Mirror. 04
放課後、ナルが約束通りこの教室に来るはずだ。HRの最中、俺の脳内ではカウントダウンが始まっていた。
最後の号令を解放宣言ととった生徒たちが途端に口を開く。それが俺のスタートの合図だ。
誰に構うことなく席を立ち、机の横にかかった鞄だけを持って教室を出る。
背後に恵子たちの「あ、麻衣!?」と驚く声を聞き、すれ違う先生に「走るな!」と言われても足を止めなかった。
俺が階段を駆け下りてる所に、正面からナルが来た。……そりゃあ校舎にそんなに多くのルートはないからな。
お互い、目を見開きながら見つめ合う。
残り四段くらいを飛び下りていたところだったので、すれ違っていく俺を、ナルは振り返りながら目で追いかける。
滞空時間がやけに長く感じたが、床に着地するとその感覚は無くなった。
「……さよなら~」
階段の上にいるナルに、ひらひらと手を振って、再び階段を駆け下りた。
このまま昇降口まで───と廊下の角を曲がった時、目の前にシャツとネクタイがある。つまりは人の胸だ。
「わぷ」
「!?」
思い切りぶつかり、鼻や口を打ち付けて変な声が出た。
よろめきながら相手を確認するとリンだった。
「───リン!つかまえろ」
あっと顔を見合わせていたところに、後ろからナルの声がした。
どうやら俺の後を追いかけてきていたらしく、リンに命じたのだ。
そして言われるがまま俺の腕を掴んだリンに対して、ナルは悪党みたいに「よくやった」と言いながら近づいてきた。
俺が逃げたことで後ろめたいことがあると思ったナルはすっかり得意げで、校庭の横にある植え込みのところに連行した。
そこは旧校舎と現在使ってる校舎が校庭を挟んで建ってるのが一望できる。
俺はせめてもの抵抗として、リンを盾にしてナルとの間においた。二人とも煩わしそうにするが、意地でも並び順を変えない。
「───どこであの話を知った?」
結局ため息を吐いたナルが諦めて、リン越しに俺に問う。
朝は怪談を聞いてないようなふりをしてたが、ナルはもう隠す気はないらしい。
「さあ?似たような話はいっぱいあるから、てきとうにつなぎ合わせただけ」
「そうかな、随分細かく話していたじゃないか。かなり特殊な状況だし、おそらく人から伝え聞いた話だ」
ナルはきっぱり断定して、ユージンとの関係性を俺に聞き出そうとしてくる。
「少なくとも最近だ……聞いた人は知り合いじゃないのか?」
「覚えてない」
俺がはぐらかすと、ナルは一瞬ムッとした。
「……僕の顔を見ても思い出さない?」
「ハ?」
「この顔を、一度見たら忘れるかな」
「……???」
思わず、助けを求めてリンを見た。
ナルに見えないところで腕を引っ張り訴えるが、頑なに目を合わせてくれず、石のように動かない。
自分の顔に自信がありすぎないか……?たしかにナルが胸を張るほどの美貌を、ユージンも写し取っていたけれど。
ン、と苦い顔をしている俺を見て、リンは何を思ったのか、とうとう弁解するように口を開いた。
「…………これには、事情があるのです」
リン曰く、ナルには瓜二つの顔をした双子の兄弟がいて、彼は現在行方不明となっている、と。
ナルはその人を探しているわけだが───今回俺が話した怪談は、その人の実体験と酷似していた、というわけだ。
「ですからあなたは彼と会って、その話を聞いている可能性が高い。───どうか思い出していただきたいのです」
そんな風に真摯に頼まれても、どうしたらいいかわからない。
麻衣がユージンからその話を聞いてるなんて、関わりをどうやって説明できよう。
「ええと……何か思い出したらその時は言うね」
良い言い訳が思い浮かばず、その場限りの希望を持たせる言葉を吐いた。
突然死んで行方をくらました時点で、周囲が困惑することをわかっていなかったわけではない。
ルエラとマーティンはきっと悲しみ、心配するだろう。まどかやリンだってそうだ。
ナルはもしかしたら探すかもしれないな、と。
だが、ユージンはあの時人間として『死んだ』。
死んだら、それ以上できることはないのだ。
思い出したら言う、と言ったは良いが、なぜか俺はナルとリンの仕事を手伝う羽目になっていた。
この旧校舎に関することで依頼があったのは本当で、昨日からこの学校に来ていたみたいだ。そのためベースを作り上げる荷運びに駆り出されて、いつの間にかなりの時間が経っていた。
おかしいな、何故こんなことに。
「───そういえば、うちのクラスに顔を出す約束は?」
「ああ、忘れてた」
ふと思い出した約束をナルに尋ねると、返って来たのはあまりにも悪びれない態度だった。
「行ってきなよ、待ってるよきっと」
「昨日の怪談は聞いていたしな」
「いたいけな女の子の純情をもてあそんで……」
非難がましくナルを見ると、こてんと首を傾げる。
そうか、今までは同じ顔でも対応の良い俺が傍にいたせいで、ナルに言い寄る人はさほどいなかったんだ。
コミュニケーション能力というのは、人を見てただけでは大して育たないもので、ナルには実際に女の子に言い寄られた時の対処法とか、それこそ応えかたすらもわからないのだ。……育て方を間違えたかも。
「昨日あった三人……恵子とミチルと裕梨は渋谷さんとお近づきになりたいみたいよ」
「僕と?なぜ?」
「そりゃ~、か……ッコよかったんじゃない?」
顔が良いからとストレートに表現するのは失礼なので濁したが、結局同じようなことを言ったので「顔が良いから?」と真実にたどり着いた。
挙句の果てには、にっと口元だけ笑ってこう言った。
「趣味は悪くないな」
……リンぅ~~~~~!!!!
