I am.


Limelight. 03


は十三歳のころに初めて映画に出演した。子供がある日突然魔法学校へ通うことになる話だったので、同年代の子供たちがたくさんいた。その中でも俳優になりたくて来た子と、そうでない子が居たけれど、は映画をきっかけにこの職業に惹かれた。
演技をすることもそうだけれど、撮影現場の雰囲気は独特で、自分がとびきり大人になったみたいに感じた。
まるで魔法学校に入学するみたいな、わくわく感がにはあったのだ。
それから五年ほどの月日が流れ、ドラマの主役をするなど俳優活動が軌道に乗ってきた頃、両親が幼い子供を二人引き取ることになり、年の離れた弟ができた。
両親は若くして特殊な環境に身を置いたを応援してくれたよき理解者だったので、新たに子供を引き取ると言い出した時も、はすぐにそれは良いことだと納得した。
自分は年々忙しくなってきて、外で過ごすことが多いので、両親にとっては刺激になるだろうというのも、賛成した理由だった。

わかっていたことだったが、は引き取られてきた弟とさほど仲良くはなれなかった。
俳優をしているのことを知っていたから、遠慮されているのかもしれない。
会えたら構うようにはしていたけれど、いかんせん年齢が離れていたし、ゆっくり熱心に構う余裕もなかったので、気まぐれな行動でしかなかった。
それでもきちんと家族として見守ることにして早数年───相変わらず弟はを若干遠巻きに見ているようで、少し寂しい。


平日の昼間にたまたまオフができたので、リビングのソファでぼんやりしていたところ、学校から帰ってきたナルがの存在に硬直した。
年齢より大人びて口達者な賢い子供なのに、にだけはいまだに警戒を解かないので、その様子が面白くもあり不憫でもあった。
「おかえりナル」
「え、あ、だ」
「ジーンもおかえり」
後に続いてやってきたジーンも、ナルにぶつかりながら驚く。
二人はどうしてこんな時間に兄がいるのだろう、と凝視してきた。
「少し空きができて……コーヒー淹れようと思うけど、飲む?」
「あ、の、のむ!てつだう!」
「ナルは?」
「もらう」
「ん。鞄をおいといで」
がいうなり、二人はぐるりと踵を返し、鞄を置きに部屋へ行って、すぐにリビングに戻ってきた。
素直に言うことを聞くので、こういうところが可愛いと思う。もっと甘やかしてやりたい気持ちはあるのだが、彼らはあまり踏み込まれることが好きではなさそうだったので我慢している。
だから、二人がコーヒーを淹れる様子をじいっと見つめているのを気づきながらも、何も言わずにそうさせてやった。

マグカップに入ったコーヒーを大事に受け取った二人は、ちょこちょことの後をついてきて、ソファの両サイドに座った。
同じ空間にはいてくれるんだよな……と思案しながら、コーヒーを啜る。
「あ、そうだ。二人ともさ、映画祭興味ない?」
ふと思い出し、話題を振ってみた。
ジーンは首を傾げたが、ナルはすぐにその映画祭に気が付いたようで聞き返してくる。
「ナルは知ってたか。ノミネートの段階だけど……家族も同行できるから、どうかなって」
「いいのか?僕たちが……」
「行きたい!もしかしてテレビに映る?」
「家族なんだからもちろん。テレビは、一緒にカーペット歩けば映るかな。歩きたい?」
「カーペットは……いい、遠慮しとく」
「横を歩くのはちょっと」
二人はテレビに映りたかったのではなく、逆に目立ちたくないようで拒否した。けれど、授賞式自体は興味があるみたいで、の誘いに少し嬉しそうにしながら乗ってきた。
「じゃあ、父さんと母さんに話してみるから、許してもらえたら一緒に行こう」
久しぶりに兄らしいことに成功したかな、とは笑った。
喧嘩の仲裁は失敗し、朝を起こすのはもうやらないでと言われ、学校への送り迎えは遠慮され、母とこっそり授業参観についていったら周囲の人に見つかって囲まれ、家で勉強をみようかと提案して役柄で勉強した数学の問題を解説したら全く頭に入ってこないと言われた───そんなが、初めて、弟たちを連れ出す機会を得たのだ。

両親は弟たちも二人で行動できる年齢にはなったし、会場ではマネージャーが面倒を見るということで、映画祭への同行は許しを得た。
テンションが上がったので飛行機も、宿泊するホテルもグレードアップして、早めに行って色々体験できるように時間をつくった。
ナルとジーンは、に連れられて乗った飛行機がファーストクラスだったことに驚いていたけれど、たどり着いたホテルの豪華さにとうとう疑問を口にした。
「招待客に、こんなに良い待遇なのか?」
「すごいんだね、映画祭って……」
「いいえ、が手配したんですよ」
二人の疑問には、同行していたマネージャーがさらりと答えた。
も特別隠す気はなかったので、こてんと首を傾げる。
「ナルとジーンが体験するなら、素敵なものがいいなって……気に入らなかった?」
ルームサービスも好きに頼んでね、といって金額の書かれていないメニューを二人に渡すと、ピクリともしなくなる。
二人は小食な方だったのであまり興味はないか、と考えて部屋の案内に切り替えた。
「ベッドルームは三つあって、ああ温水プールもあるんだよ、こっちおいで。入るのは水着や着替えをブティックで買ってからになるけど」
はかつてないほど、思う存分弟を構ってみることにした。
普段は我慢していたし、旅行に誘ってついてきてくれたのなら、少しは歩み寄っても構わないはず。
お金のことは稼いでいるので気にしないでほしいし、頻繁にやるわけではないので大丈夫だろうと思っているのだが、程度が桁外れであることを、スターになってしまった今、あまりわかっていなかった。

あらかた部屋の案内をしてから弟たちを買い物に連れまわし、プールに入れ、ドリンクとサンドウィッチを頼み、日光浴をした。
「この後どうしようか、夜まで時間あるけど……二人は行きたいところある?」
「むり」
「しんどい……」
まだ15時くらいだというのに、双子はプールサイドのソファに寝転び、息も絶え絶えになっていた。
十代の体力ってもっと旺盛じゃなかっただろうか……とは戸惑うけれど、飛行機での移動に慣れてないせいかと片づけた。実際半分ほどは真実であるが、もう半分は兄との濃密な時間を過ごしすぎたことによる精神的負荷だということには気づいていなかった。

はひとまず弟たちを休ませることにして、二人をそれぞれ個別のシャワールームに促す。
さすがに身支度をする体力はあるみたいで、しばらくすると服を着替えてのくつろぐリビングへ顔を出す。どこかぼんやりした二人を見てはようやく、自分が振り回しすぎたことを理解した。
ひとまず一番大きなベッドのある主寝室が近いので連れて行くと、倒れ込むようにして同じベッドに入っていった。
それぞれ、なんとか起きようとしているようだが瞼が重たそうにとろけている。
「ごめん、無理させた」
ベッドに乗りかかり、二人の頭をそっと撫でる。
黒髪を梳くと、滑らかに指から落ちていった。
「二人と過ごせて楽しかった……夜までおやすみ」
は二人が眠りに落ちる間際に、起きてたら絶対にできなかったであろうキスをそっと贈った。



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本人はお兄ちゃんよしよしメドレーくらいのつもりですけど、怒涛のスパダリ甘々攻撃でしかないので、弟二人は「むりしんどい」ってなっているという。

May 2022

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