Mirror. 41
周辺の散策から戻ってきた俺達は、洞窟にカメラを置けるかどうかの確認をリンにとる。選択肢は三つ。バッテリーでカメラを置きまめに交換へ行く、インターバルタイマーで数時間おきの撮影にしてバッテリーを長もちさせる、崖から延長コードを垂らして繋ぐというもので───迷いなく延長コードとなった。
バッテリー交換の手間は惜しまないが、洞窟は満潮時は行けないし、重要なポイントだと思ったので人の出入りは少ないほうが良い。
延長コードを下ろすには一苦労だけど、それこそバッテリーを交換しに行くよりは断然楽だ。
滝川さんとジョンを連れて行ったカメラの設置は、水位があがる前になんとか終わり、ベースに戻って来た俺たちと入れ違いにリンは仮眠の為出て行った。
その間、リンの次に機械に慣れている俺がここでの番をする。
真砂子と綾子は今入浴と食事に行ってるので、滝川さん達は彼女たちが戻るまでは俺とここで待機だ。
「どうよ、今晩あたり何か起きそうかい」
「さあ……神が相手となると、意思もタイミングもわからないしね」
「神、ですか?」
座椅子の背もたれに軽く身体を預けて、モニターと距離をとる。
「おこぶ様は神様でしょ?」
「あれはあくまでこの土地に祀られてるだけだろ?そもそも俺たちが見たのは霊だったじゃねえか」
二人にとっては霊の方が馴染み深いだろう。特にジョンなんかは神と言えば信仰のうえで認識が異なる。
俺としても、栄次郎さんから飛び出してきた動物の形をしたものは、確かに霊が姿を変えたようにしか見えないし、それが神とは到底思えなかった。
なので自分の考えを述べるために、引き合いに「浦戸がさ」と口を開く。
「初めて見た時、ただの霊とは思えなかった。正体がわからなくて、とても人間とは」
「そういえば、わからないって言ってたもんな」
「霊は大抵その死に納得がいっていないから現世に留まってるわけでしょう?だから後悔や感情、衝撃とかを抱えたままなんだ。でも人間ではないものに生死はなくて、そういう類のものはあたしもしっかり姿を感じることが出来ないの」
「それと似てるって言いたいのか?……けど、浦戸は結局人間だったのが変化していっちまった成れの果てなわけだから、麻衣に読めなかったのもそう言うことじゃねえの」
「その可能性はゼロとはいわない。でも、覚悟はしておいて」
二人は神妙な顔になった。
そしてジョンが「覚悟……」と呟く。
遠回しな日本語ではわかりにくいだろうか。
「消せない、という覚悟」
日付が変わる直前、吉見の母屋の方で騒ぎがあった。
また家族が暴れたかと思えば違って、次男の『靖高さん』が突然手首を切って自殺をはかったそうだ。
見つけたのは家族だが、声を聞きつけて滝川さんとジョンが行ったところ、まだ息はあったとのこと。
彰文さんが付き添って救急車に乗り込み、家族が不安そうに見送るところだけ、俺は見ている。
「ねえ」
ふいに声をかけられて、くんっと腕を引っ張られた。
下を見れば、克己くんと和歌子ちゃんが俺を見つめていた。
「靖おじちゃん死んだ?」
「ううん、生きてるよ」
顔にはうっすらと笑みが浮かんでいる。吸い込まれそうな黒い瞳からは何も読めない。
それに、身内の生死をどこか楽しそうにしてるからといって、人間ではないと判断することもできないし……。
「ええ?なんだあ」
「つまんなあい」
二人はキャラキャラと笑い、家の中に駆けていく。
小さな背中を数秒ほど見ていたが、風によって木々がざわめく音に気をとられて暗闇深い林の奥へと視線が流れた。
また、腹の中がムズムズして、落ち着かない気持ちになった。
「なあ、ナルから霊が出て行ったらわかるか?」
ベースに戻ると、滝川さんが神妙な顔でリンと俺に投げかける。
