I am.


Mirror. 14

全員にインカムを持たせて各所の除霊に回っている最中、俺は中継地点のベースに待機しながら事務処理をしていたが、やがてやることがなくなってしまった。
これをナルは寝ている呼ばわりするのだけど、だからって何もしようがない───と、思っていた時に会議室のドアが開く。
新しい相談者か、と期待して顔を上げるとそこに居たのはタカだった。
「どうしたの?」
「やっほー、進んでるー?」
「数が多すぎて、なんとも」
「うわあ、これ全部相談……?」
懐っこい笑顔を浮かべる彼女に、俺も笑い返して応じる。
そして長机の上にある相談一覧を軽く見せると、驚いてのけぞった。
今は知り合いの霊能者を掻き集めて、現場のチェックに行っているのだというと「ごくろーさま」と労われた。
「……にしても、どうなってんだかねえ。幽霊だ呪いだ超能力だ。あとはUFOがくれば完璧」
「今"超能力"っていった?」
「え、うん」
「知らなかった。そんなことあったの?」
俺はタカがぼやく言葉の中に聞き慣れないものを見つけて拾い上げる。相談の中に超能力に関する出来事はなかったからだ。
タカが言うには三年の笠井千秋という先輩が、夏休み明けからスプーン曲げを披露したことで話題になり、彼女を取り囲んで学校中でブームが巻き起こったというのだ。
しかしその人気や学校で起こる騒ぎを気に食わない一部の層がおり、争いが勃発。最終的に彼女一人を全校集会で吊し上げる事態にまで発展した。
その吊し上げというのが、衆人環視の中で能力を発揮して見せろというものだ。
ものすごいプレッシャーの中、本来なら萎縮して難しいことだが、彼女はやってのけてしまった。きっとその感情が爆発していて功を奏したのだろう。……つまり、本当にその力を持っている可能性は高い。
しかし話はそこで終わらず、目の前でその異質な能力を見ておきながら、反対派はインチキだ、ペテンだと全否定したのだ。
「あらら、それは、どうしても認める気がなかったってこと?」
「絶対そうだよね?でさ、笠井さんってばさらにブチ切れちゃって───『呪い殺しいてやる』って言い放ってた、吉野先生に」
「あっはははは」
「いや笑い事じゃないよ~。今こんな状態になってるのもさ、一部では笠井さんの呪いのせいなんじゃないかって話してるんだよ」
ていうか吉野先生だったんだ、『笠井さん』を吊るし上げた張本人。そう思いつつ俺はその光景を想像して笑った。
……つまり、笠井さんが吉野先生を呪ったということだろうか。
「笠井さんに、会ってみたいな」
「授業以外ではたぶん、生物室にいるんじゃないかな?生物部だし、そこの顧問の産砂先生が笠井さんのこと守ってる感じ」
「へえ」
そうしてタカから聞いた話をもとに、俺は笠井さんのところへ行こうと思ったがベースを開けることができないためナルに一度連絡を入れた。
最初は一人で行こうと思ったのだが、ナルから聞かれていくうちに笠井さんの話をすることになって、結局ベースに戻って来たナルから一人で動くなと叱られた。


実際訪ねた生物室には線の細い物腰柔らかな女が居て、訪ねて行った俺とナルに対応した。彼女が『産砂先生』とやらだろう。
ナルと俺が名乗ると「産砂恵です」と名乗り返した。
そして件の笠井千秋は、俺たちが入って来た時から不自然に顔を背けて、知らないふりをしている。
「笠井さんなら……」
「知らない!話すことなんてない!」
「でも、調査に来てる専門家の方々よ?頭ごなしに否定したりはしないわ」
「───どうだか。どうせ信じてくれないんでしょ」
「なぜです?スプーン曲げを否定するサイ能力研究者はいません」
二人の問答にナルが入っていくのを眺める。
笠井さんに才能があるかどうかは今の段階ではよくわからない。ナルのように膨大な力を持っているなら普通にしててもそのエネルギーの強さはわかるけど、そうではないんだろう。
話しているうちにナルは笠井さんに対して「スプーン曲げくらい僕にも出来ます」と言い放っていた。
そしたら案の定やってみせろという展開になり、ナルは諦めたように一度息を吐く。
スプーン曲げ程度なら大丈夫だろうと眺めていると、少し身体の状態をリラックスさせてから力を練った。見ている限りだと、ごく少量の力を注いでいて、スプーンを曲げた。……それどころか折ってしまったが、笠井さんの心をつかむことは成功したようだ。

ナルは笠井さんにもやって見せてほしいと言ったが彼女の力は弱ってきており、嘘で誤魔化そうとした。
それは身体を折り曲げて足の間にスプーンを入れ、イスの縁に押し付けて曲げるというありがちなトリックだった。今より数十年程前になるが、日本でスプーン曲げが大流行した時に、そういう手法も流行ったのだ。
ブームの発端となった超能力者、ユリ・ゲラーになぞらえてゲラリーニと呼ばれた、生まれたての超能力者たち。その中には本当に才能が開花した子もいたが、嘘つきもいただろう。そして本物だった子供たちも、その力は長続きすることはなく失われていった。そのせいでトリックを使う方法をとる人間は増えた。
だから今や、日本ではスプーン曲げと聞くとインチキの象徴として、眉を顰められるのだ。

