I am.


Mirror. 22

*三人称視点
渋谷サイキックリサーチが来た初日に、早速犬が現れた教室はジョンが祈祷をしたはずだった。
だが次に犬が現れたのはその教室の真上で、かなり力を付けた状態で猛威を奮った。
昨晩発火現象が移動と悪化していたが、それを同じことが起こっていると判断したナルは、校舎内を見回るよう言いつけた。
けして除霊などはせず、様子を見るだけにとどめるようにと。

ジョンと安原はその言いつけ通り、夜の校舎を二人で歩いて回っていた。
一つ一つ教室を見るが、何かをするわけでもないという歯がゆさを持て余し、二人は息抜きのようにして他愛無い雑談を交わす。
「───谷山さん、いつ起きられますかねえ」
「せやですね……霊に憑依されるゆうのは、かなり身体に負担がかかりますし」
「彼女やっぱり、霊能者なんですかね?本人は否定してましたけど」
「ボクもその辺はさっぱりで、……ただ、ESP能力があるんやって話です。渋谷さんにテストされてはったんで」
安原は専門用語を漠然と理解した気になりながら、へえ、と相槌を打つ。
「……せやけど、ボクと滝川さんの間では霊媒なんやないかって話も出てて」
「霊媒というと、原さんのような?霊媒師ってよくいいますよね。超能力者とも違うんでしょうか」
「はい。霊媒は、霊に身体や口をかしたりして、その思いを代弁したり、感情や記憶を読んだりするゆうのができるんです。そん中でもまたタイプはあって一部はESP能力ゆう話もあるんですけど……」
「身体をかすっていうのは、昼間のあれですよね?」
昼間のあれとは、坂内が教室に現れて笑いながら何かを口走ったこと、そして突如姿を消したと思ったら麻衣であったことで、もはや学校中に知れ渡っていた。
「はい。せやけどあれは、かなり特殊な気ぃしますね」
「そもそも、彼女は宿直室で仮眠をとってたわけですしね。誰も谷山さんが教室に入って来たところなんて見ていません、し───……」
廊下の角を曲がりながら、やや不自然に安原の言葉が途切れた。
前方にいた人がこちらに歩くてくるのが見えて、それが同じく校内を歩き回っているであろう霊能者ではなく、麻衣だと視認したからだった。
「谷山さん!起きられたんですね」
「体調、ダイジョウブですか?」
「うん」
二人は麻衣に近づきながら声をかける。
しかしその足元を見ると麻衣は素足のままで、ベッドから起きてそのままここへ来たことが分かった。
「わ、裸足のままじゃないですか……!」
「寒くありまへんか?履物、ベッドんとこ用意しといたらよかったですね……」
「寒くないよ」
「……谷山さん誰にも起きたこと言ってないですよね?」
「うん、これから戻るとこ」
「やっぱり。僕らも一旦戻りましょうか、……ということで、背負います」
「ボクはスリッパ探してきて、後から追いかけます」
背を向けて身を屈めた安原と、走ってどこかへ行ってしまったジョンに対し、麻衣は口を挟まない。
安原はこの短い期間で、麻衣は非常にマイペースだが周囲にあれこれ言われると、黙ってその通りにする傾向があると理解していた。


───ズンッ、と重たい地響きが聞こえたのは麻衣が大人しく安原に背負われてベースに向かっている時だった。
校舎が揺れた感じはしなかったが、何かが起きたことは明らかである。
麻衣をベースに送るのと、その音がした方へ行くのを迷った末に「さっきいた保健室の方だ」と麻衣が言うので、その言葉のままに保健室へと向かう。
途中でもう一度大きな音がしたので、安原は麻衣を背負ったまま走ることにした。

