I am.


Mirror. 25

*三人称視点

ジーンが行方不明になり、ナルが日本へ探しに行くと旅だってから一年が経った。
依然、ナルとリンからジーンが見つかったという連絡はなく、デイヴィス夫妻もまどかもジーンの生存は絶望的だと考えていた。
一番悲しいのはナルのはずで、そのナルがジーンの喪失に納得して、無事にイギリスに帰って来てくれさえすれば、それがせめてもの救いである。

そんな折、まどかは日本へ行くことにした。
依頼したいことがあるのが一番の理由で、それは電話やメールで伝えても問題はない。でもナルとリンが元気でやっているのか、そして二人が雇った谷山麻衣という少女を実際に見てみたいと思ったのだ。

まどかは長時間のフライトを終え、成田空港に降り立った。そして東京の渋谷へ移動して、期待と微かな不安を胸にオフィスのドアを開ける。
しかしそこには誰もおらず、まどかは拍子抜けした。
そもそもこのオフィスはナルがジーンを探すための拠点として仮に作ったもので、調査をするにしてもナルの気が乗らなければ依頼を受けない。なので人が常駐しているわけではないのだ。
「───まどか?」
ドアベルに気づいたのか、ふいに資料室のドアが開いた。そこから顔を出したリンは、まどかを見るなり驚いた。
イギリスに居るはずの人が前触れなく日本に来たので、当然の顔だろう。
そこでやっと期待通りの反応が見れたと胸がすく。まどかは「ひさしぶりね」と笑った。
「ナルは?」
「……旅行中です」
オフィスの中に入り、リンに出されたお茶を飲みながらまどかは問う。
旅行中というのはけして楽しい休暇ではないことを知っていて、少しだけ表情に翳がさした。けれど、切り替えるようにして真面目な表情を作りスマートフォンを操作する。
「悪いけど戻ってきてもらいましょう、依頼です」
「───……」
ナルには酷なことだけれど、まどかは仕事でここに来ていた。
ここへ来た客人の依頼を受けるかどうかはナルの裁量に任せても良いけれど、まどかは客人ではなくて上司である。そしてこのオフィスはまどかがチーフを務める研究室の持ち物なので、ナルに拒否権はないのである。



まどかの耳にはコール音が少し続いた後、途切れた。
その後に聞こえてくる声を待っていると、ノイズや物が擦れたような音がしたのちにナルではない声が聞こえる。

『麻衣です!』
「───えっ?」

思わずまどかは画面を見直す。
間違いなくナルに電話をかけていたはずで、麻衣という人物に心当たりはあっても連絡先など知らないはずだ。
『……まどか?』
「あ、はい……???」
ふいに呼びかけられた名前に、思わず返事をする。
きっとナルのアドレス帳に登録された名前を『読んだ』に違いないけれど、先入観からかドキリとしてしまった。
『あれ??まどかって登録してたっけ??』
『お前のはこっちだ……勝手に電話に出るな』
『これナルのスマホか』
向こうでの会話からして、ナルの電話に麻衣が勝手に出たらしい。
まどかは次第にその会話が面白くなってきてしまって、笑いながらリンを見た。
リンにもその会話が聞こえてきていたらしく、口を結んで笑いをこらえている。
そしてやっとナルが気だるげに電話に出直して、まどかはナルに久しぶりの挨拶をした。
最初に出たのが麻衣だったからか、不思議とジーンを探しに行っているはずのナルを呼び戻す罪悪感が薄れたのは内緒である。

「意外ね、ナルがジーンを探すのに誰かを連れて行くなんて」
「ちょっと、事情があるようで」
電話を切った後、まどかは晴れやかな笑顔でリンを見た。
たしか、ナルがこれまでジーンを探すのに出かけるときは、リンを連れて行くことはなかったと聞いている。
「もしかして谷山さんが、ジーンのことを何か……?」
「やはり、面識はあったようです。ただ、そのことについて私の口からは言えません」
「そう、……そうなのね。帰って来たナルが話してくれればいいのだけど」
「……」
リンはまどかに沈黙を返した。きっと肯定ではなく、否定の意味を持って。
ナルがジーンのことを他者に話すのは稀だ。
だからこそやはり、ジーンのことで麻衣を連れて出かけることは驚くべき事態だったのだが。



