I am.


Limelight. 01

※芸能人の主人公を推すナルがいるので苦手な方は自衛してください。
※名前変換は派生作品参考。



物心ついた時から双子の兄しか家族のいなかったナルは、この度新しい家族に迎えられた。
親というには少し上に見える夫婦で、父となる人は大学教授を、母となる人は専業主婦をしているそうで、兄のジーンと共に彼らの車に乗った。
そして家につき、話にだけ聞いていた存在、兄となる人と対面した。

「俺は。ユージンとオリヴァーだね?どっちがどっちなのか教えてくれる?」
その人は、紫の瞳を細めてナルとジーンを見つめた。

ナルは───を知っていた。
数年前にテレビで彼の出演するドラマをたまたま見たときから、目が離せなくなった。
彼の役柄は、警察のある捜査班に招かれてやってきた数学者であり、若き天才だった。難事件を数学的に読み解き、犯罪を解決していく様は毎度クールで、どこか人間味のない対応の仕方から、かすかに滲む年相応の弱さが愛しく見えた。
ナルが珍しく熱心に観ていたことから、ジーンも一緒に観ていて「この人なんとなくナルに似てる」などというものだから、真顔で全否定したのも記憶に新しい。
そんな複雑な陶酔と憧れとが混じった感情を向ける、つまるところ推しが、今兄として目の前にいる。
ナルは現実が理解しがたく、フリーズしていた。


母はが二人の顔をすうっと覗き込んでる様子が威圧的だったのだろうと、横で怖がらせないように注意している。違う、そうじゃない。ナルは今、画面越しでは得られない推しの迫力に、語彙力が失われていた。
「ぼ、僕はユージン」
「オリヴァー」
一足先に現実を見た兄が横で自己紹介するのにつられて、ナルもなんとか自己紹介を終えた。
「あの、あの、!だよね?」
「俺の愛称はで間違いないけど───もしかして、テレビ観てくれてるのかな」
ジーンが少し興奮したようにに話しかけると、彼はぎこちなく対応した。
「うん。Dr.Rシリーズ観てる!ナルも、」
ナルは咄嗟にジーンの顔をぎっと睨みつける。そして目だけで黙れと伝えてみると、ジーンはぱちりと瞬きをしてその通りになった。
ジーンがどの程度ナルのハマり具合を理解しているかは不明だが、正しく、それでいてに最適な程度に伝えられるとは到底思えない。ナル本人であっても、この感情は筆舌に尽くしがたい、つまりクソデカ感情だったので。
「僕も観たことがある」
「そう、ありがとう」
なんとか当たり障りないことだけを伝えると、はそれだけでも嬉しかったのか微かに笑った。
ドラマ内ではほとんど見ることのない───シーズン1の最終回でバディを組んでいる捜査官がピンチに陥り、それの救助に成功させて、一緒にラボへ帰ろうと肩を叩かれた時にだけ見せた───笑顔の破壊力にナルは再び語彙力が溶けて、以降まともにの顔を見ることができず、夕食もあまり喉を通らなかった。


寝る前に、ジーンがナルの部屋に訪ねてきてあれこれ話をするのを、机の前に座って聞き流す。
大きな家だねとか、庭が広いから明日出てみようとか、近くの散策をしようとか、些細なことが多かったがその中にやはり、の名前が上がる。
「それにしても、まさかが僕たちの兄になるなんてびっくり」
「……うん」
ナルはかろうじて相槌を打った。
「サインくれるかな」
「迷惑だ」
「え~だって、せっかく僕たち弟になったんだし……ナルだって、結構のドラマ好きだったよね?」
「そんなんじゃない」
好きとかいうレベルの話ではないのである。
「とにかく、に余計なこと言うのはなし」
「わかったよ」
たとえばナルがニュース以外で唯一熱心に観るのがの出ているテレビだけだということを、絶対に言わないでほしかった。

