I am.


Mirror. 31

ナルから取り上げた紙幣は、すぐに取り返された。
でもまあ、いいか。今サイコメトリーすることもないだろうし、俺は一度言ったし。
あとで見た光景を俺も繋いで見て、逆に俺の見た光景もナルに共有すればいいのかも、なんてことをその時は思ったのだ。

まどかを見送った後は夕食をとった。
皆はかなり疲れているようで、昨日よりは随分静かな食卓だ。
どうしてだか今日は、あれも食えこれも食えなんて言ってこなくて、俺の食べなきゃいけない量はさほど多くはない。
でも、なんとなく「食べたいものある?」とか「食べれないものある?」とか声をかけられたり、チラチラと視線が来たりするのだ。
前まではイイ食べっぷりで見てて面白い、とまで言ってくれたはずなのにな……。

「ふう、たべきった」
「……麻衣ってさあ、ウチの人厳しかったわけ?」
「え?べつに。どうして?」
妙に居心地の悪い食事をやりとげた思いでいると、松崎さんが聞いてくる。
なぜそんなことを聞かれているのだかわからずに首を傾げると、松崎さんだけじゃなくジョンや滝川さん、原さんも何やらこっちを見ていた。
ちなみに、安原さんはいない。
「昨日は残したら怒られるとおっしゃいましたけど、そういうご家庭でしたの?」
「え、あー……でもそれ、普通に言わない??」
俺、おかしなこといったかな。
完全に孤児院にいた時の常識で言ってたけど、この身体の記憶でも親に言われてたんだが。
「いや言うよ?俺んちも残さず食えって昔は言われてた。そういう常識は自然にあるけど、なんつーか」
滝川さんは非常に言い辛そうにこちをモニョモニョした。
言い辛そうだったので、少し、ちゃんと考えてみる。
「───あ、ナルの代わりに食べようとしたから?」
「そう、それなんだよ。普通自分が残しちゃいけないなら、自分がそうするだけだろ?んで、ナルの心配するってことは俺たちが善意を催してたつもりのことも無理して食ってたのかなーと」
「あんた出したらなんでも食べるから、大食いなのかと思ってた」
「へえー」
人のことを良く見ているんだな、と純粋に感心した。
俺が何も考えずにうっかり零しただけのことも、そうとれるってわけか。
「あ、別にいつも無理をしてたわけじゃないよ、皆がくれたのは、良かれと思ってだとわかっていたし。ただナルを見てたら、前のことを思い出しちゃっただけで」
「前のこと……?」
ジョンがきょとんと首を傾げるので、曖昧過ぎたかと言葉を選ぶ。
前というのはユージンの頃で、それはさすがに言えないが。

「ええと、施設にいたことがあって。財政困難だったから、食べ物を残すととても怒られた。それで、ナルみたいな子がいたから食べてあげてたの」

麻衣も保護されて高校に入学するまでのわずかな期間を養護施設で過ごしたことがあったので、嘘ではなかった。
これで通じたかしら、と皆の顔を見渡すと、怪訝そうな顔をして「施設……?」と言葉を返してきた。なので養護施設だと言い直すと、みんなは更なる困惑を浮かべる。
「おまえ、親……いないのか?」
「母が一年ちょっと前に事故で死んじゃってね。未婚だったから父はいないの。で、高校に入るまでの間は養護施設にいたわけ」
「でもあんた、ぼーさんに家に連絡入れなって言われた時、うん、って。あ、親戚とか?」
「親戚もいないよ。下宿先のばあちゃんに連絡した」
突如滝川さんが、かーーーーっと声をあげてのけぞった。ヘンなの。
「なんであの時言うてくれへんかったんですか……?」
「生活の心配をしてくれてたんでしょう?あの場で言っても話が滞ると思って」
「言わなくても滞ってただろーが」
「そうだっけ」
「学校の特待生に話が持って行かれてましたものね、松崎さんが」
「あたしのせいにしないでよ!」
「もう、みんな早くご飯食べなよう……」


