I am.


Mirror. 23

どうしてあの程度の呪詛で、松山に対してあれほどまでの死が圧し掛かるのだか不思議でならなかった。
だけどナルの話、そして現に生徒の一人である安原さんの言葉を聞いて、やっと理解ができた。
「なるほど。…………学校という空間の成せる技って感じ」
安原さんを見ると、そっと目を伏せられた。
滝川さんや松崎さんが俺を見て戸惑い、原さんは眉を顰め、ジョンは不安げに目を揺らす。

「…………リン、この呪詛を返せるか」

長い沈黙が暫く続いたのち、ナルは俺へのもの言いたげな目をふいと逸らしてリンを見た。
そうすることで滝川さんたちの意識もそちらへ移った。
「返してもいいのですか?」
「死ぬと分かってる人間を見殺しにはできない」
「返すって……坂内くんはいないじゃない」
「お前話聞いてたか?……生徒だよ。ヲリキリ様をした生徒、全員が呪詛をした人間ってことになるんだ」
「───……、」
呪詛を返すのであれば、滝川さんの言う通り。
ナルがそれを分かった上で言ってるからこそ、リンは聞き返したのだ。
松崎さんの顔色が悪くなるのを他所に、ナルは平淡な様子で安原さんに目をやる。
「安原さん、どうされますか」
「え」
「依頼人はあなたです」
「僕ら生徒たちはその呪詛が返されたらどうなりますか」
「やった生徒の数が多いので被害は分散し軽減されると考えられます、理論上は」
「……それしか解決方法がないのでしたら」
「ありません」
「お願いします」
口を挟める者は誰もいなかった。
安原さんは生徒を代表して依頼にきたというのに、今度は生徒を代表して『選ぶ』ことを強いられた。でもそこに迷いや恐れはさほど見えてこなかった。
薄情にも、考えなしにも見えない。

「はあ~~~~~……」

興味深い精神構造だなと安原さんに気をとられていると、大きなため息を吐いた滝川さんが俺に腕を回してくる。
体重をかけられると、麻衣の小柄な身体は軽く沈んだ。

「お前さん、実は陰陽師だったりする?」
「ううん、どうして」
「あの紙を見て一発で呪詛だって気づくんだもんよ。あとは霊媒?ESP能力もあんだっけ?」
一、二、三、と指を折りたたみながら軽い調子で言われるが、俺はどれもしっくりこない。
確かに滝川さんの疑問は最もだろう。ただし俺が呪詛だと分かったのは、呪詛の知識があるからではなく、感覚的に分かったというだけのこと。
「てか梵字読めちゃう女子高校生ってなに?お前も実家が寺だったりする?」
「梵字読めないよ?」
「うそつけ。お前はこれを見て松山が呪われてるって気づいたんだろーが」
滝川さんは、俺が書いた呪符を目の前に突きつけた。
ほぼ何も見えないくらいに顔に近づけられたので、思わずそれを受け取る。

「これは、文字を読んだわけではなくて、頭に名前が浮かんでくるの」

呪符を顔から少し離して持って、眺める真似をする。
は、と誰かが声を漏らしたが、その誰かを探すことなく、呪符に掌を重ねて撫でた。

湯浅高校で『谷山麻衣』が呪われた時も似たような感覚だった。
あの時は俺に向けられた"悪霊"の顔を見て、『谷山麻衣』という名前が思い浮かんだ。それと同じようにして、呪符を見ればその名が思い浮かぶ。
ちなみに、生徒たちに呼びだされた霊の方はひとつひとつがあまりに微力すぎてわからなかったけど、大きな塊になってもまだわからないので、呪いが未成立なのだと思っている。
あとは松山という存在に死が迫っていることと、坂内くんの記憶を見たことで推理したわけだけど、そこまでは言わなくてもいいだろう。
目を白黒させている皆を他所に、ウンとひとつ頷いて呪符を滝川さんに返した。


結局、皆はこのままベースに残って夜を明かすらしい。今更宿直室に戻って、ゆっくり眠れはしないとか。
一方で、このまま待機していられないのはナルとリンである。
進路指導室の床と天井が抜け落ちてしまったことは、たとえ深夜であろうと迅速に校長へと報告を入れた。
校長はすぐに教師全員を学校に呼び出したそうなので、集まり次第緊急会議が行われる予定だ。ナルはそこに滑り込み、事のあらましを説明しなければならないし、呪詛返しについての報告もそうだ。
たとえ安原さんに選ばせたとしても、結局依頼人は校長ということになるからだ。

