Mirror. 11
原さんとジョンが来てから、かなりことが進んだように思う。特にジョンの力というのがこの家の霊に効いた。性質的に悪いものを避けるのが得意なんだろう。
一方原さんは夥しい死の記憶にあてられたのか使えなくなってしまい、しばらくはナルに言われて休息をとることに。
その後回復して除霊することになったが、どうやらナルが自分の前で霊を殺すのが嫌みたいだ。
霊媒というのは生きた人と死んだ霊の区別をつけづらい人もいる。そして情が深くて、相手の立場に立って物を考えすぎる。なにより死について知りすぎてしまう、こういう子たちはきっと辛いのだろう。
小動物みたいに震えて俺にしがみつく原さんを見下ろした。
俺のことたいして好きじゃなさそうなのに、……もしかして、暖をとられているのだろうか。もしくは盾に考えているのかも。
女の子の距離感って独特でいまだにわからないが、とにかくその身体を抱き返しておく。
ぴと、とくっつくと少しだけ強張った肩が和らいだような気がして、やっぱり不安だったのかとその背中を撫でた。
───結局、原さんの懸念は起こらず、ナルは除霊ではない方法で女の霊をやりこめた。
求める娘を連れてきたのではなく、娘を模ったヒトガタを使い、一種の勘違いをさせた。
あの女は自分の"死"ではなくて娘の"死"を纏っていたのだ。それが覆された今、この世に縛り付ける柵などなく、あまりにあっけなくこの世から消えた。
そんなわけで無事調査が終わり、東京へと戻って来た。
するといつもの日常が再開されると思うのだが、少しの変化が訪れる。
「こんちゃーす」
「おつかれー」
「こんにちは」
滝川さんと松崎さん、そしてジョンがそろって事務所に顔を出した。なんとなく場所を知っていたようだが、この前の調査の時に住所を聞かれたから教えた。
そしたらこんなことが起こった、というわけである。
「麻衣ちゃんアイスコーヒーいれてちょーだい」
「あたし紅茶。ストレートでホットがいいわ。ここクーラー効いてるし」
「ジョンは?」
「あ、ボクはそんな……」
「どうせ二人のいれるからいいよ、何を飲みたい?」
「……ここは喫茶店じゃないんだが?」
どやどや入ってくる連中が俺に飲み物を注文してくるので応じていると、ナルが怒りに震えて声を上げた。
そうだな、喫茶店は下の階にあるもんな。
だが俺だって彼らの目当てはわかるぞ。
「お茶を飲みに来ただけのわけないでしょ」
俺はそう突っ込みながらスタスタと給湯室の方へ行った。もうジョンの分は滝川さんと同じものをいれてしまおう。
「そーそ、ちょっと顔見に」
「そして顔を見せに来てあげたってわけ」
「あ、ボクも近くを通りかかったんで、挨拶でもと」
「ご親切をどうも、でしたらもうお済みのようですのでお茶はいりませんね」
衝立の向こうで話を聞きながらお湯を沸かす。
ナルはお茶を振舞うことで歓迎の意になることを避けているのかもしれないが、それはもう遅い。
簡易的に入れられるタイプの飲み物が揃っている為、割とすぐに準備が出来てしまった。
皆が座るソファの前のテーブルにコトコトと置いていくと、ナルが俺をぎんっと睨んだが、スルーする。
「そういえば麻衣、この後暇?バイト何時まで?食べたいものあったらおごったげるわ」
「……たべたいもの?」
「どうしたの綾子ちゃん太っ腹~」
「っさいわね、この間の詫びみたいなものよ」
「詫び?ああ、気にしなくて良いのに」
ふいに松崎さんが言い出したことに首を傾げていたが、滝川さんとのやり取りで思い出す。
俺が彼女の祈祷に付き合った際に、霊が俺を井戸の中に引きずり込んだことを気にしているらしい。
本来俺は霊からすると非常に感じづらい存在のはずだが、人間でいるときはそれも万全ではないということだ。珍しいこともあったもんだ、と思ったくらいなので本当に気にしていなかった。
とはいえ相手の気が済まないのならついて行く方がいいだろう。
「えーと、今日は特に用事がなくて、バイトは17時半までだけど」
「じゃ、それまでどこかで時間潰してるわ。そうだ、スマホ出して」
「……連絡先の交換?……してもいい?」
「は?」
俺が途中でナルに視線をやったのが、皆には違和感だったらしい。
そしてナルも、俺に聞かれたことで驚いている。
あれ、おかしかったかな。これは支給品の端末だし、そうでなくたってユージンの頃はナルに誰彼かまわず連絡先を交換するなって怒られてた。当時逐一許可をとってた癖がでてしまったのもある。
「……なに?束縛?やめたほうがいーぜそういうの……」
「あんたたちどういう関係なの?」
「えと、ボクも交換して、よろしおすか……?」
「勝手にすればいいだろう」
挙動不審の三人に対し、ナルは不機嫌そうに言い放った。
事情を知らない彼らにはナルがとんだ束縛男に見えてしまったらしい。
夏休みが終わって、俺はナルの許可が出たからクラスメイト達と連絡先を交換した。
バイトの支給品とは言わずに、お金貯めて買ったということで。
もちろん通信費はナルが払ってくれるので使いすぎたりはしないようにするが、皆は俺が親元離れて下宿に身を寄せているということは知っているので、その辺の気遣いはさらっとしてくれた。
そして徐々にチャットアプリの使い方なんかも覚えて、これはかなり普通の水準になって来たのでは?と自分のレベルアップを感じてきた今日この頃、俺のスマホに着信が入る。
相手は滝川さんで、どうやら明日は依頼があって事務所じゃなくてどっかの公園に来いとのことだった。