返答はリンがした。ナルの身体から霊が出て行けばわかるが、そもそも今はリンに封じられている状態なので、霊はナルの身体から出ることは出来ないのだと。
病院から戻って来た彰文さん曰く、靖高さんは日々家族を殺せという幻聴を聞いていたそうだ。それはおそらく霊の声で、靖高さんの身体を乗っ取るか、意識をコントロールするかにみせて、彼を追い詰めた。その結果いつか自分が家族を手にかける前にと命を絶とうとしたのだと。
その話を聞いた滝川さんは、靖高さんには霊がついていたはずだと考えているのだ。
「となると、霊は単体じゃないようだぜ。また家族に憑依されてあんな風になられちゃたまらん」
「そうだね」
最初からそのことはわかって、滝川さんの言うことは正しい。
栄次郎さんのように暴れて人を殺しかけたり、靖高さんのように自殺をはかられては、確かに困る。───依頼人を護る、ということを失念していた。
「綾子に護符を作ってもらって家族全員に持たせよっか。持つのを嫌がった人間がいればそれは何かしら霊が干渉してると考えていい。無理に渡そうとせず一度引いて、ジョンと滝川さんで改めて向かってもらえば対応できるんじゃない?」
「……おう」
滝川さんは少しの沈黙を経て頷く。
先が思いやられる、と途方に暮れているのだろうか。
「この場所は霊が居やすいんだよね。霊場になったのも、海だからか、神の力が強いからか───とにかく霊が複数いることは想定してたんだけど……」
話し出すと、滝川さんとリンの視線はおもむろに俺に集まる。
「その霊の目的も、正体も、吉見の家の人の話を聞いただけではわからないことが多すぎる。だから明日、外に出て調べものをして来ようと思うんだ」
「そうなんだよなあ……しかし、ただでさえ霊が複数いるってわかって、麻衣に抜けられると、穴がでかすぎるんだよ」
「あたしがいたところで除霊できるわけじゃないよ」
「そういう問題じゃないっつの……」
滝川さんはウンウンと頭を悩ませた末、急に顔を上げる。
そして、「よし、助っ人を呼ぼう」と自分の膝を叩いた。
翌日、ジョンは朝早くに靖高さんの入院する病院へと向かわせた。靖高さんに祈祷してもらってから護符を渡すように、ついでに商売っ気だしてこい、というのは滝川さん談。
一方家に残った俺達はというと、綾子が作った護符を俺達で家族に配って回っている。
すると、案の定護符を要らないという人間がいた。それは葉月ちゃんと克己くんの母親であり、和泰さんの妻である『陽子さん』だ。
彼女はこの家に来た当初から、曖昧な人相だと思っていたので驚くことではない。
一度は「でも、持っててほしくて」と食い下がってみたが、焦点の合わない目であれこれ理由を付けて断られたのでその場を辞した。
彼女をじっと見たところで、俺にその胸中までは見えてこなかった。霊の心もだが陽子さん自身も曖昧で、かなり意識を抑え込まれている上に、霊自身がかなり陽子さんに馴染んでいるせいだろう。───もっと、刺激をすれば違うかもしれないが。
次に俺が向かったのは、たびたび絡んできた克己くんと和歌子ちゃんだ。
二人は彰文さん曰く急に仲良くなったというとおり、何かと二人で一緒に居るので見つけるのは容易い。
「あ、二人とも」
声をかけるとゆっくりと振り向いたが、すぐに怪訝そうな顔をして身構える。
「これ、御守りなんだけど」
「いらない!」
「こっちにこないで!」
護符の気配を感じたのか、二人は飛びのくようにして距離をとった。
深追いするつもりはなかったけど、もう少しきちんと見たくて庭に出て行く小さな背中へ呼び掛ける。
「───靖高さんが死んだって、知ってる?」
気を引くように、嘘をついた。
すると二人はぴたりと足を止めて振り返る。それどころかうすら笑いを浮かべて「ほんと?」と駆け寄って来た。
「あとは、彰文さんも」
