Mirror. 09
夏休み初日から、ナルが依頼を受けたので調査にいくことになった。東京から車で二時間くらいのところにある個人の住宅で、外観はかなり古びているけれど中はリフォームされていてかなり綺麗だった。そして一番の"魅力"と言えば、かなりの死───霊がはびこっているところだろうか。
「ワア」
「ふふ、見た目がかなり古いわよね」
家につくなり思わずあげた感嘆は、別の意味にとられた。
ちなみに、依頼人一家は渋谷サイキックリサーチだけではなくて他にも声をかけていたようで、同じ日から二人の霊能者が別々で来ていた。それが、以前俺の学校の旧校舎で出会った人、『滝川さん』と『松崎さん』だ。
「相っ変わらずの機材の山!大したもんよね」
「うへ~わざわざご苦労さん」
そんな二人はどういうわけだかベースでくつろぎ、設置作業をしている俺たちをひやかしてくる。
だがナルもリンも完全に無視なので、お鉢が回ってくるかのように俺が絡まれた。
なので俺も絡み返して荷物の運び込みを手伝わせた。
ナルはまず依頼者の家の住人、その時にいた『香奈さん』『典子さん』『礼美ちゃん』の三人に暗示をかけた。というのも、この家ではたびたびポルターガイストのようなことが起こるからだ。
この手法はマストではないのだが、ナルはよっぽど前回の遅れを根に持っているのか、既に地盤の状態だとかまでチェックしている。
そんなことより俺は、この家の過去の住人を調べた方が良いと思うんだけど、それに値する現象がまだ起きていないし、霊が見える人もいないようだから仕方がないことかもしれない。
だが思っていたよりこの家の霊は反応が早く、住人にした実験の結果を見るよりも前に、大掛かりなポルターガイストが起こった。
夜、八歳だという礼美ちゃんを寝かしつけに部屋に入った香奈さんが、血相変えてベースに飛び込んできた。そして言われるがまま部屋に行ってみると、家具が全て斜めに配置をずらされているという圧巻の光景がそこにあった。
それだけではあき足らず、直後に避難したリビングで今度はすべての家具が逆さまにされているのをみて香奈さんは悲鳴を上げた。
「反応が早いね」
「普通じゃないな」
二部屋荒らしてようやく落ち着いたところで、モニターを見ながら呟く俺にナルは同意にも似た言葉を零した。
多分、俺が何気なく言ったと思っているだろう。目線を滝川さんに移すと彼は親切心なのか「部外者が来たら一回萎縮するもんだけどな」と補足するように話してくれる。
彼らは仕事の意見交換はそれなりにするようで、この家に霊がいるとすればそれらは反発を起こし、俺たちの来訪に腹を立てているだろうと言っていた。
「室温が下がり始めました」
するとリンが声を上げ、礼美ちゃんの部屋の室温が下がったことを報告した。温度と部屋の状態が分かるモニターはみるみるうちに氷点下に達する。
「礼美ちゃんが狙いなのかなあ」
「ンな単純な話じゃねーの」
この家に来てすぐに見た礼美ちゃんには死の気配がしたしな、と思って呟くと滝川さんに頭を小突かれた。
「どうせ地霊かなんかの仕業よ!何にせよ明日とっとと祓ってあげる」
俺は周囲から素人と思われているので仕方がないが、呆れた目はなぜだか松崎さんの寝に行く背中に向けられることとなった。
俺は、自信満々でとても良いと思います。
その晩、礼美ちゃんの部屋の温度が急激に下がった以外は特に目立ったこともなく、翌日は松崎さんが宣言通り祈祷した。周囲の淀んだ空気が一時的に払拭はされたが、その程度ではこの家は綺麗にはならない。
それに、仕事の合間に典子さんと一緒に会った礼美ちゃんは相変わらずだった。
継母だという香奈さんを避けたり、自分が殺されるという妄言を聞くに、彼女は自分に死が絡みついていることは本能的にわかっているのかもしれない。
そう思っていたら、ミニーと名付けた人形を通して、その”死”の声を聞いていたようだ。
「ミニーが話す?礼美ちゃんがそう言ったのか」
「うん。お母さんは魔女で、お父さんは家来で、礼美ちゃんと典子さんを殺そうとしているんだって」
「そんなの、子供の空想でしょ?」
ナルに報告をしていると横で話を聞いてた松崎さんがやれやれ、と首を振った。
彼女がそういう通り、子供の想像力や信じる力というのは逞しいので否定はできないが。
「ただ、ミニーって」
「うん?」
「人形ってほら、よく霊にとりつかれる話を聞くじゃん?」
「……」
俺の漠然とした物言いに、松崎さんと滝川さんも意味深に口を閉ざした。
あくまで怪談でよく聞く題材かのようにいったが、人形は本当に"そう"なのだ。
───中身のない人形には形を持たない存在が入りやすい。
その為、ナルも少しばかりその可能性が心配になったらしく典子さんにミニーという人形を手に入れた経緯などを聞きに行った。
すると礼美ちゃんはミニーを他人に触らせることを酷く嫌がり、貸したり話したりはしなかったそうだ。
だがナルはそれで諦めるようなヤツではなく、礼美ちゃんが昼寝している隙にミニーを回収して空き部屋に置き、試しにカメラで撮ってみることにした。
