I am.


Mirror. 07

旧校舎には朝からたくさんの人間が集まっていた。
ナルやリンだけではなく、黒田本人や霊能者がつめかけていたので余程気になっているらしい。やたらと詮索したがり、やたらと攻撃的な人たちに、ナルが若干面倒くささを感じている。
ふと、俺はリンがカメラを回すのに気づいた。たぶん、実験結果を記録するんだろう。
どうせ俺は関係ないし、何となく画角に入らないよう、リンの横に並んだ。
リンは一瞬俺を見たが、笑いかけると何も言わずに目を逸らした。

「昨日皆さんにはある実験に参加していただきました。そしてこれから結果の確認をします。昨日、この教室は人が出入りできないように封鎖をしました。───ジョン、サインは書いたもので確かですね?」
「ハイ」
ナルが話している感じからして、昨日人払いをした教室を封鎖したみたいだが、その時にジョンを連れてきたか居合わせたかして、封鎖に使った板にサインをさせたらしい。
その板をバールで剥がして教室に入ると、殺風景な部屋の中にイスが一つある。
床にはチョークかなにかで円が書かれていたが、イスはそこを跨ぐようにして倒れていた。
元はどういう様子だったかは定かではないけどジョンが「イスが……」と言ったことで察しはつく。おおかたイスは普通に立っていて、そこを囲って印をつけていたのだろう。
ナルは部屋が誰にも入れる状態じゃないことと、イスが倒れてこの位置にあることの確認をジョンも交えてしながら部屋の中に置いてあったカメラに触れた。

そこに記録されていた映像を早送りで見ていくと、部屋に誰もいなくなった状態から数時間後───夜中の二時頃にイスが引きずられるようにして動きだす。そして一時間ほどかけて、今見たように椅子が倒れる状態が出来上がった。

───成功だ。
思わずふっと笑うと、丁度ナルの表情も若干変わって、目が合った。
だけど何をするでもなく、俺たちはそれぞれ視線を外した。
「───これで、僕たちの調査は終了になります」
や、それじゃあ説明が足りなさすぎるだろうと思っていたら、皆も驚き目を白黒させる。
霊能者たちは今しがたカメラに映った光景は『ポルターガイスト』であり、『霊のしわざ』だと断じた。
だけどナルはそう言われることをわかっていたとばかりに、腕を組んでふんぞり返る。
「ポルターガイストの犯人は人の場合がある」
「へ?」
「なにそれ」
「人?おいおい、ここは封鎖された部屋の中だぜ?おまえさんがそうしたんじゃないか」
霊能者の反応がい~い。俺は笑いそうになるのを堪えながら、ナルが次の言葉を吐くのを待つ。
「昨日、皆には『今夜、旧校舎の教室のイスが動く』というイメージを持ってもらった」
「!」
何人かはその言葉で、ナルが校長室に関係者を呼び出して行った不思議な行動を、改めて思い返したようだった。
言われてみればそうだった、というくらい深層心理に上手く溶け込んでいたらしい。

ナルの暗示、それから人の無意識下で起こるポルターガイストの可能性について、ある程度知識のある人達が聞けば徐々に納得していく。
だけど、暗示をかけたというからには、誰が犯人か───と皆が顔を動かした。

そして皆の視線が辿り着いたのは黒田だった。

「わ、わたし……?私がやったっていうの……!?」
「君がやったと考えるのが自然だ」
「ち、ちがうわ!」
「こういった現象は誰にでもできることではない。だいたいがローティーンの子供、もしくは女性だ。そして周囲からの抑圧や不満などストレスを感じて暴発する」
ナルは淡々と黒田に言い返す。
黒田は中学の頃、特別な能力を持つ少女として周囲から注目を浴びている時期があったという。
それが次第に薄れていったのは自然なことだが、本人にとっては由々しき事態だった。
黒田はその権威を取り戻すべく、旧校舎にまつわる不幸な噂を糧に悪霊の存在を仄めかし、注目を集めようとした。
頑なに霊はいると言い張ったのは、その為だったらしい。
だがその校舎に霊なんていなくて、地盤沈下という現実的な問題で塗りつぶされてしまえば、彼女が今まで作り上げた自分の世界観も、周囲からの認識も崩れてしまう。
そのことが過度なストレスとなって暴発した、というわけだ。

「それが、あのポルターガイストっちゅうことですか?」
「だと思う。あれは、黒田さんに地盤沈下していると話した後のことだ。その時は谷山さんも居たが、夜は居ないので除外と考えて良いだろう」
「ああ。……でもまってよ、じゃあ、あたしが教室に閉じ込められたのは!?」
「……説明しようか?」

黒田は当初否定していた勢いを失い、おずおずと頷いた。
何があったかなどほとんど知らない俺は、完全に蚊帳の外状態である。壁に背中を預けてやる気なく経緯を聞く。
「ドアの敷居にこれが挟まっていた、とリンから報告があった」
「!あんたっ、閉じ込めたのね!?」
ナルが手にしていたのは長い釘だ。どうやら巫女さんのことをその釘を使って教室に閉じ込めて脅かしたそうだ。なんで?と思って首を傾げたら、丁度ナルが口を開く。
「直前に、巫女さんにはずいぶんなことを言われたみたいだから」
「ふんっ」
「……っ……、ご、ごめんなさ……」
彼女のポルターガイストは自身が不安を感じることによって巻き起こった暴発だが、今度は逆に委縮してしまい、ただただ震えていた。
そもそも、こんな風に人から軽蔑されかねない事態に陥ることを恐れて、追い込まれていたのだから当然か。
俺は、そっと壁から背中を離して、彼女に近づいた。
黒田の肩に手を回して身体をぴたりとくっつける。
「───っ!?」
極端に強張り、固くなってしまっていることがわかった。黒田は急なハグに驚いていたが、背中や肩を撫でると、次第に震えて泣き出した。
やっぱり、落ち込んだり追い込まれた人間に一番効くのはこの方法である。


