I am.


Limelight. 02


孤児院で暮らしていたナルにできる推し活には限りがあった。
の載っている、ただでさえ少ないチラシや雑誌を手に入れるのも一苦労で、スクラップブックにしてあるのはわずかばかり。出演作も録画ができたとしてもずっと保管はしておけない。ただひたすら観ることしかできなかった。
なので、この家に引き取られて、お小遣いをもらったナルは感動し、じっくりとその金額が目標額に達成するのを待った。
学用品や日用品、嗜好品など親に素直に頼めばもちろん手を貸してくれる家庭だ。ジーンもナルも読みたい本や雑誌を買ってもらうことがある。その時しれっとが出ている雑誌を知らないふりして購入することにも慣れた。
しかしジーンが目ざとく見つけて自分も読むと言って煩いので、のページだけ切り取れないのが難点である。
苦節数カ月───子供にとっては長かった。
ナルはたまったお小遣いをはたいて、の出演しているドラマのシーズン1のDVD、コンプリートボックスを購入した。
店で自分のお金で購入したDVDを持ち帰り、クローゼットの奥にしまい込んだ。
初めての、自分だけの───誰もいない日に一人でゆっくり観るのだと決めた。

チャンスがめぐってきたのはある休日のことだった。
兄は仕事へ、父は学会に出かけ、母はその付き添い。ジーンは友達の家に遊びに行ったのである。
昼食をとって家を出るジーンを見送り、ナルは一人になった家で、思わずガッツポーズをした。そして足取り軽く部屋に飛び込み、クローゼットの奥に隠していたDVDを開けた。

リビングでDVDをセットするのに震えていつもの時間の倍はかかったが、ようやく1話から再生が始まりナルの目は真剣にテレビに向けられる。
初登場時のの気だるげな足取りとか、本を抱えこみ没頭するときの指先とか、長いセリフを抑揚なく言うのだけどそれがどこかぶっきらぼうなところとか、今放映されているシーズン3とは少し違うところがある。
撮影は3年ほど前なので、見た目も少しあどけなくて、今でも細身だけれどまだ少年らしさを残した華奢な感じが新鮮である。
ナルは数時間没頭して観続け、───ジーンの帰宅に気づかずリビングに居座った。
「あれ、Dr.Rだ!再放送してたんだ?」
「!!!」
ナルの座るソファの背もたれの後ろから、ジーンがテレビを観ていた。
驚きのあまり、握りしめていたリモコンでDVDを停止させてしまった。
「……DVD?」
「買った……」
「え?ナルが買ったの!?」
どうあがいてもチャンネル変更には見えなかったジーンは、すぐに真相にたどり着く。
そしてナルは観念して自身が購入したものであることを告げた。下手に、家にあったものだと誤魔化して、家族に確認されてはたまらない。
もしかしたらや、両親が持っているかもしれないけれど。
「父さんと母さんにお願いして?」
「違う、小遣いを貯めたに決まってる」
「そっか、でもお願いしたほうが早かったんじゃない?そもそもうちにあるんじゃ……」
ナルは黙り込み、DVDを取り出す。
大事にケースにしまっている様子に、ジーンは言葉を止めた。
「……そんなに好きだったんだ」
「そんなにじゃない」
不貞腐れて好きを否定したのとはちがう。
ジーンはこれでもナルの双子の兄をずっとやっているのでわかった。
「いいなあ、僕も買おうかな、シーズン2とか」
「駄目だ、僕が買う」
「ええ!?ずるいよ」
「なぜ?」
ずるくはないだろうと否定すれば、ジーンは口を尖らせた。
「ナルだって小遣いが浮くんだからいいじゃないか」
「僕の心配ならいらない」
推し活なので、心配は無用というのは本心だ。
もちろん、が出ている雑誌を買ったり、過去出演した映画やドラマのDVDを購入したいので、いくらあってもお金は足りないというのは事実だが。
「それに、シーズン2を買うのは僕の方が早いと思うけど」
「ううぅ……」
ジーンはお小遣いをもらってもすぐ色々なものに使ってしまうので、おそらく彼がシーズン2を買うために貯金をするよりも、今なお溜め続けているナルが購入する方が早いだろう。
「僕だってのファンだもん!」
「勝手にすれば」
「ねえ~!2は僕に買わせて」
「いやだ」
勝手にすればといいながらも、ナルは自分で推し活をする気満々だったので、DVDは買う。ジーンが買おうとも関係ないのだが、二人ともどちらかが買ってしまえば自分は買えないという概念がなんとなくあって、この後言い争いが夜まで続き、最終的にナルは両親にまでのファンであることが露見した。


「え、なんかあった?」
は夕食の時間から少し遅れて帰宅したが、リビングで距離をとってソファに座っている双子と、それをやれやれと眺めている生暖かいまなざしの両親とを見て、瞬時に違和感を抱いた。
ジーンがぷくりと頬を膨らませてナルを見ているので、それが目立ったのである。
「おかえりなさい、。夕食は?」
「いい、食べてきた」
「仕事はどうだ、捗ってるか?」
「そう、だね?ウン」
両親はをいつも通りに出迎えるので、双子の様子をちらちらと気にする。
父は少しブランデーを飲んでいて、いつもより陽気だし、母は別に困った顔をしている様子はない。
「喧嘩?」
「そんなところ」
キッチンで飲み物を入れるついでにそこにいた母に聞くと、笑いながら答えられた。
一方父は二人を気にしているを見て少し面白そうにした。
、たまには兄らしいことをしてみてはどうかな」
「えっ」
「!」
「……」
の言葉に詰まるのと、ナルが息を呑むのと、ジーンが沈黙を貫くのが重なる。
「ツインズ、今日の二人は何をしていたのかな?」
「……家に居た」
「僕はトムの家に遊びにいった」
ナルとジーンが距離をとって座るソファの間にが沈む。
ローテーブルに一旦置いた飲み物をとり、一口飲みながら二人の回答を聞いた。
「二人ではいかなかったわけ。それが不満だった?」
「違う」
ナルはジーンの遊びに誘われなかったとして拗ねるタイプではない、とそのくらいはわかっているのに、思い当たることがなかったので苦し紛れに言った。
間髪入れずにナルに否定されて、もっとよく話を聞こうかと言葉を選ぶ。
「じゃ、トムの家からジーンが帰ってきたあと?」
「ナルが一人で……テレビを観てて」
「うん」
「───には言いたくない……っ」
「え、」
はっと口を塞いだナルだったが、もう言葉を吐いた後だった。
の少しだけ見開いた顔を見て、ナルは思わずソファから飛び降りて駆け出し、部屋に閉じこもってしまった。



next.

幼少期のナルなので口調はかわゆい感じを残しています。
両親は自分たちの口からは言わなかったけど、主人公になんて言うのかな~とニマニマけしかけたとこがある。
そして可哀想なことになった……。
May 2022

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