するとミニーは、まるでこちらをあざ笑うかのように、モニター越しに動き回る姿を見せつけた。
あの人形に入っているのは礼美ちゃんと同じ年頃の少女だった。
そしてこの家中にいるのも、同じ年ごろの子供ばかり。
普通あれくらいの歳で死んだら、だいたい親のそばにいたり、自然と消えてしまったり、何もわからないで弱い意思のまま家に残り続ける程度で、大した害はないはずなんだが。
「い、……おい」
考え事をしていると、ふいにナルに肩を揺さぶられた。
「何をしてる。消火はあっちだろう」
「あ、今ここに───」
俺は言いかけて、言葉を止める。
キッチンで発火現象が起きたことで騒然となり、滝川さんと松崎さん、そしてナルと俺が駆けつけたところだった。俺と松崎さんは消火活動ではなく住人を現場から遠ざける対応をしていたのだが、途中で俺がキッチンの窓を覗き込みに行ったことでナルの目についたらしい。
さっきまで外からこちらを見ている子供がいたから、近づいてその記憶を読み取ろうとしていたんだけど、ナルがこっちに気をやったから逃げてしまったのだ。
「ここに、なに?」
「気のせいかも」
たいしたことでもないので言葉を濁していると、ナルが目を細めて俺を見てくる。
ウ、俺、その目に見られるとなんか弱いんだ……。
「……なんかあ、外から覗き込んでる人影を見た気がしてえ」
「人影?どんな?……いないが」
「あは……子供だと思ったけど、でもそんなわけないよね、外から覗ける高さじゃないか」
ナルが窓を開けて外を見るがもちろん誰も居なくて、笑いながら気のせいであることを主張した。
だが子供と言ったせいで必然的に、皆は礼美ちゃんの存在が気になってしまい、彼女は典子さんに詰められて興奮した結果、ポルターガイストを引き起こした。
俺がうっかり礼美ちゃんが疑われるようなことを言ってしまったけど、その後続く被害が集中したことだとか、礼美ちゃん自身がミニーに脅されていることを証言したこともあって、結局礼美ちゃんを中心に事が起こっているということがわかった。
ナルに言われたからというのもあるが、一応詫びとして礼美ちゃんの護衛をしている。
足を怪我した典子さんを励ますために、お花を摘んだり、お歌を歌ったり。
ちなみに香奈さんは昨晩、「こんな気味が悪い家には居られません」と書き置きを残して出て行ってしまった。まあ、正常な判断である。
「お姉ちゃん足いたい?」
「う~ん、礼美がいてくれるから、平気になっちゃった」
仲睦まじい姉妹のような叔母姪の光景を眺めた。
未だ礼美ちゃんにはまだ死の気配が漂ったままだが。
「───ミ、ミニー!」
突然、礼美ちゃんのそばにミニーに入っていた子供の姿が現れた。
今人形は滝川さんたちの監視下にいるはずだが、その人形から出れば動き回るのも容易いだろう。
礼美ちゃんが目視しても典子さんが分かっていないのはおそらく、礼美ちゃんが死に近く、声を聞きすぎたせいだ。
俺は周囲に視線を巡らせて、他にもこっちを窺っている子供たちを確認した。
「やめて!こっちにこないで!」
「礼美だめ!麻衣ちゃん、あっちには池があるの!!」
怯えて走り回り、どこかへ駆け出した礼美ちゃんを、必死な声で止める典子さん。
俺は言われたとおり、礼美ちゃんの後を追いかけて走り出した。
「おねがいやめてぇ!!ごめんなさいっ!」
庭の先の角を曲がり礼美ちゃんの姿が見えたとき、彼女は池のそばに立つ木に縋りながら、追いかけてくる子供たちを避けようとしていた。
だがその足元はおぼつかず、池の方へと追いやられていく。
「あぶな、」
走り寄って礼美ちゃんを捕まえようとした寸前で、彼女は足を滑らせどぽんっ!と水に落ちた。
そのまま俺も流れるようにして池に入る。
気泡が上がる当たりをめがけて潜る寸前に、足を引き摺って追いかけてきた典子さんの悲鳴を聞いた。
暗い水の中で目を開ける。
池の中は水草や泥、小石や木の枝、枯葉などが漂ってきて、非常に視界が悪かった。
だが藻掻く人のいる水の流れや、何より礼美ちゃんが待とう気配が俺を呼び寄せる。
礼美ちゃんに辿り着いて引っ張り上げると、容易くその拘束は緩んだ。
ざぱっ、と水から顔を上げると、礼美ちゃんはすぐに自分で息をしだした。
俺も池の底に足はつかないが、礼美ちゃんはもっとだろう。じたばたと暴れながら、必死に顔を上げる。
パニックになる彼女の腰をぐっと掴んで持ち上げると、俺はほとんど水に沈んでしまうが、別に溺れる心配はないからいいだろうと岸辺に近づく。
「礼美っ、礼美ぃ!」
「おねえちゃぁん!!」
そして這いずってやってきた典子さんに礼美ちゃんを支えてもらって、なんとか池から上げた。
「麻衣ちゃん、本当にありがとう……っありがとうっ!礼美、本当によかった……!」
「いいええ」
典子さんは大泣きする礼美ちゃんと抱擁を交わしながら俺への礼を繰り返し言う。
そしてようやくこの騒ぎが耳に届いたらしい滝川さんと松崎さんが駆け寄ってきて、ずぶ濡れの俺たちを見て顔面を蒼白にした。
next.
人外要素。主人公は息が出来なくても死なない。
June.2024