Mirror. 02
*三人称視点リンは恩師のマーティンに頼まれて、ナルに訓練を付けることになった。
前もってサイコメトリーとPKを持つ子供を引き取ると聞いていたが、後に彼らが双子であることを知った。
片割れのジーンには同じ力はないようだが、ナルの気を落ち着かせて力をコントロールすることができるらしく、最初の訓練にも付き添ってやってきた。
ナルとジーンが部屋に入って来た瞬間、服装以外には違うところが一つも見つけられずに驚いた。
けれど次の瞬間には片方がにっこりと笑った為に、すぐに違いがわかる。
「はじめまして。僕の名前はユージン。ジーンと呼んでね」
お手本のような笑顔と挨拶の言葉に続いて、彼は片割れの腕を引く。その子は「僕はオリヴァー」と倣って名前を名乗った。「ナルって呼んでね」とまたしてもジーンが口を挟むことによって、彼らの挨拶は完了する。
リンはこのやりとりで、彼らの関係性を漠然と認識した。
ジーンは興味本位とおそらくナルとリンの橋渡しとして訓練に参加していたが、そのうち飽きたのか送り迎えだけをするようになった。
ナルもリンもわざわざジーンに居てくれと言うこともなく、とうとう必要なこと以外に声をかけずに過ごすという関係性が出来上がった。
リンとしては、特別打ち解けたいわけではなくとも、どう接したら良いのか考えていたある日───ひとつのきっかけが訪れる。
『ねえナル、僕さっき告白されちゃった』
『……こくはく……?』
『僕のことをずっと見てて好きになったんだって』
ナルを迎えに来たジーンが、何の脈絡もなく話し出したのは日本語で、ついさっきの出来事らしい。リンは日本語も理解しているが、二人はそのことを知らない。ナルの両親曰く二人は日本語で内緒話をするそうだが、これも内緒にはいるのだろうか───リンはいたたまれない気持ちになる。
これ以上、ジーンやナルの話を聞いていてはいけない気がした。だが、
『ナルがここで訓練してる間だけでも、付き合ってほしいって言われて───あ、ここの職員なんだけど、多分ナルとも会ったことがあると思う』
少なくとも相手は大人で、仕事中に十三歳の少年に交際を持ちかけたという事になり、聞き捨てならなくなる。
リンが嫌悪感を抱く一方、ナルは理解できないことに思考力と言葉を失っていた。
つまり、誰も止める人がいない状況だ。
『それでいいなら、僕付き合ってあげようかなと思うんだけど』
『───ジーン!!正気ですか!?』
思わず制止の声を上げたのはリンだった。これをナルに止めろというのも酷だったから。
『わあ、リンも日本語がわかるんだね?』
『そんなことは今どうでも良いんです。……ジーン、それはろくな相手ではありません』
『そうかなあ』
ジーンのことは、ナルの面倒をよく見る、思慮深い、賢い子供だと思っていたのだ。まさかこんなところに欠陥があったとは。
あんまりだ、と頭を抱える思いでリンは言葉を紡ぐ。今度は、英語で。
「見知らぬ大人に対して、もっと警戒心を持ってください」
「そうか。うん、わかった」
にっこり笑ったジーンが、本当に理解しているのかはわからない。
こんなところを見てしまえば、聞き分けの良さに対しての信用を失うのも無理はない。
「じゃあ、告白を断っておく」
「その必要はありません……っ誰なんです、あなたに交際を申し込んだ者は」
やっぱりジーンは警戒心なんて持っていなかったので、リンは必死で止めてその告白した相手を問う。
本来なら他人の告白や交際、プライベートについて踏み込むことはないリンだが、目の前にいるのは幼気な少年で、恩師の子供で、そんな子が大人の毒牙にかかろうとしているのだからなりふり構ってなどいられなかった。
そして聞き出したのは、交際を持ち掛けた相手は四十代の男だということ。
リンはマーティンにすぐさま報告し、彼らはありとあらゆる伝手を使ってその男をジーンとナルの行動範囲から追い出した。
以降、リンはナルとジーンがバスに乗り降りするまでついて行くことになり、これを打ち解けたというにはもの足りないが、なんとなく距離感は縮まった。
「───あれ?リンだけだ」
ある日ジーンがいつもみたいにリンのところにやってきた。だがナルはその日体調不良で休みである。
「ナルのことは聞いていませんでしたか」
「僕今日は寝坊してて……ナルが起こしに来なかったのはそのせいか」
「ああ……」
ナルやマーティン曰く、ジーンは致命的に朝が苦手だそうで、一人では起きられない。どれだけ物音がしても、放置されても、ナルが起こしに行くまで眠り続ける。
きっと今日はナルが体調不良で起こしに行けず、他の家族になんとか起こされ学校に行ったから、ナルのことを聞きそびれたのだろう。
「どうりで学校でも会わないと思った」
そうひとりごちたので、ジーンはナルがいないこともよくわからないまま学校で過ごし、ここに送り届ける際にもナルが見当たらず、ひとりでやってきたということがわかる。
だがその無駄足に落胆さえも見せず、のんびり「帰る」と部屋を出て行こうとしたジーンを、リンは思わず引き留めた。
実は断り切れずに受け取ったお菓子があって、ジーンにあげようと思っていたのだ。
この子供は、何を食べても「おいしいよ」というので。
