I am.


Limelight. 04


すぐそばで寝息が聞こえる環境で目を覚ましたジーンは、すぐに、ナルと一緒になって眠ってしまったことを理解する。
周囲はもう真っ暗闇で、今は夜なのだろう。
兄のが初めて連れ出してくれたのは仕事のついでだったけれど、ちょっとした旅行も兼ねていて、すべてを任せてしまった。そうしたら、思っていた以上のもてなしを受けて、環境に慣れるのに大変で早々に体力が尽きてしまったのだ。
移動からホテルまで全てにおいて最高級クラスのグレードだったから、というだけではなく、兄という存在がそもそも一番、二人の心を悩ませた。

兄は昔からテレビで見ていた俳優だった。思えばナルが早いうちにハマっていたからだが、ジーンも一緒になって観ていた時点で彼のファンになっていて、そんな人が兄になり、自分たちに対して生身で優しさをくれたら落ちないわけがなかった。
出会ってすぐのころ、は弟に対して兄らしいことをしてみたい、という軽い気持ちで起こしてくれたことがあるが、兄弟というものをよくわかっていない節があった。
あれは、弟を起こす声でも手つきでもない。
子ども扱いする口ぶりなのに、恋人を甘やかすみたいに魅惑的だった。
もちろん、直視したジーンはうっかり色んな感情を持っていかれた。

そんな兄とジーンはどう距離をつめたらいいのかわからないまま、数年が経ち今に至る。
「ん……」
寝起きの倦怠感が少しずつ薄れて、身体が動くようになってきた。
ナルとこんなふうに同じベッドで寝るのはうんと小さい頃以来で、身内にすらパーソナルスペースの広い人間なので、起きたら驚くだろうと、自身が抱き着いていた人の身体に触れた。
そして、手の感触から伝わる違和感を、徐々に読み取る。
「ぇ、」
ジーンは首筋に埋めていた顔を、咄嗟に離した。
そばにあった寝息も、香りも、身体も、ナルではなくて───だった。
「おきた……?ジーン」
視界も次第に明瞭になり、すぐそばにの顔がある。そして極限まで抑えた静かな、ほとんど吐息だけの声でも、の特色が滲む。
「な、なんで……」
「いっておくけど、放さなかったのはお前たちだからな」
「~~~~っ、ごめん」
「いいよ。俺も少し寝ようと思ってた」
ベッドルームにきた時にはすでにうとうとしていた自覚があったので、無意識に彼を掴んでしまったのも否めない。
は怒ってはいないようで、くすりと笑う。
「そろそろ、ナルも起こそうか……」
「ま、まって、まって」
ジーンは反射的に起きあがり、寝転んだままのとナルの様子を見て理解した。
はナルのことを腕に抱いていて、背中にはそっと手がまわされている。
ナルも全く無意識で、の肩に頭をのせて肌を摺り寄せるようにして眠っていた。
───今、ナルが起きたら大変なことになる。
無防備に寝ていたのを、に起こされる時点で盛大に精神を持っていかれるのに、至近距離にある顔や、体温や香りが身体に移っていることを理解したら、色々駄目に決まっている。ジーンも正直瀕死で、今すぐ水に浸かりたいくらいだった。絶対に浸からないけど。
「ナルは寝起きが悪いから……えと、、抜け出せる?」
「うん?うん……やってみるけど……」
ジーンはぎこちなく返事をしたを助けるために、少しだけナルの頭を浮かせた。
相当疲れていたのか、ナルの眠りは幸いにも深く、起きる様子はなかった。

