Mirror. 16
産砂先生の病室を訪れた翌日、湯浅高校のベースに集まった面々にナルが厭魅の説明をした。ヒトガタをつかった呪詛で、大まかに言うと名前を書いて力をこめると成立する。その儀式によって呼び出された悪霊が、名前を書かれた相手をじわじわと殺しに行くというものだ。
「じゃあ麻衣の前に現れたのは、厭魅で使役されている悪霊ってことか?」
「その線が高い」
「せやったら、麻衣さんはこれから呪詛が進行していくんですか」
「ヒトガタを燃やして灰を水に流せば、呪いも逃れられる」
ヒトガタは対象のそばに埋めるか天井裏などに置くのが効果的とされていて、おそらくこの学校の敷地内にあるのではないか、というのがナルの推測だ。
「じゃあヒトガタを探さないとだね」
「簡単に言ってくれるなよ……かなりの広さだぜ?敷地内ったって」
滝川さんに頭をゆらゆら揺さぶられる。
俺は呪われたことと昨日産砂先生に会いに行ったことで、その気配は辿れるようになったので早めに見つけてやろうと思う。
ところがナルは、ジョンと滝川さん、原さんと松崎さんにそれぞれヒトガタ探しをさせて、ナルとリンと俺で犯人特定について調べるというのだ。
「ちょっと待ってください所長~、あたしもヒトガタ探しがしたいで~す」
「犯人は麻衣を狙ったんだから、特定のために少しは普段無駄にしている頭を使え」
……これには反論できず、挙手を下ろした。
まず三人で向かったのは呪いの席だ。
丁度授業をしている時間だったが、生徒は別室に移動する科目だったようでその教室には誰もいなかった。
ナルとリンが机を探ると、板の裏面に張り付いていたヒトガタが見つかった。
これは対象が個人ではなく、その持ち主や使用者を呪うタイプだったので、その席に座った人たちが次々と事故に遭ったということになる。
次は同じく場所に関係する怪奇現象に絞って、陸上部の部室へ赴き、床の一部えぐれた部分に埋まったヒトガタを掘り出した。やはりこれも、席に置くものと同タイプだ。
この二つを手がかりにタカをベースに呼び出し、席と陸上部、そして俺に関連することで何か思い当たることはないかと聞いてみることにした。ちなみにリンはヒトガタ探しに合流させた。
タカいわく、席に一番最初に座った人は『村山さん』といい、スプーン曲げ反対派の中でも気が強い人で、学年が上の笠井さんにも教員である産砂先生にも文句を言いに行った人だそう。
陸上部は、顧問が反対派であることから部員も影響を受けていて、引退前の三年生がクラスメイトに多くいた笠井さんは彼女らにいじめを受けていたのだとか。
おそらく呪われているだろう吉野先生も、笠井さんを朝会で糾弾した張本人だし、俺に至っては他の生徒とのかかわりはほとんどないということで、この繋がりの中心にはやはり笠井さんがいると思われる。まあ、あとはやっぱり産砂先生もだ。
しかしどうしても笠井さんの方が存在として目立ってしまう。
「───笠井さんが呪ったとは思えないけどなあ」
「……この状況でそう言える根拠は?」
ぽつりと意見を言うと、ナルは首を傾げた。
「あたしは笠井さんと仲良いもん」
「個人の主観じゃ参考にならない」
「でも、被害者の条件が反対派であることじゃなくなる───すると、笠井さんが犯人と言えるかな?」
「これまで多数の人間が反対派なんだ。麻衣は何か別の条件が当てはまるんだろう」
「別の条件ねえ。それこそ、笠井さんを焦点に置くのはやめて、産砂先生にしてみたらどうかな」
俺は足を組み、イスの背もたれに寄りかかった。
そしてナルを見ると、続きを促すように首を傾げる。
「産砂先生は笠井さんとほとんど同じ目に遭ってる。そしてあたしとは仲良くない」
「呪詛は誰がやっても成功するものじゃない。麻衣を呪う理由も薄いだろう」
「そうかなあ」
ナルは昔からよく気になったことを、まるで否定するかのように聞いてくるが、それはけして本当に否定しているのではなくて可能性を高める行為なのだ。
本当に駄目なときは暴言がとんでくるし、突き詰めて否定などしてこない。この問答をしたということは、ナルに関心が生まれたということ。
話を終えると、ナルは調べることができたから、俺にはリンのところへ行くように言った。
リンとも連絡先を交換していたので電話をすれば居場所を聞けたのだろうが、俺はその言いつけを無視して自分に向けられた感情の気配を探した。
呪詛は俺の目に映った瞬間に返ってしまったが、それは産砂先生が命を落とすまでは効力を持っていて、消えたわけではないから辿れるのだ。
やって来たのは校舎の外にある、学生会館建設予定地と書かれた空き地。
フェンスで囲われているが、左右を確認してみると視線の先にはドアがある。基礎工事すら始まっていないので、関係者の姿はない。
敷地内に入って目を細めて検めると、燻る煙のようなものが一帯に広がっているのがみえた。
近づいていくと、周囲は雑草が生えていて、特に最近何かを埋めたり掘り返したりした感じは見られなかった。
だがすぐそばにマンホールの蓋を見つけて理解する。
おそらくここからヒトガタを投げ入れ、地下にため込まれているんだろう、と。
蓋はずらされて小さな隙間があるが、産砂先生がやったのだろうか。力持ちだな、蓋はひとつ40キロくらいあるだろうに。
麻衣の非力な腕で、蓋を引き摺ってずらし、足を下ろした。
そして梯子に足をかけて身体の半分ほどを中に入れたその時、「麻衣!」と背後から呼びかけられた。やべ、ナルに見つかった。
