Mirror. 18
湯浅高校では二度ならず、三度も呪われた俺です。結局全ての悪霊は俺の目を見た途端に返っていったので産砂先生のその後が大変そうではあるが、俺の知ったことではない。と、思っていたがナルが話しに行ったことでどうにかしただろう。
そんな事件から二か月ほどが経ち、冬休みを迎えた初日の朝、ナルから電話で招集がかかった。
リンと車で迎えに行くから下宿の前まってろと言われ、その通りにして拾われた後、教会へやってきた。
カトリック的に言うと俺は悪魔に近いような気もするが、かといって別に教会に入れないというわけでもなくて、神の威光とやらを感じる心もない。
凝ったデザインの外壁や柱なんかをフウン、と眺めていると滝川さんが横に立ちダラダラ話し出す。
「そこ、遊んでいるなら帰れ」
「うーい」
ナルに怒られてしまったので、すぐにやめたけど。
ジョンと彼の知り合いだという『東條神父』が出迎えてくれて教会の中に入った。
応接室のようなところでお茶を出され聞いた話によると、三十年程前にこの教会で行方不明になった男の子らしき霊が、ここで預かっている子供たちにたびたび憑依することがあるそうだ。
それは今までも何度か出てきていたが、近頃その頻度が高まったので心配になってきたらしい。
その死者の名前は『ケンジくん』。
たった一人の肉親である父親と別れて教会に預けられた。
精神的な理由から口がきけず、彼とかくれんぼをするときは「もういいよ」と「まだだよ」の合図を木の棒などで床や壁を叩く回数で判断していたが、やがてそれはホイッスルを持たせることで変化した。
丁度その頃教会は近所の別の場所にあったけど、ここを建てている最中だったので、新しい家としてこの周辺で子供たちは遊んでいた。
ケンジくんはかくれんぼが得意で、誰にも見つからないのが自慢だったらしいが、この新しい教会周辺でかくれんぼをしていたある日、消息を絶った。
用水路の近くにホイッスルが落ちていたり、建設途中の教会に組まれていた足場が崩れ落ちてたことは当時あった目ぼしい違和感だが、いまだにケンジくんの身体は見つかっていないという。
ケンジくんはどこかで命を落とし、霊になってこの教会にとどまっているのは確かだろう。
憑依された子供は、決まって姿を隠して木の棒などで何度も硬い場所を叩き「もういいよ」すなわち「探して」と強請るのだ。
俺はケンジくんの存在まではまだ見つけられていないが、その要望はなんとなく理解できる。
「みつけたら満足するんじゃないの」
「だから、誰もケンジくんを見つけられたことがないっつってたろ」
「あ~」
「今まではどうしてたんですか」
「しばらくすると、出てきてくれたり、憑依が解けて子供が自分の足で戻ってきたりします」
「せやけど、憑依されてたお子も、隠れ場所から出たところで気づくらしいんです」
ナルや東條神父、そしてジョンが続いて話すのを聞いていると、遠くから音がし始める。
───カン、カン、カン……カン、カン、カン
「ああ、これです」
「これが"ステッキ"……?」
かくれんぼの遊びをそう呼んでいたことで、滝川さんが口にする。
東條神父曰く、今日も朝から一人子供の姿がみあたらなくて、ジョンを呼んだそうだ。
その子は今も隠れて、探しに来るのを待っているらしい。
俺たちはさっそく、その音を頼りに探しに行くため外に出ることにした。
しかし途中で音が止んでしまったので、外をうろつきながら、当時ホイッスルが落ちていた用水路の塀のあたりを見たりと、行動のイメージを膨らませていく。
恐らく高い塀を登った時に、首から吊るしていた紐が外れてホイッスルが落ちたのだろうが、塀の先の用水路の端は、立てるほど幅がある地面があったので、塀を乗り越えたとしても早々落ちないとは思う。
なにより、ここで人が死んだ形跡が俺には感じられない。となると、きっと別の場所だろう。