「───麻衣!よかった、保健室に居ないからどこ行ってたのかと」
「安原さんと一緒にいたのか」

そうして辿り着いた時、先に到着していたナルと綾子が居たのは保健室ではなく少し先を行った進路指導室の前の廊下だった。
二人は、安原の背中で手を振ってる麻衣を見ると安堵と呆れを綯交ぜにして肩をすくめる。
「起きてそのままベースに来ようとしてたところを捕まえました。ところでいったい何が?」
「捕まりましたあ」
「とんでもないわよ……進路指導室の床と天井が抜け落ちた」
安原は麻衣を背中にしがみつかせたまま、ナルが目線で示す部屋を覗きこむ。
言葉にされた通りの光景がそこにあり、酷い土埃がまだ部屋に充満していることからそっと身を引いた。



ベースに戻って霊能者全員が集まると、皆事態の深刻化に頭を抱えているようだった。
滝川はいっそのこと明るく振舞ってはいるが、反対に真砂子はその表情に陰りがある。
「なあやっぱり、人魂がくっついてパワーアップしてるってことだよな?」
「そうだろうな……。原さん、坂内くんの最後の言葉の意味がわかりますか?」
「……いいえ」
「麻衣は?」
「あたし……?」
ナルが坂内の名前を出したのは関係ない事のようにも思えて、皆は不思議そうにしていたが徐々に気づき始める。坂内は意味深な発言をして消えた。
「彼は『もうすぐ』と言っていた───『たのしみ』とも」
「たしかに……。ここで起こってることが何なのかを知っていた可能性は高いよな」
静かな麻衣をよそに、ナルは畳みかけるように問い、滝川も同意する。
全員の視線が集中したが、麻衣の目はナルにだけ向けられていた。
呆けていた顔が徐々に、困ったような顔になっていき、ため息をひとつ吐く。
そしてゆっくりと目を伏せたと思えば、唇が動き出す。

「……"もうすぐ"、みんなの思いが一つになって、あの人に向かうのが"たのしみ"」

は、と誰かが声を漏らした。
麻衣の言っていることの意味を、理解できなかったのだ。

「坂内くんはあたしを通して、松山先生を見て思ったんじゃないかな」
「松山先生がどうしたって?」
「もうすぐ死ぬ」
「───っ」
滝川に問われると、麻衣の視線はそちらへ動いた。
ナルはその時、眉を顰める。
パイプ椅子の背もたれによりかかり、淡々とナルの問いに返すのは、いつもと変わらない麻衣だった。
だが口から出てくる言葉の数々が、普段の麻衣から発せられているとは思えない内容であったことから、徐々にナルと麻衣の声しかしなくなる。
「松山先生が死ぬとはどういう意味だ?なぜ麻衣を通してそれを感じた坂内くんが喜ぶ?」
「坂内くんの目的は松山秀晴を殺すこと」
「彼はもう消えてしまっただろう」
「その遺志はみんなが継いだ。"呪い"はもう止まらない───さっき、孵化した」

「でも、」と麻衣は困ったように首を傾げた。
「わからないことがあるの」
ナルを見ているので「なに」と問う。

「呪いの対象は確かに松山先生だけど、みんながみんな、呪い殺してやろうと思っていたわけじゃないの。学校とか、他の先生とか、そもそも何に対して抱いているかもよくわからない負の感情がここに留まっていて。呪符には松山秀晴ってあったけど、その通りの相手にいくものなのかなあ」

そこでようやく「ちょ、~~~っとタンマ!」と声を上げたのは、切り替えの早い滝川だった。

「呪いってのはなんだ?あと呪符?そんなの見た事ねえぞ!松山の名前が書かれてたってのはどういうことだよ」
「呪符は滝川さん、一緒にみたじゃない」
「なんだって……?」
「ここに来た最初の日に、丸めて捨てたアレ」
「───……ヲリキリ様……?」
滝川は次第に顔を驚きに染め、掠れた声で呻くように吐き出す。
麻衣があの時、捨てようとした降霊術の紙をわざわざ捕まえたのも、開いて見ていたのも覚えていた。それを滝川も、ナルも、捨てろと言い放った。
それを素直に聞いてしまった麻衣の情緒とか、あの紙を見てすぐに理解した知識とか、いろいろと聞きたいところはあるけれど、誰もそれを指摘する余裕はない。
「……ヲリキリ様の紙に名前なんてあったか?いや、名前なんてあったらさすがに俺、わかるよ……わかるよな??」
「し、知らないわよ!あたし見てないんだから!!」
ヲリキリ様の紙が呪符だとして、そこに松山の名前があることをさも当然のように麻衣は言うが、名前が書かれていたのなら見た人間がすぐに違和感に気づいたはずだ。
それに、こっくりさんとして流行したそれは、生徒たちが使う時に自分で書くものだ。従って、本当に名前が書かれていたかは怪しくなる。

