I am.


Invisible. 19

麻衣がジーンを見送る姿を見ながら、隣に座っていた。
あらかじめ倒れるかもと言っていたので、壁に寄りかかってずるっと力が抜けるジーンに、麻衣はちょっと驚きつつも触れないようにしていた。邪魔になっちゃうと思ったんだろう。
しばらく、麻衣は落ち着かない様子だったけど自分の手のひらをぼうっと見つめて、ゆっくり目を瞑る。
それからぎゅっと縮こまった。

教えてもらった方法で、トランスに入ってみるようにした麻衣は見事に成功してゆらりと姿を現した。そんな麻衣の姿とは別に、肉体がある。
「わー、体がある」
「大成功だね」
「あ、さん」
なんと見事な幽体離脱だーと、隣に立って感心すると今更麻衣は驚かない。
それにしても、なんで麻衣もトランスにはいってみたんだろう。ジーンの説得を見に行きたかったのかな。だとしたら、チャンネルが違う気がする。あくまでここはまだ麻衣の領域で、俺と繋がってる部分。ジーンは違うところにいて、霊と接触を果たしているかもしれない。
「学校見てまわってみようと思うんだけど」
「お伴します」
恭しくいうと、麻衣は小さく笑って俺の手を掴んだ。

校舎内にはみんなの姿があった。当然あっちからは麻衣の姿は見えない。
ジーンの言った通り、互いの認識ができないでいるってことだ。麻衣もちょっと感心したようにしていた。
みんなが無事ってことで、わりと余裕があるみたい。
「あたし守ってもらってるんだ」
ぼーさんの法力らしい赤い光が、ふわふわと立ち込める校舎内を見渡して麻衣の目がうるんだ。
「きれいだなあ」
さんにも見える?」
「見えるよ」
麻衣が俺の横顔を見ている視線があった。
ふと顔をそっちにやれば、案の定俺のことを見上げている。
「どうした?」
「さっきね、霊の説得の仕方を教わったんだ」
「よかったね」
ぽんぽんと頭を撫でてから一周かき混ぜる。麻衣はくすぐったそうな声をあげて、目を瞑って頭をおさえた。
「俺に試してみる?」
「え、さんって霊じゃ……いや、今は霊ってことか?でも」
「いいからほら。……なんて言われたんだっけ?」
「あたたかくやさしく。同情や憐れみはダメ、って」
「俺には同情したり憐れむ要素はないだろ?」
「そりゃあ、さんは」
「霊は必ずしも自分が死んだことを理解しているとは限らない」
あ、そっか、と麻衣は口を噤む。
「麻衣がすることは死んでしまった霊を慰めることじゃなくて、目の前にいる人に優しくすることだろ?」
「うん、そう言ってた」
「じゃあ優しくして」
そろそろ教室へ戻ろうと手を引いて、ジーンの横たわるところへ戻った。

麻衣は俺を説得するつもりはなかったし、急に何を話したらいいのかわからなくなっていたので、俺の方から話をふることにした。
自分で考えて話ができるようになるのは次からで良いのだ。
「麻衣はここから出たら何をしたい?」
「うーん、ご飯、お風呂、帰って寝た〜い」
「素直でよろしい」
へっへっへーと笑う麻衣は得意げだ。さすが健康優良児。
「でもその前に、みんなと会いたいな」
「うん」
膝を抱えて頬杖をついた麻衣の顔を覗き込む。目線で続きを促すと、「さんは知ってるかもしれないけど」と前置きして、みんなの話をしてくれた。
「みんなのことを考えるとね、あたたかくなれるみたい」
あうう、眩しい。麻衣が光って見える。
「それでいいんだ。麻衣は麻衣としてしっかり気持ちを持ってることが大事」
「いつも、こんな話をすればいいの?」
「そうじゃないけどさ。こういう気持ちになることを覚えておけばいいんだ。相手によって、話す内容はその都度変わる」
「うん。今はさんにだから、みんなのこと話したのかな」
「かもな」
麻衣はえへへと笑ってから、膝を抱く。
さんにも会いたいな」
「ん?」
「あ。渋谷さんじゃないよ?」
「うん」
わかるよ、麻衣は俺の方を呼び間違えることはないんだから。
本物のくんの勝ちだ、ぴーすぴーす。
「会ってるじゃないのさ」
「これはまだ夢の中だもん」
麻衣は口を尖らせた。
「夢で会う俺を否定しないで」
「え?」
「ぜんぶ、俺だから」
初めて夢のことを肯定した。真砂子が前に俺が本物だということは麻衣に伝えてたけど、俺が自分でいつか言おうと思ってたことだ。
麻衣は改めて実感して、よかったと笑った。その顔に俺もほっとした。
さんが一番あたしを守ってくれてたんだ」
「そんなんじゃない」
「怖い夢を見ないようにしてくれたでしょ?」
「あれはたまたまだし……」
今後麻衣をそうやって守る方法はわかったけど、麻衣はもう夢を見ることを選んだ。霊の説得だってきっとできる。
俺がついていてやらないといけない時期ではなくなった。
「ーーー麻衣はもう、大丈夫。ジーンも……みんなもいるしね」
「え?」
ずっと前、腕の中に抱いていた小さな光は、もう少女の形をしていた。

麻衣の後ろにある窓の方から、光が差した。
ジーンが多分浄化に成功したんだと思う。
麻衣は目を覚まして、窓の方に行った。
「きれい……」
「麻衣、窓あけて」
「うん」
ガタガタと、立て付けの悪い窓が開く音がする。
ところどころ割れているそこは、今まで霊障によって開けられなくなっていた。
窓があいたなら帰れる。
「!」
勢いよく開けられた窓の向こうから、吹き込んできた風が麻衣の髪の毛がふわりと踊らせた。
さっきまで降っていた雨はいつの間にか止んでいて夜空には雲が散り、小さな月が遠くにあった。

「あいたよ、さん!」
振り向いた麻衣のそばで、ジーンが目を覚ました。

麻衣のためにいたわけじゃない、ジーンやナルのためにいたわけじゃない。
それでも俺はたぶん、みんなのことが好きだからこの世にいた。
出会えたのは理由があったんじゃなくて、運命とか、奇跡なんだと思う。
だから俺は、ちゃんと───これが永遠に続くとは思ってなかった。


next.

この世にうまれた意味は見出さない方向で。
Aug 2017

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