった。後日、新聞に小さく山火事の記事がのった。事件の真相は闇の中だ。
麻衣はぼーっとしながら新聞の上で頬杖をついている。
まどかは今日帰るからって挨拶にきたんだけど、ナルとリンは食事に出ていてオフィスにはジーンと麻衣しかいない。
「じゃあ三人でご飯いきましょ」
「え、でもオフィスを無人にしちゃ……」
渋った麻衣だったがまどかが誘ったといえば大丈夫だそうだ。
たしかに、ナルもリンも納得しそう。依頼なんて滅多にこないしな。
「麻衣、まどかのオゴリだって、早く行こ」
「わ〜い」
ジーンがにっこり笑って麻衣を促したので、メモを慌てて書き上げてデスクに貼り付けてドアの方へ駆けて行った。
「谷山さん大活躍だったわねえ」
「ふえ?」
パスタを食べていた麻衣は頬を膨らませたまま首をかしげる。
「原さんのことを見つけて来たじゃないか」
「あ、あれは……」
フォークを置いてほっぺをぽりぽりしてると、まどかは続けて問いかけて来た。
「誰も教えてないんでしょう?」
「うん、調査の時にって思ってたけどなかなか機会がなくて」
トランスの入り方と、夢から覚める方法は口で聞いて知ってるけど、麻衣はいつも眠っている時に俺が軽く手を引いて夢を見せてるから、今まで自力でトランスに入ったことはない。もちろん、簡単にできるもんじゃないだろうから、ナルが手助けをするって言ってたけど。
このあいだの麻衣はトランス状態になるよりも、眠るよりも早く、俺のことを呼んだし。
「怖くなかった?大丈夫?」
「あ、うん、へーきです」
まどかに答えながら、麻衣はジーンの方をちらっとみた。
「渋谷さんが見なくていいって言ってから、ちょっと気が楽になってしばらく怖い夢は見なかったんだけど」
「?うん」
首を傾げていたジーンは頷いた。
「色々調査で事件が起こったりすると、やっぱり色々想像しちゃうみたいで……これじゃだめだなーって」
「そうよね、まだ谷山さんは目覚めたばっかりみたいだし」
浦戸のしていたことが判明した夜、色々な声を聞いてしまって寝苦しかったことを麻衣はあっけからんと話した。
過ぎ去ったことだからなのか、声色に恐怖はない。もちろん、もう同じ夢は見たくないだろうし、あの時は本気で怖がってたんだけど、麻衣もジーンも立ち直り早いんだなあ。
「真砂子までいなくなっちゃって……初めて自分で見たいって思ったの」
「そう。あの屋敷は、どんな風に見えた?」
ごはん食べながらする話なのかなあ。
……いや、仕事の話だし、しょうがないか。麻衣も話すことで少し気が楽になるかもしれない。
「みたことのない場所だったのに、道を知ってた。真砂子はそこにいるんだって思ってドアを開けたらやっぱりそこにいて」
まどかもジーンも興味深そうに麻衣の話を聞いていた。
「緑陵高校で寝ているとき、学校の中を歩き回ってたときは真砂子も綾子も、声をかけても気づかなかったのに、美山邸で真砂子に会って話ができたの、なんでだろ」
「条件が良かったんだろうな」
「え?」
「あそこは霊の、鉦幸氏の本拠地みたいなところだったし、そういう気が高まってたってことね」
「そっか」
あー、だから俺も真砂子にコンタクトが取れたのかな。あとは多分麻衣がいたことも大きいだろうけど。
「それと、原さんに会いに行こうとしたからじゃないかな」
「そうかも」
「トランスに入る前に、目的を持つのは大事だよ。相手が人ならその人のことを思い浮かべる。名前を呟いてみるだけでも良い」
「うん」
「麻衣はあまり夢で人とコンタクトをとらないからイメージしづらいだろうけど」
「……なんとなく、わかるかも」
ジーンはえ、と言葉を止めた。
「あ、ううん、前に坂内くんにも会ったことがあって……消えてしまったあと、考えてたら夢で坂内くんの部屋に行ってたし」
俺の名前を呼びながら眠ることかな、と思ったけど麻衣は坂内くんのことを話した。
まあ俺のことは自分の空想だと思っているかもしれないし、ジーンには言わないか。
next.
主人公はなんとなく、ナルとジーンに会えないんだろなって思ってる。
Aug 2017