「リンは呪詛返しの準備にかかってくれ、早い方が良い」
「はい」
「麻衣、どうせ眠らないならリンの手伝いをしろ」
「はい……はい????」

ベースで落ち込む面々の顔を見ながら夜を明かす予定だった俺だが、ナルに呼びかけられて立ち上がる。
同じく席を外そうとしていたリンが若干、えっと言葉に詰まる様子だったけれど、こういう時のナルには俺もリンも逆らわないと身に染みており。
霊能者たちも困惑気味に俺たちを見ていたけれど、引き留める者はだれもいなかった。

「それにしても、手伝いって何をすればいいの?」

廊下を歩くリンに小走りで並ぶと、リンは立ち止まった。俺たちの足の長さが違いすぎることに気が付いた、と言うわけではなさそうだ。
「───湯浅高校と同じことができますか?」
「あたしが呪詛返しをしたって思ってる?」
やっぱりナルは産砂先生の手足についた痕を見て、呪詛返しの可能性には気づいていたみたいだ。
すぐに聞いて来なかったのは、俺の様子を窺ってたんだろうが、今回また呪詛が起きているためリンに預けたということか。
「ナルは確証がないと……谷山さんはどこかで修行を積んだようにも、術を扱う能力があるようにも見えませんから」
得てして、除霊をしたり、術を使うような人間は霊に憑依されにくい。なんというか、身体に纏うエネルギーが攻撃的で。
もちろん例外はあるが、リンが言いたいのはそういうことだろう。

俺はリンの袖を少し引っ張って、歩くのを再開させる。リンは俺につき従うように隣を歩いた。
「あれは呪詛返ししたわけではなくて、あたしを呪うのに失敗したんだと思う」
「失敗?一度目の前に現れているのに?」
産砂先生が放った悪霊が現れた時点でそれは成功とみなすのだろうが、きっと悪霊たちはこの身体を『谷山麻衣』と認識してきたまでは良かったが目を合わせるとたちまち、俺に気づいた。
「きっとあたしを見てすぐ『谷山麻衣』じゃないと思ったんだ」
呪詛は、人間を呪うもの。
ここで起きる呪いの対象が『松山秀晴』となるように。
存在しない人間に放った呪いは、術者に返ったのだろう。
「谷山さんは、そうではないと?」
「本当のあたしに名前なんてないの」
納得している俺を他所に、リンは違った。だから俺は身の上話を聞かせた。とても、客観的な視点で。
「『谷山麻衣』は母親が死んでから、初めて存在が見つかった。戸籍もなく、学校に通った形跡も、病院にかかったことも、近所の誰にも見られたことすらなかった」
「───そんな、生い立ちが」
リンは目を見開き、息をのむ。
俺に母親が死ぬ前の記憶があまりない、という以前した話は今頃、リンの中で結びついて更なる混沌を生み出しているだろう。
「…………しかし呪詛は、たとえ偽名でも通用します。今はあなたをそう認識する人がたくさんいるのに」
「そうだねぇ、どうしてだろうねぇ」
まだ動揺に揺れているリンの瞳を、煙に巻くように見つめて笑った。

結局、リンはそれ以上俺に追及することはなかった。



俺に呪詛返しは出来ないと理解したようだが、今更俺をベースに戻すことも出来なくて、リンは仕方なく俺に仕事を任せることにした。
それは生徒全員分の名簿と、これからリンが作るヒトガタを照らし合わせてチェックすることだ。
「ヒトガタは、なににつかうの?」
ナルに聞いたら馬鹿にされそうなことを尋ねる。
リンはこんなことで怒ったりはしないだろうけど。
「呪詛返しで降りかかる厄災をヒトガタに肩代わりさせます」
「そんなことできるの?」
「受けきれない場合もありますが」
「へえ」
案の定ちゃんと教えてくれたリンの顔を、まじまじと見つめる。
確かに一人より五百人の方が被害は分散され、ヒトガタの負担も減るわけだ。
しかし随分と手間のかかる道を選んだなと思う。
まあ、これが一番人の死ぬ可能性が低い道なんだろうけど。