「おとうさん!!」
突如声がして振り返ると、リンが子供に抱き着かれていた。
リン本人と、滝川さんとジョンは戸惑い、ナルは不思議そうに首を傾げている。
「ぼくどうしたの」
必死でしがみ付く小さな体の細い肩に手を置き顔を覗き込む。
早く引き剥がしてほしいとばかりに大人しくしているリンの希望は無視して、ゆっくりやろうと思う。
目が合うと、その子に霊がついていることがわかった。
必死な感情が俺に流れ込んできて、思わず口を閉ざす。
「谷山さん……?」
「麻衣?」
動かなくなった俺をおかしいと思ったリンとナルが戸惑いの声を上げる。
だが俺はよろりと後ずさって、ぺちゃりと尻餅をついた。
リンが思わず俺に一歩足を踏み出すと、リンの腰にしがみついていた子供は自然と離れる。
助け起こそうとしているのか、手を差し伸べてくるリンの姿が記憶として読み取った「おとうさん」に似ていて、不思議と胸が震えるような感情の起伏を味わう。
おそらくだがケンジくんは、さっきの子供から俺の方に移動したらしい。
リンの大きな手を掴んだ後、赴くままにそこに頬擦りした。
ふにゃ、と顔の筋肉が緩む。
「え」
「おとうさん」
ぴく、と震えた手が堅くなるのをよそに、俺は自力で立ち上がってリンの身体に抱き着いた。
さっきまで憑依されていた子は、東條神父によると朝から姿の見えなかった『タナット』という子だ。
リンを父と勘違いしたのはおそらくケンジくんの方で、口がきけたのは何かのはずみで声になることもあるからだそう。
現在そのケンジくんの意識は俺の中にあり、リンと離れたがらない。
頑張ればその意思を引き剥がすことも可能だが、せっかく捕まえたケンジくんを逃がすのは勿体ないので、ケンジくんを逃がさず、リンも逃がさずを貫き通している。
ソファに座るリンの足の上で横向きにのしかかって、首に手を回している俺はさぞ見ものだろう。リンは非常に居たたまれなそうに身体を硬直させている。
「おい、どうするよナルちゃん」
「ジョン、落とせるか?」
「ブラウンさん、迅速にお願いします」
「は、はいぃ!」
目の前で交わされる会話を聞きながら、俺は「やだ」と口を開いた。ナルたちは驚き、俺を見る。
「まだ、離れたくない」
「ケンジくん……?いや、麻衣か……?」
問いかけてくるナルに背を向けて、身体を捻じってリンを見る。
片目を隠した素っ気ない顔が、こういう時は普通に焦りや戸惑いなどをあらわにしているので、俺としては中々面白い光景である。が、今はリンを揶揄って遊びたいだけではない。
腕を下ろして、ぽふりとリンの肩に頭を預けた。
そして「お父さんに抱き着いてる」という状況を作り出してケンジくんの心を読み取る。
───お父さんが、迎えに来てくれた
───ここで待ってたから
───でも、まだ帰れてない、帰りたい
───戻りたい
───そうじゃないと、お父さんに会えないから
ケンジくんはかくれんぼをしたまま、命を落とした。みつけられていない、または、自分でみつかりに行っていない為、家には帰れていない。
お父さんとは「いいこで、ここで待ってること」という約束だった。
だから帰らないと、お父さんに迎えに来てもらえない、ということだろう。
ケンジくんはあの日、この教会に組まれていた足場を登って、高いところに隠れた。
探し物をするときに目線を下にやりがち、という特性を利用したらしい。
そしてケンジくんが隠れた後天気が荒れたことによって足場が崩れ、彼は教会の外壁の溝から降りられなくなって凍死した。
足場はきっと組みなおさなかったのだろうな。建設が進んでしまっていたのが災いした。
「───わかった」
「な、なにが?」
俺はそう締めくくってリンの膝から、ぴょんと降りて立ち上がる。
戸惑って声をかけてきたのは多分滝川さんだが、俺はリンの手を引っ張って立たせた。