「麻衣、その呪符を書けるか」
「ん?うん」

少し考えた後、ナルは麻衣にそう命じた。
同時に安原にも書けるかを問うが、彼はやったことはあるが、書いたことはないと言って辞退した。
麻衣のこういう時の記憶力をナルは信用しているが、念のため学校の生徒が書いたものが欲しいと伝えると、夜中になったにも関わらず安原は探しに行くと言って廊下を出て行く。

やがて、安原が戻って来る頃には麻衣が書いた呪符は完成しており、さっきまでは部屋の片隅でヘッドホンをしていたリンまでもが立ち上がり、その輪の中にいた。
「安原さん、持ってこられましたか?」
「はい、これです」
戻って来た安原に気づき、ナルは視線をそちらへ向ける。
それにつられて全員の視線が安原に集まった。だがそれはすぐに、安原の手からナルに渡る紙へと注がれて移ろう。
「……同じだな。麻衣の記憶は正しく、リンの言うとおりこれは呪符として使えるものだったわけか」
「どういうことです?」
安原は事態が飲み込めずに問う。
すると滝川が、ある一部分を指さして「これは梵字なんだ……松山秀晴、と読めちまう……」と低い声で補足した。
リンはその後、安原に呪文と使い終わった後の処理についてを確認して、ひとつ頷く。

「使い終わった紙を神社に埋めるのなら、それは呪殺の方法です。対象は松山秀晴氏で間違いないでしょう。やったのが生徒でよかった、私であればこの一枚で殺せます」


───おそらく。と、ナルは考えをまとめて口に出した。
「ヲリキリ様は、こっくりさんを隠れ蓑にした呪詛だ。リンの言ったように才能のない人間がやってもそう簡単に効果が出るものではないが、学校中に流行らせて多くの人間に何度もさせることによって呼び出された霊が蓄積されていく。それが徐々に融合していき力を増した、と考えられるだろう」
「仮にそうだとして、麻衣が言ってたようにわからないぜ。生徒は松山を呪い殺そうって思ってたわけじゃないんだろ?呪詛として成立するかね……松山が死ぬって麻衣が言いきり、それを坂内も確信したのはなんでだ」
「麻衣の確信は知らないが───生徒の抱いていた不満には皆心当たりがあるはずだ。ここの生徒たちは常に学校や教師、世間に圧迫されながら過ごしていた───割り切って、諦めて、平気なふりをしていてもその感情は無意識下に存在する」
ふいに全員(おそらく麻衣以外)は、同じ光景を思い出した。

たしか安原の後輩で、彼が不在の間にナルたちを手助けできるようにと遣わされてベースに来た二年生の生徒がいた。
何かの拍子に学校生活の話題になり、彼は飄々と乗り切っているような口ぶりではいたが、言葉の端々に苛立ちや諦め、嫌悪感を滲ませていた。それが最も顕著だったのは、松山に対してだ。
徐々にヒートアップしてしまいそうな雰囲気を、誰もがまじまじと見てしまった。
だがそういう感情を秘めた子はきっと、この学校にたくさんいるのだろう、と皆はその違和感を胸のうちに仕舞ったのだ。

「松山先生は、この学校で最たる評判を持ってたようだった。彼を真っ向から憎む気持ちがなくとも、この学校を象徴する人間と言えば、───安原さん、あなたならだれを思い浮かべますか」
「はは……僕にはわかります。そうですね、僕でも松山先生をあげます」

あの人は学校の象徴ですから。
そういった安原にひとつ頷いた後、ナルは麻衣を見た。



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今回は主人公が奇妙()な回です。らしくなってきましたな。
July.2024

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