「おめかししてらっしゃい♡」と言われたのでよくわからないまま、パーカーとジーンズでいくと、ナルと原さんと滝川さんが既にいた。
「麻衣?滝川さんが呼んだのか」
「そ。俺があぶれちまうだろ」
「は?」
俺の雇用主であるナルが連絡してこなかったのは、俺が来ることを知らなかったかららしい。だがナルは滝川さんに言われている言葉の意味が分かっていない。正直俺もわかっていないが、もっと知りたいのは別のことだ。
「え、これ給料出ないの?」
「今度映画でも遊園地でも奢ってやるよ」
「もお~」
まあ、滝川さんと遊ぶのは楽しそうだから、それはそれでいいか。
「つーか麻衣、おめかしして来いっていったろー」
「どういう意味だかわからなくて」
「今日はデートだ、デート」
「デート……???依頼じゃなくて?」
依頼と言われれば動きやすい格好がセオリーなので、おめかしといわれても、これが精一杯である。
今回の調査は、元はと言えば原さんからの依頼らしい。
どうやらこの公園で、男女が二人でいると水が降ってくるという怪奇現象が起こるとか。
特にカップルが密着している時が条件らしく、ドラマのラブシーンを撮影した時に何度も邪魔をされ、芸能界に出入りしている原さんが知り合いを通じて監督から相談された、と。
いや霊になってまで、カップルに水をかけてくるなんて、質の悪いやついる?───あ、いた。
「へええ~それは大変な」
「あたくしの大変お世話になってる方ですから、力になって差し上げたくて」
話を聞きながら公園の中にある気配を一つだけ見つける。
記憶を読むまでは集中していないが、ここには霊がいることは確かだ。
「そのカップルに、あたしがなれってこと?別にいいけど、それなら事前にちゃんと言っといてくれればいいのに」
「まさかいらっしゃるとは思いませんでしたもの」
「だからおめかししてこいって言ったろ」
「それだけじゃわかんないし。………………やるの?」
呆れつつナルをみやると、きょとん、と首を傾げた。
「僕が?まさか」
「あら、せっかく滝川さんが二人ずつを考慮してくださったのだし、やりましょう」
バッサリ答えたナルだが、原さんに軽やかに腕をとられる。
最近は原さんとのデートが落ち着いたと思っていたが、近頃復活したのかしら。
「こういう時ぐらい付き合ってくださってもよろしいでしょ?」
そんな口ぶりからして、普段はナルも断ることに成功しているのかな、と思いながら見送った。
俺はナルの情緒の発達は遠くから見守ると決めているので。
「んじゃ、やりますか俺らも」
「はーい」
肘をくいっと曲げた滝川さんがエスコートの姿勢をとったので、俺はそこに手をかけて方向を変えた。ナルが未練がましくこっちを見ているような気がしたが、すぐに視界に入らなくなった。
「とりあえずなんか飲むか。何が良い?買ってやるよ」
「滝川さんと同じの飲みたいな」
「……いやいやいや、お前そんなところまで気を使う必要ねーから」
一瞬呆けた後に、滝川さんは手を振った。
前に松崎さんとご飯に行った時、滝川さんとジョンもついてきてて、松崎さんと同じものを食べたからそう言ってるんだろう。
「気なんてつかってないよ。滝川さんの好きな味教えて?」
「クッ……今のはちょっとキュンときた」
「やったー」
「やったーじゃねえっつの」
こん、と頭を小突かれながらも笑った。
俺は飲食物を選ぶとき、たいてい人と同じものにするのだが、それを誤魔化すときは大体こうやって言っているので、常套手段だ。これは松崎さんにも通用した。
……ナルが居たときはナルの真似をしていればよかったのにな。
滝川さんが恐らく気を使って買ってくれたホットミルクティーを、しみじみした気持ちでベンチで飲む。
「久々に飲んだけど甘いわー」
「いつもアイスコーヒーだもんね。あたし、ブラックコーヒーでも飲めたよ?」
「そこは男に格好つけさせろって」
「ならもっと隠しなさい」
「あいて」
今度は俺が滝川さんをぺちっと叩いた。
そのまま霊の気配を探ると、俺たちへの興味関心が注がれていることが分かった。
原さんは感づいているのかと少し離れたところに座る二人を見ると、談笑している気配がこれっぽっちもない。
「なんかあんの」
「いやあれ、やる気あんのか、ないのかわかんないの」
俺の視線に合わせてきた滝川さんに顔を向けて、視線だけで原さん達を示す。
すると滝川さんもそのまま視線だけをやったあと、俺を見た。
「なさそうです、隊長」
「あたしたちが頑張るしかないってことか?」
「そのようです、隊長」
「なに隊長って」
大きい身体を屈めていたので、至近距離で顔を突き合わせる。
しかしこの距離で顔を見つめ合ったとして、麻衣と滝川さんって色素の薄い感じが似ているからなんとなく兄妹っぽいんだよな。年齢的には少し離れているけど。
「───あっ」
俺の懸念を他所に、ぞくりと悪意のようなものを感じて、滝川さんの身体を押し返した。
お、と離れた彼に反して俺はそっと立ち上がり、更に見上げる。
女と、目が合って、ニイと笑う。
その瞬間、視界が水に濡れて塞がれた。
next.
人形の檻みじかくなりました。そして流れるように公園の話に。
今回はぼーさんとペア。これが公式()なのに私はここでぼーさんとペアにすることが少ない気がする……すまんやで。
ぼーさんが最初からオトリ作戦を考えるかはともかく、ナルと真砂子がいるなら麻衣も呼んだろっていうWデート感覚で呼びました。
June.2024