「スプーン曲げ?あれを聞いて、インチキじゃないっていう人いるぅ?」
───こんな、松崎さんのようにして。

「そうかな、僕は本物だと思うけど」
「どーだか」
「彼女、今は力が弱まってるんだろ?」
「ああ」
ナルが生物室からの帰り道に自分のスプーン曲げのことを内緒にしてくれと懇願してきたので言わないが、笠井さんの話は共有事項だった。
怪奇現象に悩まされて参りかけてる筆頭の吉野先生が、笠井さんと対立したことは確かに重要な気がするし。
ただ、笠井さんの気は本当に弱くなっていて、人を呪えるような力はないと思うのだが。
それこそ俺は産砂先生から感じる妙な歪みの方が気になった。死を纏うでも、気を放つでもなくて、どちらかというと枯れかけて、破綻しそうな生命力で、かといって別に死期が迫っているわけでもない───……。



この日は、原さんが例の席に霊が居ないと言ったことからはじまり、誰も除霊の手ごたえを感じられないまま終了した。
次の日も相変わらず手探り状態のまま、ひたすらに相談があった場所へ行く総当たり調査が続いている。
相変わらず俺は中継地点としてベースで暇していると、訪ねてきた人がいた。その人は相談者でも、タカでもなく、笠井さんだ。
長い髪をさらりと流して、俺を見る目は怯えを隠すのに必死だった。
境遇を思えば憐れな子だ。彼女には今なんの力もないようなのに、それが誰にも分らない。
だがスプーン曲げで注目を浴び、人間関係が壊れ、今は色眼鏡的な目で見られる生活を送っている。
「除霊すすんでる?」
「ううん、霊媒の人が、霊は見えないっていうから」
俺からしても、具体的な正体は見えていない。ただ何かが絡みついている場所はわかるのだが、それが何を示しているのだかはわからない。
少なくとも単純に死んだ命が残っていて、何かをしているというのとは違うと思うのだが。
「ええ!?こんなに変なことがいっぱい起こってるのに」
「その人しか霊視できる人がいないんだよね」
「渋谷さんとか、あんたは?」
「所長はゴーストハンターで、単なる研究者。あたしはバイトの事務員」
「へえ……ゴーストハンター……」
笠井さんは聞き慣れない言葉を咀嚼するように唱えた。
「笠井さんは?スプーン曲げだとPK-STかな」
「あ、うん!あたしはESPとかはないの」
俺がPKの種類まで言及したことが驚いたのか、笠井さんは少し表情を変えた。どうやら彼女は専門的な知識を産砂先生から学んでいたようで、身近にそういう話ができる人がいないらしい。
「産砂先生って詳しいんだ。そういえばユリ・ゲラーのこととか、スプーン曲げの誤魔化し方も知っていたっけ。かなりマイナーな知識」
「ん。あたしのこと庇ってくれるから、ほかの先生やPTAにも色々言われてるんだよね」
自嘲気味に笑う彼女からは、憐みの情感に満ち溢れていて、産砂先生を敬愛している気持ちがよく伝わって来た。
「でもあたしのこと、自分の後輩だから守ってあげたいって……」
「後輩?湯浅を出てるのかな」
「だと思うよ。ここの女性教員って大体卒業生って聞くから」
卒業生であるとしたら生徒全員が後輩だろうに、と違和感を抱いた。
「産砂先生の出身地は?珍しい苗字だもんね、あ、結婚して苗字がかわった?」
「いや、先生は独身。出身はどうだろうね、産砂って確かに初めて聞いたな」
「それにあの豊富な知識はどこで得たんだろう」
「だよね!あたしの知らない事いっぱい知ってるんだ」
笠井さんが喜ぶのと、俺の興味が一致して産砂先生の話題で盛り上がったが、笠井さんは案外先生についてを多く知らないようだった。
一人暮らしで、車の運転免許はもっていて、AB型で、運動が苦手……という情報は得たけど、これが何かに使えるだろうか。


ベースに集まって成果を報告する時間になると、皆やはり何の手ごたえもないようだった。原さんは霊の姿を見ることがないので、なんなら学校に嘘をつかれているだなんて拗ねている。そして頼みの綱がこれなので滝川さんや松崎さんが辟易する。ジョンは苦笑しているが疲労によって覇気が薄れている。ナルもぼうっと外を見つめて考えに耽っていて、俺は肩越しにガラスに映るナルの顔を見ようとして近づいた。
「……ジーンがいれば……」
「───なに?」
「!」
小さく呼び求める声がしたので聞き返す。だがナルは肩をびくりと跳ねさせて、俺を見た後にすぐ目を逸らした。
「別に、ただ信用のできる霊視能力者がいれば良いと言っただけ」
「そう」
ユージンの、ひいては俺の霊視能力を信用していたんだな、と思って笑う。
とはいえ俺も、ここの状態がよくわかっていないんだよな、学校全体を見て回ったわけではないし……。
「二人もまたいくの」
「ああ」
他の面々がブツブツ言いながら再び会議室を出て行き、ナルとリンが残ったので声をかける。
「あたしもいきたい」
「は?」
「だってあたしだけ、学校ちゃんと見てないもん」
「麻衣に見せて何の得があるんだ?」
「さあ?それはわからないけど」
リンは終始ナルに委ねて無言だったが、ため息を吐いたナルがリンに待機を命じるとぎょっとする。
「まさか二人で回るんですか?」
「以前麻衣はたまたまだろうが霊視しているから、試し連れていってみるだけだ」
「それならナルがここで待機をするべきです」
「何故?」
「生物室に人に会いに行くのとはわけが違います」
「ここはそんなに危険な場所とは思えないが?」
お、今度はリンが饒舌になりだした。
そしてナルも特に譲る気持ちはないらしく、リンに言い返している。
だがここで言い合いをしていても無駄なので、俺は二人の間に立って手を振り意識を逸らす。

「……もう三人でいこうよう。いい加減新しい相談者はこないだろうし、皆の連絡先知ってるんでしょ」
こう提案すると、二人は口を閉ざした。



next.

産砂先生のプロフィールは適当に考えました。
July.2024

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