I am.


Mirror. 26

ナルにはできる限りユージンの記憶にある場所を教えて欲しいといわれたけれど、出来る限りも何も、全て覚えているのだから言うのに迷った。
せめて当日の足取りを追えればいいだろうか、と思って事故に遭った日の動きをぼんやり説明したら───ナルは「そうか」と頷く。
俺はそんなナルを見て行くつもりなんだな、と気づいた。
そこに手掛かりがあるとは思えないが、ナルなら行ってみないと分からないと言うだろう……。
だけどさ、事故現場ってつまり、ユージンが死んだ場所に、同じ顔をした人間がまた行くというわけで。加害者はあの場所を普段通らないとも限らないわけで。
そう思ったら俺は、「一緒に行かせて」とナルの手を掴んで懇願していた。

ナルは別に来なくていいと言ったけど、記憶にあるヴィジョンと一致するかどうか確かめたいと言えば渋々とだが引き下がった。
捜査犬くらいにはなるか、とでも思っているのだろう。

実際にやってきた現場はやはり、ナルも俺も記憶にある場所だった。
ここでフラフラと道路を渡ろうとした俺は、後ろから来た車に撥ねられ、殺されたということになる。ナルはきっと、俺が事故に遭ったことに対して迂闊な馬鹿とでも思っていることだろう。
「ここで車に積まれたのは確かだろうけど、景色は見てないからなあ───とりあえず、東京に帰る?」
「……麻衣は先に帰っていい」
「あてがあるなら付き合うけど」
「学校は?」
「今更じゃん?」
ナルはまだ一人ですることがありそうなので、俺も残ることにした。
ところがその移動中にナルが荷物を置いたまま席を外した時、スマホに電話がかかってきたことで今回の旅は幕を閉じた。

その電話相手はイギリスに居るはずの、ナルの師匠であり今は上司でもあるまどかだった。



まどかは日本にまできて、ナルに依頼をしたようだ。
それが長野の古く大きな洋館での調査で、今月に入って二名ほど行方不明者が出ている場所だった。

足を踏み入れればかなりの人間がここで死んでいることがわかる。
多分、この家の関係者たちなのだろう。家族ではないが、会社でもやっていたのかそこの従業員や、家の女中とかのようだ。
皆何者かに殺されたようで、首を裂かれるなど出血を伴う方法に一貫して、怯え苦しみながら失血、もしくは窒息によって死んでいた。

「おい」
「麻衣?」
「……え」

記憶を読み取っていると、滝川さんと松崎さんに両脇から小突かれた。
そういえば今は依頼人代理の『大橋さん』に対面して自己紹介をしていたのだった。
「あ、彼女はアルバイトの谷山麻衣と言います」
皆それぞれ自分で名乗っていたのを俺の順番になっても静かだったので、安原さんが代わりに言ってくれる。
「すみません。谷山麻衣です」
「よろしくお願いいたします」
改めて名乗り直すと、大橋さんは穏やかに頷いた。少しも怒ったり呆れたりはしていないようで安堵する。が、ナルが呆れた目でこっちを見ていたので、ソッ……と滝川さんの後ろに身を隠した。

既に他の依頼した霊能者が揃っているそうで、大橋さんの先導について広々とした廊下を歩く。
その間に滝川さんと松崎さんは、リンのフルネームを聞いて驚いたと小声で話している。別にリンのフルネームくらいで面白いことはないので、俺はぼんやり周囲の記憶を自分に気をやる。
そしたら立ち止まったジョンの背中に気づかず、突っ込んでしまった。
「んわ」
「えぇ!?あ、だ、ダイジョウブですか?すんまへん」
いつのまにか部屋の前に来ていたらしい。またも俺がドジをしているので皆のヤレヤレという視線を一身に受けながら、ぶつけた鼻をそれとなく摩る。
大橋さんがドアを開けるとかなり大きなテーブルがあり、それを囲うようにして十五人程度の人間が座っていた。

俺達が全員座ったところで、大橋さんは全員の所属と名前を暗唱した。
その中に英国心霊調査会からオリヴァー・デイヴィスと名乗る初老の男が居る。
「わ、奇遇な……」
「っていうより、奇跡よ」
「せやですね、まさかお目にかかれるとは」
ナルと同じ名前だなって思ってしみじみしていたところに、松崎さんとジョンが頷く。ちなみに滝川さんは視線が向こうへ釘付けだ。
「あの人、……そんなに有名人?」
「そうね、ま、あんたにはわからない分野でしょうけど」
「そっかあ」
ナルと同じ名前の有名人がいるのかあ。