まだケンジくんがここにいて、リンを父親だと思っているならその望みが叶うのは今しかない。
外に出て、教会から少し離れたところまで来て振り返る。
あとからナルたちが追いかけてきていたのが視界に入りながら、俺はリンに示すように上の方を指さした。
「あれだよ」
「何を───……、」
戸惑うリンはやがて口を閉ざし、ナルは静かにケンジくん身体を見つけて「いた」と口にした。
ジョンと滝川さんも同じように気付いて、ヒュッと息を吸い込んだ。
教会の外の装飾部分の、石像がある足元に小さな空間があり、そこに骸骨が転がっている。
なんならここに来た時に滝川さんと俺はまじまじと見上げていたはずだ。でも、あんなところで人が死んだなんて誰が思うだろう。
「……帰れたね」
俺はリンの腕に抱き着いたまま、ほっと一息。
ケンジくんが俺の中から徐々に無くなっていくのが分かる。
満足して消えたということで、皆に合わせた言葉を使えば『浄化した』だろう。
ケンジくんの骨を下ろす作業に取り掛かるため慌ただしくなる一方で、俺は休んで行けと言われて医務室に案内された。
べつにいいのにと思ったがベッドに座って大人しくしていると、程なくしてナルとリンがやってきた。
「体調は?」
「元気。みんなは?」
「作業を見てる」
言いながらナルは俺のベッドの横に立つ。リンもその少し後ろに控えた。
「……さっきのは憑依よりは憑着に近いかな」
俺は二人に聞かれるまでもなく答えた。
すると彼らはわずかに目を見開き、小さく頷いて続きを促す。
「タナットの中にいるケンジくんがあたしにうつった気がした。リンを見てお父さんだと喜んで、会いたかったとか寂しかったとか、そういう感情がよくわかった。だから試しに抱き着いたんだよ」
「……試しに?」
リンを見て笑いかけると、戸惑うように聞き返された。
「ケンジくんがお父さんに会ってどうしたいのか、どう感情が動くのかが見たかった。現にリンにくっついてる間は喜びと安堵があって、落ち着いていた。隠れるという行為もしなかったでしょ?」
二人は思い返すように視線を下げて頷く。
「あの子はこの教会にお父さんによって預けられて、迎えに来るのを待っていたわけだ。だけど隠れたまま亡くなったということは、かくれんぼが終わっていない、家に帰ってきていない、迎えに来てくれたお父さんにまだちゃんと会えていないということだったんだよ。リンをお父さんだと思っても満足して消えていかなかったしね。お父さんに会いたい、一緒に暮らしたい、過ごしたいという感情は勿論あるのだろうけど死んだときに焼き付いたこの世に残る最も大きな感情が『見つけてほしい』ってことだったんじゃないかなあ」
「身体が見つからないと帰れない、ということか」
「そう。自分がまず帰ることで、初めてお父さんのところへ帰れるから」
ナルはなるほど、とひとりごちる。
「それにしても、随分手慣れていないか」
「??」
続いて出てきたナルの追及に俺は首を傾げた。
「憑着というのは無意識下に他者の意思が浸透していて、自分の意思と分けて考えるのが難しいんだ。それこそ霊が自分の中にいると考えることだって」
今度は俺がなるほど、とひとりごちる番だった。
やりすぎてしまったが、どうしようもない。そもそもナルが俺の異常性に気づいたとして、どうすることもできないわけだが。
「初めてではないから、確かに慣れているかもね」
「───まあいい、今晩はケンジくんの追悼ミサがあるそうだ」
認めながらも多くを語らない俺に、ナルは諦めて部屋を出ていきながら夜の予定を言い残していく。
続いてリンも部屋を出て行き、俺は二人の背中にひらひらと手を振って見送った。
next.
今回は自我あり憑依にしました。
憑着に近いって本人言ってるけど、言葉通り近いだけ。
主人公の才能()は徐々に発揮されていきます。
July.2024