ナルはその日の夜遅くに東京に戻り、まどかと顔を合わせた。
まどかからの依頼は日本で『南心霊調査会』という事務所が『オリヴァー・デイヴィス』を連れて歩いているという噂を調べてきてほしいというものだった。
ナルは一部の界隈ではそれなりに名の通った研究者であり、超能力者でもある。その名を騙って詐欺を行われるのは良い気はしないが、それ以上に関わり合いになりたくないのが彼の本音である。
けれどオリヴァー・デイヴィスはSPRのまどかの下に所属している以上、放置できない場合もあり渋々とだが依頼を受けることになった。

しかしその接触方法についてが困ったもので、とある日本の政治家の一人が国内でも名の通っている霊能者を複数集めて調査を依頼した現場に『渋谷サイキックリサーチ』もねじ込むというものだった。
緑陵高校のようにメディアが注目している最中というわけではないが、依頼人の立場が立場なだけに、マスコミ等に嗅ぎ付けられてはひとたまりもない。
しかも、集められていると聞いた霊能者だって、本当に使えるかもわからない連中ばかりで、心底行きたくない現場であった。
「もし行くのだとしたら、僕は所長としてではなく一調査員として行く」
「それは、その方が良いでしょうが」
「じゃあ誰が所長として行くの?当てはあるの?」
「───…………あ」
ナルは少し考えた末に、一人の男の名前を挙げた。
それが、少し前の依頼で出会った十八歳の少年、安原修である。



「所長の渋谷一也です!」

ハキハキした口調で、目を輝かせて嘘を吐く少年に滝川とジョンは引き攣った顔をした。
どうしてあんなに堂々と嘘を吐けるのか、と言いたげである。
まどかやナルたちからすると非常に心強い存在ではあるので、このまま堂々とやり切って欲しいところだ。

ナルが戻って来た翌日の夕方には、付き合いのある霊能者を強制的に集めた。
まどかとしては、麻衣のこともそうだが彼らにも会えるのを期待していたので、願ってもない状況だ。
ナルもリンも多くを語りたがらないので大まかな人数や、ある程度の特徴(僧侶、巫女、エクソシスト、霊媒など)しか知らないけれど、実際に見ると個性豊かな顔ぶれで、まどかの顔にはいつも以上の深い笑みが浮かんだ。
そんなまどかは、ふいに肩をちょんっと指先で突かれて視線を動かす。
「───"まどか"」
隣に来ていた少女が、やわらかくその名を口にしたとき、まどかは言葉に詰まった。
呼びかけられたその温度が、あまりにもくすぐったくて。
「きのうはごめんなさい、びっくりさせた?」
「そうね、びっくりはしたけど、それ以上に面白くてリンと二人で笑っちゃった。ええと、あなたが谷山さんよね?」
「谷山麻衣です」
「わたしは森まどかといいます」
そこに、二人の唐突な自己紹介を近くで聞いていた滝川が「昨日って?」と首を傾げて会話に入ってくる。
「昨日電話に出たら、まどかからで。あれ?登録してたっけって思ったらナルのスマホだったの」
「……知り合いじゃないよな?お二人さん。さっき自己紹介してたし」
「今日初めて顔合わせたのよね~」
「ね~」
何かがおかしいことに気が付く滝川に対して、まどかはわかっていながら麻衣に笑いかける。そして何もわかっていなそうな麻衣はまどかを真似て笑った。
「わかった、麻衣にも同じ名前の登録してる人がいた!」
「いないよ」
「そこは普通いるでしょーが!知らない人からの電話……いやそもそも人のスマホってことに気づけ……」
「わかった、気を付ける」
「聞き分けだけは良いんだよな……聞き分けだけは」
繰り広げられる滝川と麻衣の様子を見て、まどかは、これか~~と脳裏にかつてのリンとジーンのやり取りを思い浮かべる。
リンだけでなくナルも、彼の両親も、ジーンのどこか抜けているところに、ああだこうだと注意をしていた。それにウンウンと頷くジーンだったけれど、次の瞬間にはズレたことをしでかす。
そんなところがジーンと彼女は似ているみたいで、ナルとリンは放っておけなくなってしまったのか、とまどかは思った。
そして逆に麻衣のそういう抜けたところが、お世辞にも人当たりの良いとはいえない二人とやれる所以でもある、と。


