Limelight. 05
が若き天才数学者として警察組織で知識を奮うドラマが最終回を迎えた。
大円団にも見えるのだが、本人曰く、主役が大人びてきてから視聴率が衰え始めていたというので、ドラマのコンセプトから外れてしまったゆえのことだろう。
確かに、屈強な警察官とあどけない子供の色を少し残した少年が組むのは絵的に大変良かったのだが、だからって大人になったの新たな魅力が理解できないなどと、正気なのか世間は、とナルは軽く憤りを感じた。
本人的にはシーズン7まで作ったのだし、大人になってからもなんだかんだ続けられたので十分らしい。なんだったら他にも色々な仕事ができるチャンスなのだと言っていたので、ナルは荒れ狂う心を落ち着かせることにした。
確かにほかの役柄を見られるのならばそれは、ナルにとっても願ってもないことだ。
今まではドラマでの印象が大きく、クールだったり、大人しかったり、どちらかというと動かないタイプの演技が多かったけれど、実際のは明るく人当たりが良いし、男らしい部分も大いにあるのだ。
少年時代は中性的で無垢な魅力を持っていたけれど、今は少し艶やかで色気を孕んでいて、特に最近は話題になったカーアクション映画では、その魅力を世間に知らしめていた。
「ねえ、車の運転教えてほしいんだけど」
「えー……やだ」
ジーンが珍しく家にいる兄にこんなことを強請るのも、きっとそのせいである。
「が怪我をしたらどうするつもりだ、ジーン」
「あ、そっか……でも」
「いやそれを嫌がってるわけじゃなくて」
大事な身体なのに、とナルは軽率な願いを言うジーンを窘める。
「俺の映画でも観たんだろ……どうしてあの運転で俺に教わりたいと思うかな」
猛スピードでのカーチェイスに始まり片輪走行やドリフト、崖を駆け下りて果てにはタイヤから火が上がるような危険運転のオンパレードだったのだが、たしかにそれを観てに教えを請おうとは普通思わない。もちろん危険な行為はスタントマンを使っての撮影であるが。
「映画のが格好良かったのもあるけど、もともと車の運転するのは見てたし、やっぱり憧れる」
「……」
「同級生のアーサーが兄に運転を教わっているらしいから、それのせい?」
素直なジーンの褒め言葉に口を噤むを見て、ついでとばかりにナルも口を挟む。
それがどのような作用をもたらすかはわからない。
「ああ……俺も友達の兄貴に教わったことあるな」
「も?」
「母さんには内緒だけど」
悪戯っぽく笑うはもう、嫌そうには見えない。
いまだに、兄らしいことをしてやれないから、とたびたび甘やかそうとしてくるにとっては、もしかしたら効果覿面だったのかもしれない。
「教えてもいいけどなー……全部が全部俺に教えられるわけじゃないし」
「ちょこっとでいいんだよ」
「そのちょこっと聞いた程度で、一人で運転されたら困るの」
はジーンの鼻を優しくつまむ。
きゅうと目を瞑って呼吸を止めたジーンに、わかる……と共感するのも束の間、はゆっくりため息を吐いてナルを見た。
「ナル、ジーンが絶対に一人で運転しないように見張ってくれる?」
「うん」
「え、ひどい、信用されてない……!」
「いくぞツインズ、お庭へゴー」
ナルは別に車の運転に興味はなかったのだが、を鑑賞するために立ち上がった。
助手席に座ってあれこれ指示をするのだろうと思っていたけれど、はジーンを運転席に座らせてドアを開けたまま自身は半分外に身体を出した状態で、運転席に密着して座る。
そして指をさしながらエンジンのかけ方、アクセルとブレーキの解説、メーターの見方から懇切丁寧に教えた。
「わかった?ジーン」
「あ、な、なにが……?」
いつのまにかの太ももに抱き上げられていたジーンは、口をはくはく開閉させて酸素を求めていた。かわいそう。
「……なんでそんなに近いんだ……?」
「目線が近くなるし、指さして教えた方がわかりやすいかと思って……テキストでも用意するべき……?」
走行するよりも前の段階だったので体勢に問題はないが、ナルとジーンにとって、とその体勢になるのは問題大ありだった。つまり、用意すべきはテキストではなく適切な距離感である。
車から降りたジーンは腰が砕けたように地面にしゃがみこむので、は運転席の奥に座って、自分の膝を叩く。
「ナルにも一回教えるからおいで」
「僕は車の運転には興味ないので」
ナルは謹んで辞退した。
ジーンは運転を教われないと諦めた。なぜなら運転席に座るととの密着を思い出して、顔が赤くなってしまい、集中できない事態になるからだ。
には物を教える才能がないと落ち込ませる結末になってしまったが、まあ一理ある。
丁寧に教えようとしすぎて、人の身体に違うことを教え込んでしまっていたので。
「ナルは教わらなくてよかったの?」
「にか?ぜったいに嫌だ───あんなに近づかれるなんて」
がナルに断られた時少ししゅんとしていたのは見ていたし、ぐっときたのだが、だからってあの距離感で平静を保てる自信がナルにはまだない。ジーンはあれでも、よく耐えた方なのだ。
情けないがいまだに、ナルはにはなるべく距離をとって会話をするようにしている。
「……、」
車を仕舞ってくると言ったが、リビングに戻ってきたところだったらしく、キッチンで会話をしていたナルとジーンの横を通っていた。ジーンがナルの向こうを見て短く声を漏らしたので振り向くと、目を見開いたが固まっていて、ゆっくりと目を逸らした。
いつもならナルが逸らす方なので、初めて居心地の悪そうなを見た。
小さなころ、を思わず拒否してしまったのはまだ、子供の癇癪で片付いただろうけど今は少し違う。
この口ぶりでは自身のことを嫌っているようにしか聞こえない。それをもう何年も───顔を合わせる機会が少なくても───家族として同じ家に暮らしていた今では、互いにあった壁を決定的なものとしてしまった。
「コーヒー?俺の分もある?」
「あ、今お湯わかしてるとこだから待ってて……!」
「せっかくだけどお湯すてて、急遽、仕事入ったからさ」
キッチンではケトルの湯が沸くのを待っていたところで、次第に沸騰する音が聞こえてくる。
の明るい声はまるで取り繕っているようにすら聞こえない。
「車の運転は父さんにも言っておくからさ、今度見てもらったら?二人とも」
けれど、ナルの方は見なかったし、運転に興味がないと言ったナルにも父を勧めたのは、やはり会話が聞こえていた証拠なのだった。
そしてはそれきり、家に帰ってこなかった。
next.
この運転(機能)の教え方は少女漫画的演出なので絶対に真似しないでください。
髪についてた芋けんぴ、現実では食べないじゃん、それと一緒です(?)
May 2022