「そこで何をしてるんだ!?リンのところへ行けと言っただろう!」
「あ、あはは~」
リンがいない事は一目でバレてる。
すーっと身体を下ろしながら追及から逃れようとしたが、俺は足を滑らせてガクッと落ちた。
「この馬鹿っ」
「わあん……」
麻衣になってからでも百回くらい聞いた暴言に打ちのめされながら、俺は手の力だけで梯子に掴まった。急いで走って来たナルが俺の腕をつかむのは思いのほか早くて、足をかけ直した梯子が折れたのと同時だった。
「「!?」」
落ちるとき、ナルの身体も降ってきた。
下手したらナルは死ぬ───と、その身体を抱きしめた時、ナルからエネルギーが溢れ出すのがわかった。
スプーン曲げの時とは違う力の大きさに、俺は咄嗟にナルの力を吸い取って、増幅してナルに返す。ユージンよりは反応速度が遅かったが、地面に落ちる前にナルの身体を中心としてものすごい風圧が発生して、一瞬だけ身体を押し上げた。そしてガラガラと何かが弾き飛ばされていく音がしたので、下に障害物があったことを知る。
直後、重たいどさっという音を立てて俺たちは地面に落ちた。
「───ナル……大丈夫……?」
俺は横に転がってナルの身体にぴと、とくっついて確認する。これまでナルは、大きな力を使った後はその身体になんらかの異変が出ていた。血圧が極端に上下したり、吐き気や倦怠感に襲われたり、気絶したりと症状は色々だ。専門家曰く人間の身体には不釣り合いなエネルギーの放出のせいだという。
「……っつ、ぁあ、お前は」
「平気」
どうやら落下による外傷だけで済んでいるようで、返事をしながら胸に回した腕を避けるように動いた。
「……どけ」
ナルはゆっくり起き上がり、壁のところまで行き、よりかかって座った。
「癖なのか?それ」
「───ああ、うん」
追いかけて横に座ると言葉少なく聞かれる。
きっと俺がナルの状態を確認するのに抱きついたことを言っているのだろう。
そう指摘されるくらい、他者にもやっていたかもしれない。
特に何も考えない、なんの効果もないそれは、ナルにだけは意味と効果を持って行われる。
俺たちは二人とも誰にも言わずにここに来たし、スマホの電波は圏外のようで、リンに連絡することはできない。
だがいつまでも戻らず連絡がつかなければ、リンがナルを探すだろうから待つことにした。
「それで、なんでこんなところに一人でいたんだ」
「ヒトガタ探しにうろついてたら、マンホールが少しだけ開いてたから、あやしいなって思って」
「……僕はまず、リンと合流しろと言わなかったか?」
「そうだったっけ」
「つい数分前に言われたことも忘れてしまうほど馬鹿だったのか?記憶力だけは良いと思っていたんだが」
くどくど詰めてくるナルの言葉を、聞こえないふりして立つ。
だって、せっかく目当ての場所に来たんだし、ヒトガタは探しに行きたかった。
後ろからおいっと声をかけられたが、ナルにはその場で待たせて離れる。
スマホのライトをつけて、あたりを照らしながら少し歩くと、案の定散らばったヒトガタが目に入った。
ナルも周囲を照らしているので、光っている方へと声をかける。
「ナル、ここにヒトガタがいっぱいある」
「本当にあったのか……とりあえず掻き集めて持ってきてくれ」
「はーい」
返事をしたはいいが、どうやって投げ入れたらこうなるんだってくらい散らばっていて、カリカリ……カサカサ……パキッと音を立てながら掻き集める。あっ、やべ。
「───そこのネズミ」
「……チュウ」
呼びかけられてピタ、と動きを止める。
「まさか、ヒトガタを折ったり傷つけたりしてないだろうな」
「オッ……ってないですぅ」
多分、セーフかな?と思いながら手の中にあるヒトガタを照らす。お、吉野先生だ。大丈夫大丈夫、死ぬような破損じゃない。
拾ってきたヒトガタをナルのところに全て渡すと、ナルは"谷山麻衣"のものを見つけた。
「麻衣の名前もあったな」
ナルはそのヒトガタを俺に渡してくる。確認しろ、という程度のものかもしれないが、俺は両手でそれを受け取り、ほうっと見つめる。
「谷山麻衣……"あたし"の名前」
ナルの言葉になぞらえて、名前を確認した。
「───ナル、名前って、すごいね」
「なに?」
「あたし谷山麻衣なんだなあ」
「……違う人間だとでも?」
人に呪われて名前と存在を確かめるとは、なんて奇妙な事態だろう。
だけど面白くて、あは、と笑ってしまった。
そんな俺を、ナルは不可解なものを見る目で凝視していた。
「そういえば、ナル、寒くない?」
そろそろ日が落ちるから、ナルに寒くないかと問いかけながら横に座って肩と腕をくっつける。そして片足を曲げて座るナルと、両足を投げ出す自分の足が目に入った。
長さは随分と違くて、もう合わせる必要はないが、沿うように片足をナルに傾けた。
「さっきから人の心配ばかりだな」
「じゃあナルがあたしの心配をすればいい」
されるがままのナルは、俺が寒がってると思って我慢しているのかも。
「もうすぐベースに集合する時間になるね」
「そしたらリンが探しにくる」
リンが迎えに来るまでの間、ぽつりぽつりと話をしながら過ごすことにした。
ナルとこんな風に雑談するなんていつぶりだろう、と懐かしく思った。
next.
主人公が人にぴとっとくっつく行為は大抵、その人間の気が揺らいでいる(不安定な)ことに気が付いた時。
幼少期のナルを落ち着かせるために学習した対応で、なおらない。
July.2024