一部の間で、安原を身代わりに立てることに波紋を呼んだけれど、最後には全員がナルの同行者として参加を決めた。
真砂子は単独で声をかけられていた為、別で現場へ向かうが調査中は同行すること、そして綾子と麻衣と同室で宿泊することになったらしい。
現場は古く大きな洋館で、今年に入って二名の行方不明者を輩出している。その中に寝泊まりしての調査ということで、ナルはその方が良いと考えたようだ。
「……」
「……」
何気ないやり取りの間に、真砂子と綾子は同時に麻衣を黙って見つめた。
そんな仕草が気になったまどかは「どうしたの?」と声をかける。
「谷山さんは独特の寝相をしていらっしゃって」
「勘弁してほしいのよね」
年頃の女の子の寝相を男の前で披露していいものか、と思いもしたけれど当人や周囲がさほど気にしていないみたいなのでまどかも話を続ける。
「あら、もしかして布団蹴飛ばしちゃうとか?」
「ううん、ベッドの上で膝を抱えて座ってるの」
「夜中に目を覚ました時に気づいて、悲鳴を上げるかと思いましたわ」
綾子と真砂子をしきりに見てオロオロする麻衣は、やがて恥じ入るようにコホンと咳をする。
「あれはもうやらないから、大丈夫」
「本当にぃ?」
「ちゃんと横になって眠ります?」
「なるなる!起きるのだって大丈夫だもんっ」
じろじろ、と見てくる二人に麻衣は泣きついた。
その様子を見て、なんだかんだ仲が良いのね、とまどかは思った。
正直、ベッドの上で膝を抱えて座っているという寝相については耳を疑ったけれど。
「───あれ、でも……」
麻衣が何かに気づいたように声を上げた。ふつりと話が途切れて一部の視線が集中し、まどかも麻衣を見た。
「まどかは?」
「え?」
「一緒じゃないの」
「あ、そうね、私は市内のホテルとって外から援護しようと思ってるの」
「そっかあ」
麻衣は、まどかも一緒に泊まるとすれば、女が四人になる為部屋が分かれると思ったらしい。
しかし言葉通り、まどかは現場内に寝泊まりする気はないのである。

「思ったんだけど、なんで森さんのこと名前で呼び捨て?」

不意に、綾子が首を傾げながら指摘した。まどかは麻衣と初対面で、なんなら雇い主の上司であるけれど、麻衣はそんなことをおそらく分かっていない。
とはいえ綾子や真砂子、滝川あたりも苗字で敬称を付けて呼んでいるので、まどかをそんな風に呼ぶ様子は少々異質だった。
当の麻衣はそんな問いかけに対して、不思議そうに首を傾げる。
「??ナルがそう呼んでるから」
「あ~、だからリンも───って、はぁあ?そんな理由?」
そして返って来た答えが、ナルの真似であったので皆が拍子抜けした。
あとはリンを呼び捨てだった理由もこの時分かった。

「あ、私全然気にしないから、敬称とか」

ちなみにまどかは、麻衣に「まどか」と呼び掛けられるのがなんだか面白かったので、そのままを推奨した。



next.

原作ではナルが麻衣の呼び方を真似してることが多いんだけど、こっちは逆で。
私はGH原作沿いを書く上で、迷宮編での部屋割りを全員と組ませたいと目論んでいるのですが、倫理観の問題で避けてきた女部屋にこのたび倫理観のない人外をぶちこむことに成功しました。はくしゅっ!わ~。
これで一応全部屋コンプリートはしたので、あとは個人同士とかを狙っていきます。
Aug.2024

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