Invisible. 16
はあはあ、こわかったよう。麻衣の影に隠れて成仏を免れた俺は、ナルが目を覚ました後もぷるぷる小さくなっていた。
綾子に浄化されるのはやぶさかではなかったんだけど、ここじゃないだろって思って我慢したのだ。
取り憑かれて素敵な思い出をくれた霊にお礼がしたいってナルが駄々をこねるので、みんなは洞窟に行くことにした。ジーンもリンもやめておこうって止めてるのに。
ジーンは亡くなった人の弔いとはいえ、神様に手を出すのは得策ではないってナルに手を貸すつもりはなかったし、ぼーさんたちでは太刀打ちできるはずもなく、麻衣がブチギレてナルが触発されて一人で力を使ってぶっ倒れた。……なんで起きたばっかりで無理して、また倒れちゃうかなこの子は。
普段冷静で判断能力はあるのに、ナルはジーンより感情のコントロールに関して不器用だ。PKの訓練で体感的なコントロールを学んだくせに、気持ちがついてきてないみたい。
リンが「目を覚ましたら当分機嫌は悪いでしょうが」と言ったとおり、ナルは起きてからほとんど口をきかなかった。
まあ、目が覚めていちばんに怪我をして巻き込んだ男性陣には謝罪したそうだけど。
「あたくしナルのそういうところがイヤですのっ」
「うんうん、良いヤツか悪いヤツかはっきりしてほしいよな」
麻衣と真砂子はお茶を買って来ると言って出た廊下で、座って話をし始める。
お、恋愛トークか、恋愛トークなのか。
「好きになるのはバカみたいなのに、嫌いになるのはもったいない気がしてしまう」
「良いじゃん、それが好きってことでしょ」
「……麻衣は?」
「へ、あたし?」
一緒になってベンチに座った麻衣はきょとっとしながらぎこちなく自分を指差した。
「夢に見るほどお好きなんじゃなくて?」
「……夢に出るさんは、違う人だよ、それに、あれはそういうんじゃないしさ」
そーよそーよ!と陰ながら麻衣の意見を応援してみる。
「以前、美山邸で会いに来てくれたでしょう?その時に見かけた方かしら」
「会ったの……?さんに」
真砂子はゆっくりと頷く。
「麻衣と一緒にいたのね」
それからぽつりと呟いた。麻衣はどういうことかわからずに聞き返すけど、真砂子は答えない。
俺は麻衣に自分が霊であることを言ってないけど、真砂子もそうそう言うことはないだろう。いや、言ってしまったとしても、そろそろだなあとは思う。
「真砂子にも見えたってことは、さんは本物なの?」
「ええ」
「……よかった」
ホッとしたように小さな声で言う麻衣に今度は真砂子がどうしてと聞き返す。
「さんの優しさが、あたしの都合じゃないってことだもん」
麻衣は自分の思い込みじゃないということで、あまり恥ずかしがる必要は無くなった。こうしてほしいっていう願望でも、麻衣が俺に恋心を抱いているわけでもない。夢の中でした行動は全て俺の意志ってことだから。
退院宣言したナルとともに、皆は車に乗り込んだ。
さあ車でトロトロ東京に帰るぞうって思ったのに、なぜ俺たちは今森の中の小学校で調査をしているのか。ひとえに、俺がなぜだか気配を出してしまったせいである。
いや、帰り道の車の中で綾子が騒いでぼーさんの運転を邪魔したせいかもしれない。
そしたら道をそれて、山の中の道に入ってしまい抜け出せなくなった。携帯の電波が悪くて位置情報がつかめず、しかたなくボンネットの上に紙の地図を広げたぼーさんと安原さんと一緒になって道を確認してた。
まず自分たちがどの辺の道にいるのかと探してるところを、俺は何気なく指でトントンと示したのだ。人が多い時は動きづらいけど、逆にどさくさに紛れてお手伝いはできるんだぞ。
「ほら、ここだ。この道をまっすぐ行けばいい」
特に助言とか、迷っている時に道を案内する場合、霊の声は人に届きやすい……っていうのが俺の持論だ。
「あ、そっか」
「キャンプ場が───って、ありゃ?」
「……今の声って滝川さん」
「じゃないな」
安原さんとぼーさんは顔を見合わせた。
そこへ、ジーンが車から降りて来て辺りを見渡す。
「まあいいか、〜迂回路みつけたから、」
「……?」
「ん?ナルだったっけか?」
ジーンだと思ってたナルが眉を顰めて周囲を見渡した。いやでも、ジーンの格好をしてるし、ナルより幾分か表情がある。ナルだってそりゃ顔色は変えるし焦ったり驚いたりするけど。
「がいる……」
「なにいってんの?」
綾子は首をかしげる。
ジーンが言ってるのは多分、俺のことだろう。ちゃんと俺に対する霊感働いてたんだな……。
それにしてもなんつうタイミングだ。ちょっと助言に出て来ただけだというのに、その片鱗を感じ取ったのか。
ならもうちょっと早く、俺に気づくこともできたんじゃないか?
