I am.


Mirror. 21

ナルは俺がいくつか部屋を回って見つけた『放送室』にカメラを置いた。
すると夜中、そこで発火現象が起こり、待ち構えた全員で消火活動に勤しんだ。
終わったころにはカメラや部屋内は消火剤に塗れて、大変な事態になっていた。
「聞いてた"小火"って感じじゃねーんだけど?」
「……前は、こんな規模じゃありませんでした」
「麻衣さんがゆうてたとおり、力が増してますのやろか」
「その線が高いな。除霊してまわるのは一旦やめよう。要らない刺激を与えることになる」
ベースに戻りながら今後への対応を話す男たちに対し、女たちは今日はもう一旦眠ろうと宿直室へ向かおうとする。
「麻衣も寝ちゃった方がいいわよ、今日はもうこれ以上何も起こらないでしょ」
「うん」
俺はついナルの後を歩いていたけれど、松崎さんに腕を引かれてそっちへいく。
原さんも少し離れた所で待っていたので、一度ナルたちを振り返ったが俺たちが眠りに行くのにさほど興味がないらしい。
ジョンと安原さんは手を振っていたけれど。



原さんと松崎さんの二人が眠りにつくのを見守り、起きだすのを待った翌朝。
俺はまたしても挨拶をする前に松崎さんにすごい顔で見られた。
「───あんた、寝てないでしょ」
「へ」
「やっぱり、そうでしたの」
「え」
反対隣にいた原さんも、眉を顰める。
どうしてバレているのだろう───と思ったら、二人は夜中うっすら目を覚ましたりすることがあるそうで、そういう時に俺が隣で布団の上に座っている影が見えるのだそうだ。
原さんは見間違いかと思ったようだが、松崎さんは昨日と今日とで二回感じたから気づいたというわけ。
……そうだよな、人間は途中で起きるし、眠っているからと言って完全に周囲のことに気づかないわけじゃないよな。

「人と同じ部屋だと眠れませんの?」
「そんな繊細なの?……でも、横になるくらいしなさいよ、夜中見た時気味が悪いったらないわよ」
「横になったら、寝ちゃうかもしれない」
観念して口を開くと、二人は不思議そうな顔をする。それがどうしていけないのか、と言いたげだ。
「……ひとりで起きられないの」
今度は二人ともぽかん、とした顔をしたあと「は?」と声を上げた。
やがて、馬鹿馬鹿しいとばかりに眉を顰める。
「じゃあその時は叩き起こしてあげるわよ」
「水をかけてさし上げてもよろしくてよ」
「ううん、水かけられてもおきない」
「やられたことあるの!?…………あんたの家族大変そ」
「うん」
ユージンだった時も、ナルが起こせない時はルエラやマーティン、リンやまどかが頑張ってくれたのは懐かしい思い出だ。
しみじみと噛みしめていると、今度は原さんが何かに気づいたように表情を変える。
「ちょっと待ってください、もっと前の調査の時は?」
「…………お、おきてた」
今更誤魔化せる気がせず、素直に答えた。
二人が把握している調査は、学校の旧校舎、森下邸、そして湯浅高校で、そのうち泊まり込みをしていたのは森下邸の数日間だけ。
二人は顔を見合わせ「四日……くらい?」「え、ええ……」と言いながら起きてた日数を計算している。

……人間って何日眠らなくても平気なんだっけ。




原さんと松崎さんによって問答無用で布団に逆戻りさせられた。
ここへきて三日目になるが、さすがに眠っておかないとまずいと思われたようだ。それに、俺がいなくたって調査はまわると。
ナルにあとで怒られるのはもう諦めて、しかたなく布団に横になってみる。
だが、待てど暮らせど、眠気は襲ってこない。

───多分、もう眠り方がわからなくなったのだ。

高い位置にある窓を見上げ、時間が経つのを今か今かと待ち続けた。
チャイムや放送の音声、生徒たちがグラウンドへ出てる声、時計の秒針などを聞きながし、二時間ほど経った。

俺は"呼ばれている"のが本能的に分かった。
気づけば暗い空間にぽつんと立っていて、周囲は暗闇に包まれていた。
だがその中でもどす黒い靄が見え、他にもうすら白い異物が漂っているのが分かった。
ここは学校の中だけど、現実とは少し違う異空間に近い。
ひときわ大きな靄だと思っていたものは、そんな実体のない言葉で表すレベルではなかった。粘るような質感でうねり、周囲を漂う白い異物を捕えて飲み込む。

その奇妙な光景を前にしながらも、吸い寄せられるようにして足を向けた。
「駄目、待って!」
背後でした声は、原さんのような気がした。
だが俺は振り返らない。
「───谷山さんっ」
躊躇うことなく黒いかたまり手を差し入れた。今しがた捕まえられて溶けだそうとする白い部分をわし掴むと、それは人の手の形を取り戻す。
引っ張りながら掘り起こすようにかき分けて、徐々に露わになっていく顔と目が合ったその時、周囲は突如明るくなった。

足元には木目調の床が、周囲には散乱した机や文房具、ノート、そして壁際に怯えた目で見る生徒の姿ある。
天井には蛍光灯、正面には黒板、教卓にしがみついている教師、廊下から覗き込むおそらくこのクラスではない生徒や担当ではない教師。ナルと滝川さん、原さんの姿もある。