一足先に食事を終えた俺は、席を立った。
家の中を探検してみようかと思ったが、一人でうろうろしていると怒られるだろうし一度誰かいないかとベースにいってみることにした。
「あれ、リンだけだ」
ドアを開けて思わず口走ると、一人だけいた、リンの手の動きが一瞬だけ止まった。
けれど振り返ることも返事をすることもなく、作業は再開された。
「ナルと安原さんは?」
「ナルは大橋さんのところ、安原さんは五十嵐教授の元へ」
「ふうん」
カタカタ、カチカチという音と共にリンの返事がある。
俺はそのままベースの中に入って行き、リンの作業を後ろから眺めた。
「図面もう少しでできそうだね」
返事はないが、おそらく肯定だろう。
構わずリンの隣にイスを引き摺って持ってきて座った。
そして俺はふと、周囲を見回して誰もいないことを確認してリンにちょっと身体を寄せる。一応内緒話だからだ。
「ねね、南心霊調査会からオリヴァー・デイヴィスって人きてたね」
「そうですね」
「ジョンとか滝川さんからね、日本では有名人なんだって聞いてね」
「ああ……」
リンはずっと作業をしているが、一応話は聞いているようだ。これを鬱陶しいのサインだと思ってしまったら負けである。なお俺は負けたことがない。常に勝利をおさめてきた。
「それでね、どんなことをした人なのかって聞いたら、ナルにめちゃくちゃ似てたんだよ───ユージンっていう霊媒の"兄"までいるんだって。そこまで名前一緒なんだ!?って思って」
「???」
「弟だったらおそろいだったのにねえ」
きゃは、と笑った俺にリンはとうとう身体を向けた。
「それ」
「ん?」
「本気で言ってますか……?」
「ほ、ほんき……?あ、まあナルたちは双子だから、どっちが弟かなんてあんまり気にしないか?」
その時、リンがふすっと息を吐いて今度は顔を背けた。そして背中を震わせている。
無表情の顔が優しくなることは多々あるけど、こんな風に笑っているのは珍しい。が、今絶対俺のことを笑っているわけで。
「なんかあたし変な事言った?」
「……っいえ。ただ、くれぐれも、人にナルの話はしないようにしてください」
「うん、わかってるよ……ねえ、なんで笑った?」
「なんでもありません。───その、弟というのは何故ですか?以前もそう言ってましたね」
「言ったっけ」
「はい。最初は単なる思い違いだと思って触れませんでしたが、谷山さんはジーンをナルの弟だと思っているようですね」
多分リンは全力で誤魔化しているが、まあいいか、と頷いた。
「だって生まれてきたのはオリヴァー"だけ"だからね」
「───、」
「ユージンは後から作られたんだ。だから弟はそっちだと思っていたけど」
施設では勝手な序列をつけられ、デイヴィス夫妻は施設職員からの口ぶりで勘違いをし、ユージンを兄としていた。けどそれ以降、あまりどちらが兄で弟であるか区別を付けられることはなかった。
ただ日本人または日本語を話せる人間が多い研究チームに入ったことで、再びよく区別されるようになった。優劣ではないが、関係性を見出すのに兄と弟が都合良く当てはまるらしい。
しかしそこでも、よくナルを弟と思う人が多くいた。
その勘違いを自分たちで正そうと思ったことはないので、もしかしたらリンもそうだったのだろうか。
「知らなかった?」
「はい……どういうことですか、ジーンが後から作られたというのは」
「それは、」
ぎこちなく頷いたリンに説明しようとしたら、足音がしてナルが戻って来た。
立て続けに食事を終えた滝川さん達も続々とやってきたので、俺たちの話は途中で終わった。
気になるならナルやお父さんにでも聞くだろう。