結果、ジーンは一度車に戻ってナルとともに外に出て来て、ここに残ると言い出した。
みんなは帰れと言われたけど、なぜかぼーさんや安原さんたちが渋り、ナルたちが滞在するつもりのキャンプ場に宿泊することになった。麻衣は迷ったけど、真砂子が残りなさいと助言した。そもそも俺は麻衣といるし、真砂子はうっすらそれに感づいてたからそう言うだろう。
なんだか真砂子には申し訳ない事をしている気分だ。ジーンも、かわいそうかな。
ジーンやナルは俺を探すために周囲に色々と聞き込みをしたので、霊能者の類だと知ったキャンプ場の受付職員から村長にたどり着き、依頼が舞い込んで来たというわけだ。
なんだ、俺はいい事をしたのかもしれない。
ここは俺の知ってる調査がある場所だったのだ。
廃校になった学校で人魂が目撃された、ということで、ジーンとナルはその依頼を受けることにした。そこに俺がいるかもしれないってさ。いないいない。いや、今から行くんだけど。
そうしてまんまと小学校に閉じ込められて、昼食を買いに出てたぼーさんと真砂子、話を聞きに出てた安原さんが戻って来た時にはリンと綾子は消えてしまっていた。うーん、俺単体じゃあ二人の居場所はわからないぞ。
一方ジーンは、互いを見えなくされているだけで、本当に行方不明になったわけじゃないから一人になっても人が消えてもそう焦ることはない、と言う。いや焦るっての。
安原さん、真砂子、ジョンと次第にメンバーが消えていった。教室から出る順番が最後だったから、物を落として拾ったすきに、影を曲がった瞬間、などなど隙をついて消えていく。もしかしたら消えていった人たちにはそれぞれ何かが見えていたのかもしれないけど、あくまで俺は麻衣の感じることしかわからない。
「奴らの狙いは僕たち全員が一人になること。そうなったら次の段階に移るだろう」
「なんか策はあんのかいナルちゃん」
「説得を試みよう」
ナルに視線をよこされて、ジーンは隣でこくりと頷いた。
「俺はてっきり、ここに用があるんだと思ってたんだがな」
「いい、ここにはいなさそうだ」
「あー、聞いてもいいかい」
ぼーさんはゆっくりと、様子を伺うように口を開く。何も反応を示さない二人に、ためらいながら問いかけた。
「ってのは誰なんだ?」
ジーンとナルは同時に顔を見合わせ、それからぼーさんと麻衣のいる方を見つめた。
「僕たちの幽霊」
揃った二人の声が薄暗い校舎内に静かに響いた。
next.
ここで主人公の気配が感じられたのは、運命っていうか……ただの都合です。アメリカで目を覚ましたのと同じような。
Aug 2017