俺たちは名簿とヒトガタの調達、製作のために場所を移動した。
そして黙々とリンの作業の手伝いをし、昼頃になってようやく全校生徒の分のヒトガタを作成し終えた。
「これで全員分か?」
見計らったようにナルが来て、出来上がったヒトガタを見下ろす。
俺は名簿の名前が一致していることと総数を確認したので、間違いはないと頷いた。
「なるべく全てを並べられる場所がいいでしょう」
「体育館をおさえてある。麻衣は並べるのを手伝ってくれ」
「はあい」
ヒトガタをぎっしり箱に詰めた状態で持っていた俺は、ナルに言われるがまま体育館へと向かう。
リンは今度は呪詛返しの儀式をするために、会議室の準備へと取り掛かるから別行動だ。

やってきた体育館は、全校生徒が集会するのに使えるだけあってかなり広い。
クラスと学年順の束にしたものを半分ずつ、ナルと手分けして並べていく。その途中、何度も俺のスマホが震えていたが、並べ終わるまでは特に確認もせずに放っておくことにした。

「ねえ、みんなが何してるって」

ようやく作業にひと段落ついたところで、ナルにスマホの画面を見せながら問う。
そこには、滝川さんと松崎さんが主に俺の所在や進捗を尋ねるメッセージを頻繁に送ってきている画面が表示されている。
ナルは若干嫌そうな顔をした後「放っておけ」と言い放って、体育館のドアを開けた。
そして俺を待つかのように振り返ったので、小走りに駆け寄って体育館から出る。

「あっいた、ナル、麻衣」
「よう。進んでるかい」

外に出て体育館の戸を閉めていると、背後から松崎さんと滝川さんの声がした。
「……これから取り掛かるところです」
ナルが答えると、彼らはその背後を覗こうとする。
だが既に体育館は閉められており、足元の小さな窓がわずかに開いている程度だ。
滝川さんと松崎さんはその小さな窓から中を見た後、気落ちした様子で振り返る。
「……そんなに心配しなくても、ちゃんと全員分用意したよ」
俺は何だか見ていられなくて、その不安を取り除こうと声をかけた。
するとナルが一瞬息を詰める。なんでだろ。
滝川さんに「用意したって何を?」問われるが、俺はそっとナルを窺う。だがナルは嘆息したのち肩をすくめただけ。
多分言うつもりがなかったけど、言ってしまったなら仕方がない、という仕草だ。
「ヒトガタ。リンが全校生徒分作ったから、呪詛返しの厄災をそれが肩代わりしてくれるんじゃないかって」
「!なるほど。なぁんだ、それを早く言ってくれればいいのに」
松崎さんは俺の言葉を聞いて安堵した。
だがナルは非常にふてくされた態度で「100%とは言えない」と言い返す。
なんか拗ねてやがんな。
「べつにそれで失敗したとして、だれもお前のせいになんかしないっつの」
滝川さんは晴れやかな笑顔で、ばしっとナルの肩を叩く。
ナルにとっては他者の評価、期待と落胆より、自分の理論・実行・結果の筋が通っていることの方が重要だ。もちろん人の命や身の安全がかかっている分、責任は発生すると考えているけれど。

「"失敗したら、自分で自分が許せない"んでしょ」

俺の発言に、ぱち、と目を見開いたナルが振り向いた。
滝川さんと松崎さんもそれにつられた。

「でもそれは今更二人に話したところで、何も変わんない」

つまり俺は、言ってはいけないことを言ったわけではない、と。
あはは。と笑った俺に三人がそれぞれ肩をすくめたり、そっぽ向いてため息を吐いたりしていた。



next.

今回は"ベースで落ち込む面々の顔を見ながら夜を明かす予定" 人の心が欠如してるところが垣間見。
主人公の重ための過去を知った人の反応とか好きなんだけど、実際重たい過去のフリをしてるだけなので、これじゃないな~って思いました。
あと主人公はたびたび俺はナルのことわかってるからね、感をにおわす。ゆるせ、双子()マウントだ。
余談ですが、『蟲毒』のワードを出さないで終わります……主人公がそれをすっ飛ばして呪詛に気づいちゃったので。
蟲毒であるなしは重要な事でもないのかな、と一つの可能性として書いてみました。
後になってあれは蟲毒の状態になっていたっていうのは、誰かしらうっすらと気づくのかもしれないけど。
July.2024

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