その夜、俺はナルの意識に自分の意識を繋いだ。
ユージンだったころはよくやっていたのだが、麻衣になってからだと初めてで、ちょっと勝手が違うような気がする。力の受け渡しができたので問題ないと思っていたけど、以前より若干ぎこちないような……ナルと同じ身体ではないからだろうか。
一応俺が見た光景はナルに送れたはずだが、繋がりが手でしかわからないのでちゃんと見れたかどうかは確認できない。
そして朝、顔を合わせたナルは勿論いつも通りだった。知ってたけどね、顔に出る奴じゃないってさ。

───でもまあ、きっと見れただろう。
と、投げやりに考えた俺は昨日と同じく計測の続きに専念する。
部屋数が百以上あるのでかなりの大仕事だったが、最後の一部屋をはかり終えた達成感で、皆とぱちぱちと手を叩き合った。
成果はこの数字と、入り組んだ場所にある部屋で見つけた人物の肖像だ。
年代的には先々代、名前は『浦戸』と後ろに書かれているが、この家の人間との関係性は謎である。

そうして集合時間のベースに戻ると松崎さん達が先に戻ってきており、俺たちの帰りを待ちわびたような声をあげる。
時間を過ぎてはいないはず、と思っているとどうやら新たな行方不明者が出たらしい。
南心霊調査会というところの福田さん、と言われて髪の長い若い女性の姿を思い出す。最初の顔合わせ以降、一度か二度すれ違ったことはあるだろうがほとんど絡みのなかった人物だ。
なので鈴木さんのように前触れがなく、普通に驚いた。
だがそれと同時に、俺はさっきまでしていた会話を思い出してジョンを振り返る。
───この家で攫われる人間は、みんな若い。と、話していたのだ。
俺も死者にその特徴があることは知っていたが、それが条件かどうかは定かではなかった。
滝川さんからの報告でナルもどこまで深刻に考えるべきか悩んだようだったが、次に俺たちが渡した肖像に気をとられて一時保留となった。
その肖像の裏面に書かれた浦戸の文字が以前拾った紙幣から見つかり、書かれてた虫食い文章の内容に検討がついたからだ。



夜になると恒例のようにまどかが窓を叩き、ナルに叱られていた。
危険なことをするなと言うナルに対し、まどかは家の外は全く危険がないのだと言い張って強気だ。そのうえもし攫われたら「ナルが助けにきてくれるでしょ」とのこと。
ナルは強情に見えて押しに弱いので、堂々としている人間のことは早々に諦める。全く関係ない人間であれば見放すに至るんだけど、関係ある人間には意外と譲歩してしまうのが可愛いとこだ。
つい、ナルとまどかのやり取りをにこにこと眺めてしまった。

「そういえばこの写真を見つけたんだが、誰だかわかるか?浦戸と裏面に書いてある」
「ああ、それが鉦幸氏よ。美山鉦幸、この家の先々代。浦戸というのは雅号、ペンネームみたいなものね」

調べものの内容(とくに先々代の美山鉦幸のこと)を聞いた後、ナルは俺たちが見つけてきた肖像をまどかに見せた。
するとその人物こそが美山鉦幸なのだと知って、俺は視界が開けたような感覚を味わう。



あの男だ、怪物だ、やっぱり人間だった。

美山鉦幸───この家にかつて暮らしていた人間。
幼いころから身体が弱かった、長くは生きられないと言われた───くやしかった。
……ああ、死にたくない、そう思っていた。

頭の中に流れ込んでくるような、感情や記憶。

それが怪物の正体か。



next.

麻衣の家族の話をするのが微妙にずれたり、リンと当然ながら人種の話をしなかったり、たのしいね。
ナルとジーンどっちが兄か問題をここでヌルッと重めの闇を纏って醸し出す。たのしいね。
「あれ?リンだけだ」って意味もなくジーンと同じセリフを使う。本当に意味はない。意味なく使うことに意味がある。
Aug.2024

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