「え、うそ」
「ちょっと」
「やだ」
「まさか」
「あれって」

「───坂内……?」

どよめきの中で、様々な言葉が聞こえてきた。
皆からしたら俺が突然現れたから。
否、言葉からして今この場所に現れたのは俺ではなくて坂内くんなのだ。
さっき引っ張り出した彼が、俺を媒介にして姿をあらわしている。
生徒たちの蒼褪めた顔や、ナルたちの警戒する目つきはこのせいだろう。

「……」

愕然とした顔ぶれの中に、松山先生を見つけた。
最初に見た時より濃く、強く、死の気配が絡みついてるのが分かって「いひ」と笑う声を出してしまった。
「ひひ、ぃひ、ひっ、はは、ふ……ぁはははははは!!」
こみあげてくる笑いが止まらない。
俺は震える腹を抑えて、背を丸めたあと、クックッと引き攣りながら今度は背中を逸らした。
皆がものすごい顔つきでこっちを見ているのもわかっていたが、そんなのはおかまいなしでソレだけを見る。

「ぁあ……、もうすぐだ……ふふ、たのしみ、……たのしみだ」




坂内くんは教室内を騒然とさせたが、遠ざかるようにして彼の意識は途切れ、俺は麻衣の姿を取り戻してその場に立っていた。
その瞬間を目の当たりにした生徒たちはまたしても驚いていたが、俺の身体はばたんっと後ろに倒れた。だって急に身体が戻って来たから、上手く動けなくて。
「麻衣っ」
「───……」
ナルが駆け寄ってきて俺の顔を覗き込むので、俺は意識を失うふりをして目をつむった。

やがて滝川さんにおぶられて、ゆらゆらと揺れながら廊下に出た。
生徒たちの視線やざわめきを通り過ぎ、ナルや原さんもついてくるのを感じながら向かったのは保健室。
ベッドに寝かされて、シーツをかぶせられるとナルは原さんに何があったのかと問う。
「犬が姿を消した後、突然坂内さんの姿が見えましたの。大きな人魂に絡めとられてのまれていくところを、あたくしは見ていることしかできませんでした……でも」
一度言葉を止めた原さんは、何度か静かに呼吸をした。
「突然谷山さんの後ろ姿がみえたんです。彼女は迷いなく大きな人魂……とても邪悪な気配がしたものに、近づいて手を差し込みました。それから、坂内さんの手を掴んで引き抜こうとして気づいたら教室に坂内さんの姿が現れたのです……」
「助け出そうとした麻衣に憑依したのか?そもそも麻衣はあの場所に居なかったはずだぜ」
「ああ、麻衣は宿直室で仮眠をとっていた───現に今も裸足のまま。教室に歩いて来たにしては足の裏も汚れていない」
「じゃーなに、飛んできたってか?」
滝川さんの嘆息が、ふいに俺に向けられた。
ぴたりと閉じた目蓋に、風があたる。
微かに額をくすぐる感触があったので、指で弾かれたりしたのかも。
「原さん、坂内くんの姿は今見えますか」
「いいえ───彼は、あの中に取り込まれてしまいました……」
「でも麻衣が助けに入ったんだろう?」
「…………、助け出せたわけではありません。もう、彼の存在はどこにもありませんもの」
原さんの最初の沈黙は、俺を一瞬見たかのようだった。
彼女の言う通り、俺はあの塊から坂内くんを引き剥がしたわけではない。助けて、と請われるがまま手を引いてやったのは事実だが、無理だった。

教室に現れたのは、あくまで俺が彼を反映させたものに過ぎず、だからこそ、感情だけで物を言う光景がそこにあった。
そして長く続かず意識が遠のいたのは、坂内くんがあのかたまりと"同化"してしまったからだ。



俺はそのまま寝ているふりをすることにした。ナルに怒られるのを引き延ばしたいという思惑が大きい。
だがしばらくは保健室にはひっきりなしに人がやってきて、中々起きられなかった。
起こそうとしてこないのはおおかた、俺の身体に負担がかかったとでも思っているのだろう。

日が暮れたころになるとようやく一人になれて、ベッドから起き上がる。
裸足でひんやりとした床に足を付け、そっと立ち上がると背後から何かに背中を撫でられた。
粘り気のある動きで俺の腕や背中、首や耳などを絡めとろうと擽る。
「───俺のことは喰えないぞ」
引き剥がすように一歩離れて振り返ると、隣のベッドの上のあたりにそれはいた。
形を持っているわけではないが、ひとつのかたまりとなって意思を持っているらしい。
それは諦めることなく、からだの一部をのばして、俺の顔の周りに触れる。

聞こえてくるのは、怨嗟。それは死者ではなく生者の声だった。

これの正体は、坂内くんの考案した降霊術を隠れ蓑にした呪詛の一端だった。
対象となるのは、濃い死の気配を放っていた松山先生。あれが『松山秀晴』であるなら───その"字"は呪符に刻まれていた。
つまり不特定多数の人間たちが恐らく目的を知らずに呪詛を行い、抽出された人の無意識下にあった負の感情が学校中に敷き詰められているのが現状だ。
それがどうしてこんなに効果が出るほど成立しているのかは不思議だが、なんにせよ。

「お前の目的は俺じゃないだろう」

鬱陶しい触手のようなものに、ふっと息を吹きかけた。
するとその息を感じて形を崩し、揺らめきながら後退する。
そして這うようにして移動していきながら、この部屋を隔てる壁にずぶりと埋もれて姿を消した。



next.

寝てないことバレちゃった。嘘がへた……というより隠すことがへた。
主人公は別に坂内の魂を守ってやれるわけではないので、彼は現実の景色を主人公を通して見ていたのも束の間、普通に取り込まれていきました。
July.2024

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