一仕事終えたような達成感を伴い、ジーンはをリビングに誘った。水を飲みたいという半分本当の理由があったからだけど、ナルがそのうち起きてくるか、あとで自分が起こしに行くためである。
冷蔵庫にはミネラルウォーターがあったので、冷たいそれを二人でグラスに注ぐ。
「疲れはとれた?」
「うん、すっかり」
「よかった。うっかり本番を前に体力使い切らせるとこだった」
「あはは、でも後は観に行くだけだし、そんなに疲れないんじゃないかな」
「でも人が多いし、夜も少し遅くなるから」
ホテルの部屋から見える夜景は綺麗だった。ひと際明るくなっているのがきっと、授賞式の会場なのだろうと適当なことを考えた。
「ねえ、今日はどうして僕たちを誘ってくれたの……?」
ジーンはふと疑問だったことを投げかける。
は優しくて、ジーンとナルを弟として見てくれている。会えば構うようにしてくれる。だからそれだけで十分だった。
元々彼は華やかな世界で光を浴びる人なので、家族だとしても生活が違うことくらいわかっていたのだ。
「……もう、十三歳になったろ」
「え?うん」
「俺が初めて映画に出たのは、今の二人の歳だった」
「あ、そっか……」
ジーンが唯一ナルより先に購入したのは、が初めて出た映画だったのですぐわかる。ただ、十三歳という年齢を意識したことはなかった。
「僕、あのと同い年になったんだ」
「なんだよあのって」
は笑っている。
多分、彼はジーンが大切にしているDVDの存在は知らないだろう。
両親は双子の意志を汲んで、に伝えていないはずだ。
「───その時のことはずっと、大切な思い出なんだ。今、俳優をしていなくても」
カウンターに肘をついて、大理石を眺めるようにして俯いた。その横顔にジーンは遠慮なく見惚れていたけれど、すぐに視線が返ってきて絡めとられる。
紫色をした瞳は稀少で美しい。至近距離で見られると不思議と動けなくなってしまうほどの引力を帯びていた。
「だから、……十三歳のお前たちの思い出に、俺がなりたかっただけ」
の顔がどんどん近づいてきて、内緒話をするようにジーンの耳元を手で覆って声を吹き込む。
左耳を囲う空間の一時的な熱に、びりびりと皮膚が粟立つ。とてもえっちです。
変な声が出ないように、そして気絶しないようにするので精一杯だったけれど、はそろそろナルを起こしてこようと言い出すので、なんとか意識を立て直した。


ジーンがナルを起こし軽く食事をとった後、とは別行動となった。
マネージャーに付き添われて、観客の中でも関係者の集まる席につき、授賞式を見守った。
受賞する映画や俳優を少しは知っていたので楽しくみていたけれど、が助演男優賞に選ばれた時は思わずマネージャーとナルの手を取って飛び上がった。
登壇したが、こっちを見て笑ったのも、きっと気のせいではないはずだ。

「ねえ、ナルは生きてて一番衝撃だったり、嬉しかった思い出っていつ?」

入りは見られなかった、俳優やアーティストがカーペットを歩くのを人ごみに交じって見ながら、喧騒の中でジーンはナルに問う。
「僕の人生は世間一般的に見てまだ短い」
「それでも」
「───を初めて観たのは七歳だった」
理屈っぽく答えようとしないナルだったけれど、促せば案外素直に話すくらいには、きっとの受賞や今日の出来事が嬉しかったのだろう。
七歳という鮮明な年齢を覚えているあたり、本当に衝撃的だったようで、ジーンは少し当時を悔やんだ。
けれど、それでもいいかと思えるくらいには、今日の経験は大きかった。
「僕は、十三歳の今日にする」
とお揃いだし、というのは言わないでおいた。
少し呆れたような口調と目つきで「わかりやすい」とナルに評されたけれど、ナルにとっても今日はきっと大きな意味を持つ日であったことに違いないはずだ。
「じゃあナルは今日のことを忘れられる?」
「……無理だな」
二人は目を合わせて少し笑った。




next.

自分が十三歳の時のデカい経験を思い出して、ああ弟たち今その年齢かって気が付いて、そんな弟たちの中に自分はどれだけいるんだろう?と思ったことから、歩み寄りを決行しました。
授賞式とか贅沢とかはおまけで、なんだったら翌日テーマパークいこって誘うのが本命。
そんなことしなくても人生とか性癖に盛大な影響を与えてるんだよなあ……。
ストーリー展開的には割と真面目に書いてるんだけど地の文は真面目にふざけています。\えっちです。/

May 2022

PAGE TOP