「チョコレートだ、たべてもいいの」
「はい」
ジーンは受け取った後、箱を開いてすぐに一つ口に入れた。
やはり今回も「おいしいよ」と笑った。二つ目に手をのばすあたりそれは本当のことなのだろう。
しかしここで食べていくとは思わなかったので、リンは口直しにお茶を用意したほうが良いかと考えて席を立つ。
暫くして戻ると、すっかりチョコレートの箱は空になっていた。
小粒だが二十個入りのもので、この短時間で一気に食べるとは思わなかった。
「ぜ、全部食べたんですか?」
「リンがくれたから」
チョコレートは食べすぎると身体に悪い。特にジーンはまだ成長途中の子供だ。
あげた方もあげた方だが、食べた方も食べた方である。
「それは……っとにかく、体調は?」
言いたいことはあったが、あげた手前言える立場ではなく、リンはジーンの手首をつかんだ。
ナルと同様に華奢で、体温は低かった。ジーンの視線を感じながら顔を覗き込み、鼻血を出してしまわないか、呼吸や目の動きに異常はないかと注視した。
今のジーンは無表情にしているせいか、まるでナルがそこにいるようで、二人の顔が似ているのは分かっていた事なのに、思わず息をのんでしまう。
「───……、」
「僕の顔に何かついている?」
リンの様子がおかしいと感じたジーンが口を開き、表情を変えたことでリンは手首を離した。
後ろめたさを感じて否定の言葉を口ごもったが、ジーンの黒々とした瞳に急かされる。
「ナルとの違いが見当たらず」
出てきたのは余りにも、陳腐な言い訳だった。
「……うふふ」
柔らかく笑うジーンは、人を惑わせるほどに美しい。
それはナルにも同じことが言えるはずだが、おそらくこの表情の作り方だとか、人への接し方のせいもあって、彼の魅力は引き上げられているのだろう。
それで良いことがあった試しがほとんどないが。
「僕は鏡なんだよ」
続いてジーンの唇から出てきた言葉は、今まで散々瓜二つの双子だと言われてきたにしては、不思議な返し方だった。
鏡はたしかに『姿を映し出すもの』として、彼らにぴったりな代物だろう。そしてもう一つ『手本』という意味があるが、それはよき兄であろうとしているという事なのかもしれないが、───やはり少し、違和感があった。
十六歳になる少し前、ナルは自身のPKに関する実験から身を引いた。
ジーンがコントロールをすれば多大なる力を発揮するが、その仕組みは不明で、ナルが単体で力を使えば身体が持たないということがわかった。
最も実験を嫌がったのは母親のルエラだったが、ナルは訓練を重ねて日常生活の中で暴発しないようになった今、興味があることは別にあった。
それが、ゴーストハントであり、心霊現象や霊そのものに関することだ。
リン自身も所属するSPRにおいてナルは早いうちから関わり、まどかからフィールドワークのやりかたを伝授されていた。
ジーンは相変わらずナルについてくる形で参加していたが、彼は意外なところでその才能を発揮した。───それが、霊視である。
ある時、彼は調査で訪れた家でなんてことない風に、「へえ、みんな母親に殺されたのか」と独り言ちた。
一瞬にして静かになった調査員たちを見て、ジーンは首を傾げた。
「今、口にしてた?」
「堂々と」
ナルは呆れて視線もやらずに言い捨てる。
この口ぶりからして、知ってはいたらしい。
「ジーン、今のは?」
「ええと……」
まどかに聞き返されて、ジーンは一度ナルを見る。だが肩をすくめられただけでその意図は誰にも分らずジーンの裁量に任された。
「この家で四人殺されてる。子供が二人と父親と、祖母かな───犯人は母親で、彼女の浮気が原因だ。他の男と一緒になるのに家族が邪魔だったらしい。だけどその女、生き絶える前の夫に反撃されて、この家で死んでいるね」
ジーンの口から淀みなく出てきたのは、後に事実だったとされる事件だ。
こういったことが度重なり、ジーンは非常に優秀な霊視能力者として重宝されていく。
だが彼はそれを霊視とは呼ばず、ナルが分類する霊媒やサイコメトリーとも認めなかった。
「これは、死をみているんだ───霊はその延長にいるからね」
ある日、何かのはずみでそんな話になったのは、リンと二人でいるときだ。
そしてジーンは思い出したことのようにナルのことを話した。
「生きてる人間の目前の死もわかるんだ。だから、ナルが死にそうなのもわかった」
リンは一瞬深刻な事態かと身構えたが、双子の出自を思いだして落ち着きを取り戻す。
「さいわい、ナルは生き延びたけどね」
すべて他人事のように話すジーンにリンは遅れて気が付いた。
当然ジーンも母親に捨てられて、ナルほどは消耗していなくとも、幼い子供であれば弱っていたはずなのに、時々、彼は自分を存在しないもののように扱う時がある。
───「僕は鏡なんだよ」
ふいにその言葉が思い出され、ゆっくりとリンの心の蟠りとなっていく。
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リンさんとのエピソード詰めで時間経過と、主人公の何か色々足りてない部分。
十三歳くらいで出会ったのは捏造……あれ、どこかで情報でてたかな。
June.2024