I am.


Invisible. 18

怖くて怖くて、ずっと見られなかったことがある。
それはの死だ。
出会う前からすでに過ぎ去ったことだった。
が霊として存在する理由をみつけるのに一番手っ取り早いであろう彼の死を、僕は見ようとしたことはなかった。
最初はただ、知りたいと思わなかったから。けれどだんだん、霊でありながら人らしくあたたかいと思える存在を、手放すのが怖くなった。
それでも僕はナルとともに、霊媒のミセス・ジャンヌが見たの死に方を話に聞いていた。
学校で教員をしていた彼は、教え子である生徒を庇って、突っ込んで来た車に撥ねられて死んだ。人から聞いた話だけで、を失うことが余計に怖くなった。
それなのに僕はとうとう、の死の瞬間を見てしまった。何も考えられず、愚かにも、彼を引き止めた。
僕はどうしてに対しては、霊媒になれないのだろう。
……たぶん、友達だからだ。

なんとなく、彼が怒ってるのがわかる。
それは思い出した死でも、引き止めたことでも、車がもう一度僕に向かって走ってくることでもなく、おそらく僕が彼の名を呼んだから。
死ぬと思って、と本当の意味で一緒に居られるとわかって、ああこうすればよかったのかと思ったのがバレた。

結果として僕は死ななかった。
朦朧とした意識の中でわかったのは、車が急に曲がり、僕の脇を通り過ぎて何処かへ衝突した。
車のドアがあいて、電子機器の狂ったような音が聞こえた。その後コールする音がして、電話口に人が出る。内容からしてレスキューなのだろうけど、僕も運転手も声を発して居ないのになぜ会話が成立しているのか。
程なくしてやって来た救急車に乗せられていくなか、ぼんやりと疑問を抱いていた。
あとになってわかったが、のポルターガイストが功を奏したらしい。初めてあった頃は人間の感性が強くてなかなかできなかったのに、実験を重ねたことでこんなことまでできるようになったのか。
通報者は不明で、録音はノイズにまみれていた。無理を言って聞かせてもらったが、所々応対した隊員の声が聞こえる程度だ。応対した本人は男性の声で通報があったと証言していることから、おそらくだ。
電話ができるならナルが喜びそうなものだけど、肝心のは行方不明となった。

を探すために日本に行こう」と、言い出したのは僕だったかナルだったか。
まどかに許可を得て日本へ来たのがもう一年以上前のことになる。
の姿が見えなくなった僕は、の気配も感じられない。ただ、あの時消えて行くのを引き止めたことで、はずっとそのままでいることはわかっていた。
心当たりのある場所に行ってみたり、それらしい依頼をうけたりしたが彼の片鱗は全く掴めない。学校に勤めていたというけど、学校名も場所もわからなかった。舞い込む学校の調査依頼は重要視していたが、どこにもはいなかった。
ようやくの気配を感じたのは、の住んで居たと思われる場所とは全く違う、山林の中だった。
そもそもアメリカに縁がないのに僕らの前に現れたのだから、あの場所での気配を感じても不思議ではないし、計り知れないことはたくさんあるのだろう。それでもやっぱり何故だろうと思いながら、周囲に霊の目撃情報を訊ねた。
浮かび上がったのは廃校になった小学校だったが、と関係があるかはわからない。
ちょうど依頼が入って来たので受けることにしたが、やっぱりと繋がりはなさそうだった。
とにかく学校から脱出することを考えなければならない。


次々とメンバーが隠されて行く中、とうとうナルとぼーさんとはぐれた。
麻衣を一人にしないために手を引いたけれど、彼女の様子が少しだけおかしい。
のことを考えてるのかもしれない。僕とナルがという霊を探していることを、さっき口にしたから。
「大丈夫?」
「え?」
声をかけると、麻衣は目線を上げた。
「ゆっくり話せる時間はないけど……気になった?という人のこと」
「うん……渋谷さんの知ってる人なの?」
「幼い時に会った。そのときから霊だった」
薄暗い廊下を、ゆっくりと歩く。麻衣を元気付ける事になるかはわからないが、のことを話してみることにした。
「僕はまだ霊との付き合い方がわからなくて、怯えていて、でも彼だけは怖くなかった」
「どうして?」
「人間と変わらなかったからかな」
麻衣は興味深そうに頷いた。
教室の引き戸を開けて中に入る。落ち着けば、そうそう逸れることはないだろう。
床は薄汚れているけど、今更どうということもないので座った。
「彼はずっとそばに居たのに、ある日急に見えなくなってしまった……事故にあったからかな、多分」
「だから、探してるの?見えないだけでそばにいるんじゃ……」
「そばにいるなら、何かアクションをしてくれないかと待ってはいるんだ。でも、それもない」
麻衣は少し俯いて口を閉ざす。
「……結局ここにも居ないみたいだし、気配を感じたのは気のせいだったのかも」
とにかくここを出ることが先決だなと呟いて、の話はやめた。
「僕はこれからトランス状態にはいる、体が倒れたりするかもしれないけど、気にしなくていい」
「わかった」
麻衣はえっとあげた手をゆっくり閉じた。
いい機会だから、霊への説得のしかたを教えておこうと思う。もしかしたら、麻衣もなにかを見るかもしれないし。

イメージとしては、光をふきこんであげること。
初めてと一緒に霊のお願いを聞いた時のことを思い出す。エマという少女の霊だった。青白く、生気のない顔をした当時の僕より少し年上のあの子は、僕にはとても怖かった。夜になると、僕のシーツを引っ張って起こそうとする。どうしてこんなことをするのかわからなくて、僕はいつもシーツにくるまって目を瞑ってやりすごした。何か言いたげな眼差しも、開く紫色の唇も見ないことにした。でもある日、目をあけて耳をかたむけた。そうしたら彼女は家の部屋の窓を開けに来て欲しいと言った。
その時生前の姿が流れ込んで来た。
目の前にいた霊よりもはるかに血色の良い顔で、溌剌と声を出していた。健康的とはいえなかったけれど、生きている人間だった時のエマは普通の女の子だ。
死んでしまうこと、望みが叶えられないこと、それは人をこんな風に薄暗く微かなものにしてしまうらしい。
僕は震えながらも頷いて、エマの家に向かった。そして、と一緒にカーテンを開けて、窓を開けるように手配した。
あの願い事はまさに、僕にとっても他の霊にとっても、重要なものだったのではないかと思う。
も、僕たちは窓を開けてやればいいのだと言っていた。その先にある月に意味や思い入れがなかったとしても、上を向き、光をその目にうつすのだろうと。
だから僕は、その月の光になりたいとずっと思ってやってきた。
「麻衣自身も、光になるんだ」
「光……」
「あたたかく、やさしくあること。同情したり、憐れんだりしてはいけない」
「むずかしいね……」
「むずかしくないよ」
人を思って一緒に悲しんだりしてしまう麻衣に、首を振った。
君にとっては、すこしも難しいことではない。だってなんだか僕と似てる気がする。
僕はにしてもらったように、麻衣にも光をあげたい。
霊だとか人間だとか、そういうのは関係ない。それが、光になることだ。
「いつか試すことがあったら、参考にして。じゃあ、行ってきます」
僕は麻衣の膝の上に置かれた手をぽん、と叩いて笑った。


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ジーンの考え方の奥底にほんのわずかな主人公との思い出が欲しかったっていう話。
Aug 2017

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