I am.


Limelight. 06


は実家暮らしをしているけれど、別邸を持っていたので、仕事にかこつけてそちらに帰ることが増えた。
ジーンとナルの会話を聞いてしまったあの日、言い訳をして家から逃げるようにして出ていったが、その後から本当に仕事が忙しくなった。嘘ではない。
今までだって、それなりに多忙な日々を送っていて、別邸も移動に便利な地域にあったので、本来ならもっと活用すべきだった。けれどは弟たちの顔をなるべく見に帰りたかったのだ。

今は、その勇気を少しなくしてしまった。

「リン……今日もご飯いこ」
「最近、付き合いが良いですね、珍しい」
「みんなからすると、リンの方が珍しいだろうけどな」
俳優仲間のリンとは最近共演しているので、連日食事に出かけている。
夜は可能であれば自宅でとることにしていただが、今は一人で作ったりデリバリーするのは面倒だし、どうせなら誰かと食事をとろうと思ってリンを誘った。
「私はもともと人に食事に誘われる機会はありませんので」
「それ言ってて悲しくならない?」
「なりません。私を誘うのはだけで十分ということです」
リンの優しさが身に染みた。
彼は業界内では交流をあまり好まないタイプだったのだが、同じ年齢ということで共演したが頻繁に話しかけたことで、リンはいつしかにだけは好意的に接するようになっていた。
「本当に、何かあったのですか?」
「うーん、なんか家に帰りたくなくって」
「生娘みたいなことを」
「あはははははは」
頬に手を当てて悩まし気に言うを、ぴしゃりと窘めるあたりは冷静なのだが、反対の手で腕を組んでくるから逃げないくらいには絆されている。
「なんか、弟に拒否されて」
「反抗期ですか?放っておけばそのうち終わりますよ」
「反抗期なのかなあ……?」
タクシーに乗り込みながら、二人でぶつぶつと弟の話をし始める。
「双子で、片っぽは無邪気で懐っこくて、もう片っぽが大人しくて人見知り」
「その様子だと片方だけですか?」
「まあそう、かな」
リンは話を聞いていて、生まれたころから面倒を見ている兄弟ではないので、仕方がないことだろうと呈した。
それに、年齢的にも反抗的な態度をとるころだ。
なんだったら懐っこい弟の方が珍しいのである。
「適切な距離感をもって接すれば、時が解決するでしょう」
「う~……その時が来るまで、家に……帰れないのか」
「それは適切な距離感ではない。あなたは極端なんですよ、いつも」
「い、いつも?」
食事中にフォークを握りしめて苦悩に歪んだ顔をすれば、リンはまたしても厳しく指摘する。
なぜならリンは、のおかしな距離感に巻き込まれて、今こうなっているので。
「親しくしたい、親しくなったと思う相手には近すぎる」
「近すぎ……?」
「それ以外には全く近くないです……なんだったら壁があります」
「壁……」
思い当たる節がないわけでもない。は雷に打たれたようにして、自身の距離感を自覚した。
「それともう一つ自覚しなければなりません、あなたは非常に魅力的だということを」
「え……リンに口説かれてる……?」


は食事を終えて、リンと別れてタクシーに乗り別邸に帰る。
いつも通りに過ごせといわれても、さすがにその足で実家に顔を出す勇気がなかったのと、夜も遅くなっていたからだった。
「おかえりなさいませ」
顔見知りのコンシェルジュには恭しく挨拶され、その後雨に濡れてはいないかと聞かれる。
つい十分ほど前に降ってきた雨だったので、タクシーの中にいたは平気だと答えた。降車したのも、屋根のある敷地内である。
「さきほど、弟さんがいらしていたので───傘を持っていると良いのですが」
「え、弟?二人?」
「いいえ、おひとりで───申し訳ございません、見分けがつかず」
「ああ、それは、そうでしょうね……こんな時間にどうして」
はコンシェルジュに、いつ頃来たのかだけを尋ねて、ロビーのソファに座る。
急遽泊まりに来る行動力はジーンかと思うが、この時はきっとナルの方だと思って電話をかけた。そこに、気まずいという思いは一切なくて、とにかく無事を確かめたい一心だった。

電話に出たナルは、少しの沈黙の後、に会いに来たことを白状した。
雨に降られたがすぐに屋根のある所に入った、心配しなくても家に帰るくらいできる、というけれどはそれを許さず今いる場所を言わせた。
そういえばナルは、の言うことを最後には聞いてしまうな、と思い返す。

傘を持ってタクシーを再び呼び、ナルのいる場所へ向かう最中に、ジーンに連絡を入れるとどうやらナルがまだ帰ってきていないことを心配していたようだった。
ナルを保護して連れて帰るというと安堵して、少し口ごもりながら、何かを言おうとする。
、ナルのこと……』
「ああ───今日、俺の帰りを待っていてくれたんだね」
『今日だけじゃない、ずっとだよ。僕だって……』
「ありがとう、今日は家に帰るよ」
そうして電話を切ってしばらくすると、ナルの言っていた所在地に着く。
タクシーを待たせて、傘をさして周辺を見ると、狭い軒下にナルがぽつりと所在なげに立っていた。
止まない雨に悲観するような、寒さに凍えるような姿だった。
「帰ろう、ナル」
「───……」
顔色が悪いので、の来ていたコートを被せて手を引いて、半ば抱き込むようにしてタクシーに乗せた。



next.

ナルはねこてゃん。
リンさんは出すにきまってたよね。
もしかしたら主人公のことをずっと推してたかもしれない。かもしれない。
May 2022

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