「彰にいさんも?じゃあ車にのった?」
「どうだったかなあ」
「教えてよう」
無邪気な子供にみえるが、『車』という言葉が気になる。
どうやらこの子たちの中にいる者は明確に家族を殺す意思を持ち、何かを企んでいるようだ。
「車に乗ったらいいの?」
「そうだよ、車に乗って!」
言葉に同調していきながら、自分の存在感を相手に似せていく。
そうすることによって、彼らは俺の中に自分を浸透させようと引き寄せられてくるから。
「じゃああとで彰文さんに車に乗せてもらおうかな、楽しみだね」
「あはは、うん、楽しみ」
俺はしゃがんでより近い目線になりながら、彼らの言葉に応じて話を合わせた。
「あと誰が死んだら面白い?」
「うーん、みんな!───みんな死んじゃえ」
互いに笑みを絶やすことはなかった。
その時、俺達の声につられてきていた誰かの足が地面を踏みしめ息をのむ音がした。
「みんなだと困るなあ。吉見家の全員?それってあたしたちも?」
「死ねば死ぬほど良いんだよ」
言葉を交わして行くたび、二人の様子が少しずつ変わり、中にいる者の姿が露わになる。
和歌子ちゃんは口数が少なくなったが、克己くんはむしろ饒舌になった。
「吉見家の人たちを恨んでいるの?」
「───……恨ん でい る……?」
感情の色が見え始めたときに、その黒々とした目を通して心が映る。
「ああ……恨まずにいられようか、同胞の裏切りを」
「同胞───"村の人間たち"?」
「そうだ、あいつらめ……ゆ るさん ……殺して、……」
辿々しいが、殺意に塗れた言葉はおよそ人の子供から出てくるとは思えないほどの圧を持っていた。
克己くんと和歌子ちゃんに憑依しているのは、かつてこの土地にあった村の人間のようだ。生活を苦に一揆をおこしたが鎮圧され、その後仲間であった村人たちに罪を擦り付けられた。
首謀者としてその名を挙げられ、逃げようとしたが村中の人間に追いかけられて、生きたまま首を切られた───という最期だ。
なんて、忌々しい。
「───殺してやる」
俺は、そんな言葉を吐き捨てていた。
自分のではない感情が、ここにある。
目の前にいた克己くんの首に手を這わせて、握った。
ゆっくりと力を込めていくと、目の前の顔は一瞬驚いたように目を丸めた後、くしゃりと歪んだ。
「麻衣っ、……やめなさい!!!」
心なし遠いと感じる場所から綾子の声がして、はっと我に返る。
目の前には大泣きしている克己くんと、へたり込んでる和歌子ちゃんがいて、綾子と光可さんが駆け寄ってくる。
思わず首を握っていた手を開いて身体を離すと、克己くんはその場に尻餅をついた。
けほけほと噎せてはいるが、骨を折ったり気管を潰すまでには至らなかった。
綾子は慌てて俺に護符を叩きつけるという、ほとんど物理的な除霊方式を行使したが幸い俺も身体の主導権を取り戻していた為、霊はあっけなく逃げて行ったみたいだ。
光可さんは何があったかわからず泣いてる克己くんと和歌子ちゃんを抱きかかえながら、少し離れた所で俺と綾子を見ている。
「今のはいったい、なんなの……?」
「───あ」
綾子はすぐこの事態がまずいと思ったみたいで、俺の手を掴んだまま立ち上がる。
そして俺をチラと見て窺った。
「子供たちに、霊がついてたんです。それをあたしの身体に一時的にうつして」
視線は説明しろってことかと、期待に応えて事実を述べる。
しかしその時、綾子は慌てたように俺の肩を掴んだ。
「まず謝る!!!」
「あ……ゴメンナサァイ」
next.
原作で麻衣ちゃんは克己くんに火傷負わせてるので、こっちでも首くらい絞めていいカナ……?ガバ判定。
麻衣ちゃんの九字が当たった時、克己くんだけじゃなくて和歌子ちゃんもダメージがいってるから、ひとつの霊が子供二人を操ってたってことなんだろうか……。
Sep.2024