ぐるんっと顔をそっちにやると、リンには配線を組むフリして無視された。
「聞いてよ麻衣っ、渋谷先輩、二年生の転校生じゃないの……!」
「ハ……?」
俺は翌朝、ミチルと恵子と裕梨に囲まれていた。
どうやら昨日ナルが来なかったことで、色々探してみたらしい。
結果、二年に転校生なんかはいないと言うことが判明した、と。
「ゆ、ゆうれいだったのかな?」
「麻衣も見たよね!?」
「ハハハ何言ってんの」
「だってあたしたちが怪談した時───」
がっくんがっくん、と揺さぶられて頭が揺れる。だがその時、
「怪談ですって!?」
と、誰かのヒステリックな声が響き渡る。クラスメイトの、たしか黒田直子だったかな。
教室に登校してくる他のクラスメイトたちも一部は静まり返り、一部はざわめく。当のミチルと恵子と裕梨はシマッタ……と言う顔つきだ。
「どうりで頭が痛くなると思ったのよ」
「ん?」
「怪談をしたと言ったわよね?そう言うことをすると低級な霊が近づいてくるの」
「霊が」
「わたし、霊感が強いのよね。霊がそばにいると頭痛がしたり、酷い時には襲われたりするんだから」
「そうなの……」
黒田の発言に拍子抜けするあまり、俺はポツポツ復唱しながら相槌を打っていた。
「谷山さんは外部生だから知らなくても仕方がないけど……、あなたたちがしっかり教えてあげなきゃ駄目じゃない」
「、」
三人はそれぞれ、視線を下げたりしながら黒田から目を逸らす。
「……まったく、今回は私が除霊しておくからいいですけどね」
何も言わない三人に黒田は痺れを切らして、ピリピリした雰囲気のまま自分の机に向かって行って、すとんっと座った。
「……なんだったの?」
「あー、気にしなくて良いよ?あいつのこと」
「いつものことなの、参っちゃうわ」
「霊が見えるとか言っちゃって、馬鹿みたいよね」
彼女たちは、さっきまでナルを霊と勘違いして怖がっていた口で悪態を吐く。
怪談を楽しみ、霊かもしれない何かを呼び出そうとしてても───それは、あの場限りの一抹の夢だったわけだ。
「ねえ、そんなことより、今日は新作のフラペチーノ飲みにいこ♪」
この通り、女子高生の感心はうつろう。
昨日の怪談なんてまるでなかったことのように誘われて、俺は面白そうだと誘いにノった。
そしてさらに翌日───土曜日なわけだが、下宿先にナルが訪ねてきた。
大家のばあちゃんに呼ばれて外へ行くと、ナルが腕を組んで待っている。
「なんかよう……」
「なんで旧校舎に来ない?」
「??充分手伝ったし、もういいかなあって」
「それはお前が決めることじゃないだろう」
「あんたの決めることでもないっつーの」
俺はやるなんて言ってないんだし、と口を尖らせて言い返す。
そのことを理解したのか、ナルは少し黙ってから「バイト」と口にした。
「君のことを雇う───それで、バイト代を出す」
「そこまでする?……もー……着替えてくる」
頭を掻きながら踵を返すと、ナルは俺が外に出られる格好で戻ってくるまでそこで待っていた。
なんか結局、ユージンと同じことをしてしまった。
俺は稀に、ナルの強い意志には、どうしてだか逆らえない時があるのだ。
一緒になって旧校舎へ行くと、一昨日までは居なかった人達がいた。
気の強そうな女と、軟派そうな男と、西洋人みたいな少年と、日本人形みたいな少女。
俺を見て「誰?」って顔している皆に対して、俺も同じことを思うのだが、ナルが気を利かせて取り持つことはない。
もちろんリンからも紹介はなくて、少なくともSPRからきた人たちってわけじゃないらしい。
とりあえず声をかけて聞いてみようとしたその時、ナルは俺の前にばさりと書類を置いて、教室に温度を測りに行くように言いつけた。
そしてなぜだか西洋人の少年も一緒になって駆り出される。
ナルの日本語の指示に対して「へエ」と珍妙な返事をしていたので、日本語はわかるんだろう……けれど。
「……日本語、わかります?」
廊下に出たところで、念のため聞いてみたらにこっと微笑み頷いた。
「ボクはジョン・ブラウン言います。オーストラリアからおこしやすの、エクソシストです」
「あたしは谷山麻衣、ここの学校の生徒で、渋谷サイキックリサーチの一時的なバイトかな」
とりあえず倣って自己紹介をすると「そうなんでっか!」と明るく受け止められた。
特殊なテイストの日本語だなと思うが、十分に意思の疎通がとれるので、英語を話す必要はないらしい。
そのまま流れで互いに下の名前で呼び合うようになり、終始和やかに温度計測やカメラのチェックを行った。
そして最後、二階教室に置いた温度計を回収して、立ち上がろうとしたその時───壁についた手が突如支えを失う。
───なぜか壁が、割れたのだ。
「麻衣さんっ!!!」
傾いた態勢を立て直す術はなくて、外に投げ出された身体は重力に従い落下していく。
ジョンの慌てた声と、驚いた顔だけはかろうじて分かった。
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ナルシスト発言が楽しい。リンぅ~~!がお気に入り。
June.2024