ベッドに潜りこみ一人になったナルは、ようやく兄という存在を飲み込んだ。
その兄が推しであることは全然慣れないし、今後の生活が不安であるけれど。

───しかしナルの不安をよそに、は翌朝会うことはなかった。
「今日から撮影が立て込むんですって、帰りは一週間くらい先かしらね」とは、母の言葉である。
父は「歳も生活も違うから、中々会わないかもしれないな」とのことで、ナルは少し残念に思いつつも安堵した。
は現在大学に通いながら俳優をしているので、確かにナルとジーンに家でのんびり構っているほど暇ではないだろう。朝も早いうちに家を出るか、逆に遅い時間に家を出るかである。ナルたちが日中学校に行ってしまえば会うことはないし休日だってきっと仕事をしている。

その想像通り、久しぶりにナルが彼に会ったのは家にやって来て二週間ほどが経ったある日の朝だった。
「おはよう、ナル───だろ?」
「お、……はよう。どうして?」
「ん?ジーンは寝坊助だって母さんから聞いてるから」
洗面所で顔を洗おうとしたナルは、そこから出てきたに遭遇して固まった。
は薄いTシャツとスウェットパンツのラフな格好で、前髪が少し濡れている。髪を持ち上げていた名残か、額があらわになっていて、いつもより顔の露出が大きい。
ナルはつい顔を鑑賞してしまい、と目が合い、慌てて逸らす。
「今日も学校だろ、ジーンはまだ起きてこないの?」
ドアのところから退いたとすれ違い、洗面所に入ったナルの背中に声がかかる。
「いつもギリギリまで寝てるか、起こされるまでそのまま」
「ふうん。じゃあ俺が起こそうか?」
「え」
顔を洗うこともせず、ナルは廊下を歩くの後を追う。
「『弟』を起こしてみたい」
口ずさむように話す彼は、ナルの知っているよりは少しばかり陽気である。
元々はメディアでの露出が多くはない。学生であることからか、俳優として演技をする以外のところは滅多に見られないので、ナルの中でのは天才数学者で、人間的な思考回路が通ってないところがあって、それでも仲間には少しずつ打ち解けてきて、ぶっきらぼうだけど優しくて、実は彼らに対してだけは甘えることだってある人だ。
「弟を……起こす……?」
「ジーン、起きてる?」
弟を起こす兄のというシチュエーションにナルの情緒が壊れかけているのをよそに、はジーンの部屋をノックした。そして返事がないので開ける。
ナルはのろのろと、の後に続いてジーンの部屋に足を踏み入れる。
家に来てわずか二週間で部屋を散らかしていることは知っていたが、が部屋に来るのであれば片づけておけばよかったと身内の恥に頭を抱える。
「汚い、ごめん」
「俺もたまに散らかす。ものを失くさないといいけど」
も部屋を散らかすという一面と、自室がここに在るのだという事実に気づいて震えた。そしてそんなナルの様子には気づくことなく、はベッドに腰掛ける。
ゆっくりした動作でジーンの頬を撫で、髪をくすぐりながらどかした。
「まだ起きないのかい、赤ちゃん」
「んぅ……?」
ジーンが枕に押し付けて膨らませた頬と唇を軽く指ではじく。
「よ~ちよち」
「───はぇ……?」
囁くように甘い、歌うように伸びやかな声はジーンの意識に差し込んだのだろう。
くしゃりと顔をゆがめた後、目を開けたジーンは間の抜けた顔と声を晒した。
ナルは嫉妬する気持ちより、憐れむ気持ちが大きかった。
「おはよう、良い夢は見れたかな?」
「あ、ど……なに?え!?」
肩を優しく叩いた後、はベッドから退いて立ち上がる。
ジーンは真っ赤な顔で飛び起き、部屋を出ていくと、壁際にまで距離をとって精神を整えているナルを見比べた。
「今日は学校まで兄さんが送ってあげるから、ゆっくり身支度しておりといで」
そして部屋を出る間際に、ナルの頭まで撫でて去っていき、整えようとしていたナルの精神はたやすく破綻した。



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オタク用語を使いたかったので一人称ではない書き方にしてみました。
コンセプトは、推しが突然兄になった件みたいなあれ。
May 2022

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