黒田がひとしきり泣いたおかげか、皆はこれ以上責める気にはならなかったようで、保健室で目をひやして教室に戻るように言って帰すのを誰も止めなかった。

「───あ~あ、勝手に逃がしちゃって」

だが彼女がいなくなった途端、不満げに俺を見て巫女さんはぼやいた。
「じゃあ、校長先生に報告すれば?それなりの罰はいくんじゃない」
「っべ、別にそういうわけじゃないわよ!」
今更いわれても、と思い提案すると、今度は否定される。
なんなんだ、いったい。
「あ、結局どうすんだ?報告って」
「そのまま報告したらよろしいでしょ、反省していただきましょう」
「せやけど……」
次第に、ナルへと視線が集中する。
今回のお手柄はナルなわけで、報告もナルの裁量に任せるのだろう。
「……皆で協力して除霊した───それでいいでしょう。これ以上追い詰めるのは気の毒だ」
するとナルは、他の霊能者にも黒田にも良いように取り計らった。
案外いいとこあんじゃん、という和やかなムードが出来上がる。
今まで態度が散々だった分、こういう部分で挽回していくんです、うちの子───。

「あたし、我慢してあげてもいいわよ年下でも」

鼻高々だった俺を他所に、巫女さんがナルにモーションをかけ始める。
えっ、そんな、いいんですか、こんな坊やで!?と思ったのも束の間、
「残念です。僕は鏡を見慣れているもので」
ナルはこんなことを言ったのだった。

リンぅ~~~~!!!!と泣きつくように視線をやると、カメラの録画を終了して片付けるふりして無視された。




「───じゃ、お元気で」
とりあえず、晴れてお役御免だろう。
最後の荷物を詰め込んで車に乗り込もうとする二人に別れを告げた。
「連絡先」
「なんで?」
だがナルは呆れた顔つきで、スマホを出して軽く揺らす。
クラスメイトの女の子たちが見たら飛びつく光景だろう。
「まだ何も思い出してもらってない」
「今まで思い出さなかったのが全てのよーな……んん」
ぎろっと睨まれて口を噤んだ。
「それに、アルバイトに雇うと言っただろう」
「え、あれ本気だったんだ」
「あと今回の分もギャラは払う───だから、振込先と連絡先」
増えてるな。聞き出す情報が。
まあ口座は良いんだけど、連絡先はそもそもナルは知ってるだろう、俺の下宿先。
「〇〇銀行東京支店、支店番号ゼロゼロイチ、口座番号はロクロクハチナナ……」
「待て、適当に言ってないか」
「そんなことしたら損じゃない」
とりあえず振込先を言うと、ナルはちょっと引いた顔して止めた。リンまで横でぎょっとしている。
手続の書類に住所や電話番号、個人番号、口座など、色々書かなければいけないことがあって覚えていたのだが、ヘンだったか?
ユージンの場合は保護者がほとんどの手続きを代わりにやってくれたし、最低限の連絡先以外はそもそも知らなかったから覚える必要も披露する場面もなくて。
「もう一回言うよ?」
「いやいい、面倒だからメッセージで送ってくれないか」
「持ってない」
「は?」
「あたしスマホ持ってない。連絡はご存じの下宿先にどうぞ?」
ナルは俺の連絡先を聞くまでは帰らない気のようだったから素直に話すと、このご時世にって顔を前面に押し出した。
「だって、高いじゃんスマホって」
「…………。どうやって生活しているんだ」
ナルは一瞬押し黙ったが、角度を変えて理由を聞いてくる。
別に俺の暮らしは特別苦しいわけではない。単に必要だと思わないから買わなかっただけ、優先順位の話だ。
そのことをナルに言うと「これからは必要になる」と言われてしまい、ワカママなんだから……と肩をすくめた。


結局その日はナルとリンを見送って、約束した日に事務所へ行くことになった。
渋谷サイキックリサーチという名前の通り渋谷にあるらしく、聞かされて道案内の通りオフィスのドアを叩くとリンが出てきた。
そして事務所のソファに座らされて、目の前にはスマホと契約書を置かれた。
「……これは?」
「見てわからないか?支給品だ」
察しの悪い俺にナルは肩をすくめ、スマホを向かいから操作して画面をオンにした。
あ、以前も俺が使っていたナルと同じ機種だ。
「おお~」
「操作はおいおい覚えれば……なんだ」
俺はさっそくスマホを手に取って操作して、登録されていた唯一の連絡先に電話をかける。
すると目の前のナルの腰からバイブの音がして、呆れた顔が返ってきた。
「かかった」
「そのために登録したんだろうが───電話のかけ方くらいは分かるようだな」
「使ったことがないわけじゃないからね」
ナルは電話に出ることなく通話を切ってしまったが、目の前にいるのだから当然のことだ。
そして次は雇用契約書に目を通させて、給与の相談とか調査への参加について、学校との兼ね合いなども話し合った後、俺は正式にナルに雇われることとなった。



next.

人外要素っぽいかどうかはわからないけど、変に記憶力良いといいな、と思って設定つけてみた。
主人公は(離れて初めてわかった)ナルのナルシストっぷりに動揺している。
June.2024

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