顔合わせと、注意事項の説明が終わった後、俺たちは宿泊する部屋とベースとなる部屋の確認を済ませる。
当初の予定通り原さんと松崎さんを同室に、女が三人一部屋。男は滝川さんとジョンと安原さん、ナルとリンで二部屋だ。
まずはベースへの荷物運びをすることになっているのでみんな(といっても、原さん以外だけど)で一度車のところへ行く。そして順番に荷物を持ってベースへと運ぶ人が連なるのだが、そういう時はすかさず松崎さんが大きな声を上げる。
「ねえ真砂子は?一人だけ手伝わないわけ?」
「原さんはお着物なんで、むずかしいんやと」
「動きづらい服で来たのはあの子の責任でしょ?あたしの服だって着物と遜色ない値段してるんだから」
原さんがいないのはナルに許可をとったうえのことだけど、松崎さんは一人の特別扱いが好きではないようだ。
「麻衣、あんたもなんとかいいなさいよ」
「服が汚れるのが嫌なら、ベースにいてもいいよ」
「……そういうことを言ってるんじゃないわよ!」
俺は調査の時は基本的にTシャツとジーンズという動きやすくて汚れても良い服なので、松崎さんや原さんの気持ちはよくわからない。
しかし、そもそも彼女たちは霊能者として来ているから、こうやって雑務を行うのは違うのだろう。
「言い返すより受け入れる、なかなかやりますねえ谷山さん」
「麻衣はこう見えてかなり温厚だよな。あでもナルちゃんには結構言い返してる気がする」
こう見えてってなんだ。そう思いつつ安原さんと滝川さんが話し出すのを背中で聞く。
松崎さんはジョンをせっつきながら先をずかずかと歩いて行くので、俺はそのどちらにもつかずぽつんと間を歩いた。


ベースに一度荷物を置いた後、もう一度車に荷物をとりにいくのは滝川さんとジョンと俺の三人だった。他はベースで設置作業や、大橋さんと話をするなどしている。
道中では滝川さんが何か落ち着かない様子でジョンに話しかけ始めた。
「なあジョンさ、あとでもし時間があって機会があったらでいいんだけどよ」
「?ハイ」
「デイヴィス博士と話すときに、通訳とか、してくれねえかな」
俺は滝川さんがどうやらあの人のファンであることを知る。思わず「え」と声をあげると、俺の存在を忘れていたのか滝川さんて照れくさそうに笑った。
「あ、ナイショにしてね、麻衣ちゃん」
「うん、わかった。もしジョンがいない時だったら、あたしも手伝うね」
「マ……マジ……?」
俺も昔取った杵柄ということで、ユージンだったころの記憶を引っ張り出し、ひいてはナルからトレースした知識によって英語が喋れるから滝川さんが憧れの人と話す橋渡しくらいはしよう、と思った。
「でもあの人有名な人なんでしょ?話す機会あるかな」
「いや待て待て待て、英語喋れんの!?俺はそこから驚きなわけ!なあジョン」
「へ?あ、でも、今は学校でも英語習ってはるんとちゃいまっか?」
「あ、そういうこと?高校生の英会話レベルってやつ?それなら俺だって一応できらあ!……いやちょっとアヤシイけどな」
「へ~、じゃ自力で頑張ってみようか」
「へん、いいもんね、俺にはジョンがいるもんね」
おかしいな、手伝うつもりだったのに、滝川さんは結局俺の手助けは要らないらしい。まあいいか、その時になって様子を見て会話を繋げば。
そう思っているとベースに到着し、丁度退室した大橋さんと会釈してすれ違った。


あらかた荷物を運び入れたので、ナルが大橋さんから聞いた話を俺達に共有するところからミーティングは始まった。
要約するように滝川さんが口を開き、「屋敷はかなり増築・改築を繰り返してて図面はないっと。どうする?」とナルに方針を尋ねた。
「ベースと宿泊する場所を中心に機材を置いて、安全の確認をして範囲を広げていく。その間に計測を行い家の図面をつくろう。作業時間は日没までで、必ず二人以上で行動すること」
「慎重すぎやしねえか?職員があらかじめ一週間泊まり込んでても何も起きてないんだぜ」
滝川さんがこうやってナルのやりかたに茶々入れるのは、ナルが俺たちの言動をいちいち否定して可能性を潰しにくるのと似ているかも。
内心でそう思っていると、ナルは反論として容赦ない言葉を浴びせた。
「それは怠惰な人間の言い訳にしか聞こえませんが?この家はさっき言った通り図面がなく、どこの部屋が怪しいのかもわからない。そんな場所に泊まり込まなければならないのに平然としていられる皆さんの神経が、心底羨ましいですね」
もう少し角……いや棘のない言い方をするよう俺も努力はしたけど、まあ何を言っても無駄だったんだよね。
「───やだ真砂子、顔色真っ青じゃない」
「え、ええ……少し気分が悪くて」
滝川さんが言い負けてる一方で、松崎さんが原さんの具合が悪いことに気が付いた。
確かに顔色がいつもより青白く、唇や頬などの血色が悪い。
おそらく、森下邸で霊がいっぱいいる時に体調を崩していたのと同じだろう、ここはあの家の非じゃないほどに死んだ人間の残された感情がこびりついているから。

「強い、血の匂いがしますの……この屋敷に入った時からずっと」

原さんはそう言ったあと、口を閉ざした。



next.

さらっと格好良く英語をしゃべって通訳するフラグ匂わせたけど、……ありません(ネタバレ)
オリヴァー・デイヴィス(偽)のことは、単に同姓同名だと思っている。変なところ賢くて、ヘンなところ頭が足りない。アンバランスだね。
Aug.2024

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