I am.


Mirror. √M 05

阿川家で度々起こる家電の不調は、故意によるものだと判明した。
もしかしたら、最初に修理に来た業者が、また故障するようにしむけ、再度修理に呼ばれるという詐欺まがいの手口でも行っているのかと思ったが、それにしては複数の家電に起きている。
では住人である翠さんか礼子さんのどちらかが、わざとそうしているのか。それは違う。
となると、この家の住人が知らないうちに、家に出入りする者がいる、という結論が導き出された。

「窓から侵入しようにも、ほとんどが鏡をはめ込まれていて外れない───使える窓は二階のベランダと一階のリビングにあるものだけ。戸締りは女性二人暮らしだから特に気を付けていると言うし」
「合い鍵を作られた可能性は?落としたり誰かに一時的に貸したり」
「その線も考えたが、心当たりはないそうだ。ちなみにピッキングも鍵の形状的に難しいタイプ」

翠さんと礼子さんが各々夜を過ごしている中、俺たちはベースで話し込む。
ナルが言うにはこれは"嫌がらせ"だ。しかし、その理由は何だろう。
翠さんと礼子さんはそう言ったことをされる覚え、トラブルなどはなかったと言う。外からも周辺の人間関係やトラブルなどを安原さんに探ってもらっているから───やはり今回も彼が頼みの綱となるのだろう。

そこまで話したところで、ナルと俺の会話は自然と途切れた。
安原さんには今晩、顔を出すように行っておいた。
何気なく時計を見ると時刻は20時半だった。特に何時に来るように指定はしていない。───と、思っていたところで俺のスマートフォンが鳴った。「噂をすればだ」

安原さんには、この家の過去の持ち主を出来る限り洗い出してもらっていた。
翠さんが購入したのはほんの半年足らず前で、その前の住人は長くはこの家に住まなかった。更にその前もそうらしい。
不動産業者に家を出た後の行き先や、手放した理由などは聞けないが、掻き集めた情報の中に家が気味悪いとこぼした人間はいたようだ。
「なんでも覗かれている気がする、とか」
「覗かれている?……だから窓を鏡に変えたのかな」
安原さんの話を聞き、独り言のようになるが呟く。
他にも、翠さんと礼子さんが隣人から聞いた不穏な噂の正体だとかも調べてもらったが、これは彼には見つけられなかったらしい。
「───というか、そもそもそんな噂はないんです」
「ない?」
思わず俺は聞き返した。
安原さん曰く、他の近隣住民に聞いてみたがそれらしき噂はなかった。つまり、笹倉和美しかそのことを言っていないのだそう。
ナルと俺は一緒になって黙り込み、考える。なんで、どうして、もしかして、と色々な可能性が過るが先に思考を戻したのはナルだった。
「それは追々にするとして、安原さんにはこの家で過去に殺人事件が起きなかったかを調べてください」
「殺人事件……それはまた、穏やかではない」
「この家で殺された人間が五人いると、麻衣が」
「家族構成は祖父、父、母、娘、息子だと思う」
俺はナルに視線で促されて詳細を伝えた。
この家に来てから断片的な記憶を集めて行き、ここに居る強い感情を放つ霊の正体はもうわかった。
それが実際にはどういう経緯で起こったことなのか、というのがナルにとっては情報として必要になる。それを整えるのが安原さんの仕事だ。
「具体的ですね……」
安原さんはたじろぎもしたが、頷いて速やかに帰って行った。



翌日の昼下がり、家のインターホンが鳴った。
翠さんは仕事へ行き、礼子さんは買い物に出ている。リンは機械を見ているし、ナルは仮眠中だから俺が立ち上がり、玄関のドアを開けた。
「あら、あなた誰?」
外にいたのは五十代くらいの女で、俺の顔を見るなりこの家の者ではないことに気づいた。
おそらく近所の住民なんだろう。
「この家に暫く滞在している者です。あなたは?」
「隣の家の者だけど、奥さんや娘さんは?」
「今はどちらも外出中です」
「あなたは親戚の子かしら? 昨日もお客さんが来てたわよね、男の人だったと思うけど」
それが誰のことだかはわからないが、ハア、と曖昧に返事をしておく。
隣の家と言えば両側にいるが、用件を言わずにやたらと詮索してくるあたりは、笹倉の方だろう。この家に来てから、頻繁に名が話題に上っている。
「そうだ、お腹減ってない? お台所借りて、何か作ってあげましょうか」
「いいえ。ご用件はなんですか?」
「奥さんに話したいことがあるのよ」
「でしたら、帰ってきたらおたくに訪ねるように言っておきます」
やけに家の中に入りたがるなと思いながら、女の顔をみつめる。
目が合った途端に流れ込んでくるのはこれまでの記憶だ。どういうわけだか知らないが、この女は阿川家に度々入り込み、家の中を探っていた。家電に細工したのもこの時だろう。
出入口はどこかと思えば、この家の姿見だ。改装する前、あそこは勝手口だったためにドアの様相を持ったまま開閉が可能らしいことを知る。

「───家主は留守ですので、お引き取りを」

ぼうっと考えに耽っていると、背後に人の気配がして、頭の横のドア枠に手が置かれていた。その正体はナルで、あっという間に笹倉和美を追い払ってドアを閉めてしまった。

「今のはなんだ?」
「隣の家の人だって、多分笹倉……」
「やけにしつこかったけど、用件は?」
「家の中に入りたいみたい。あと客人の正体も気にしてたけど」
「僕たちの?」

何故だと言いたげに首を傾げているナルをよそに、俺は廊下の突き当りにある大きな姿見を指さす。
「この家に悪戯をしているのは笹倉和美みたい。出入口はあそこ」
鏡にはナルと麻衣の姿が全身映っていた。
だがその鏡の影から、覗き込んでくる者がいる。

───『コソリがいるよ』
俺の中を、子供の声が過った。
しかし鏡越しの誰かも、声を出した子供も、姿までは明瞭にならず立ち消えた。

「あの姿見は最初から鏡だったわけでも、窓だったわけでもなく、ドアだった」
俺は諦めて、今わかる事を鏡越しにナルの顔を見ながら話す。ナルは俺のドアという言葉を聞いてから、姿見を押したり叩いたりしてみたが、開く様子はなかった。
恐らく外から開く造りになっているのだろう。諦めてこちらに視線を戻す。
「考えられる理由は」
「それって必要?」
答えられない俺に、ナルはひとつため息を吐いた後、ベースに足を向けた。それでリンに声をかけて、姿見を調べ始める。その間俺はベースで待機していた。

暫くして、あのドアがやはり外から開くことが分かった。この家の裏にはわずかなスペースがあり、近隣住民と密接している。───笹倉家ともそうだった。
なんだ『隣人トラブル』か。やりづらいな、と感じる。
例えば霊が居て悪さをしたり、心残りがあって彷徨っているのが人の目に映るとか。または人が呪いをかけたりするなど、心霊的なことがあれば、俺たちは原因を取り除くとか、対処が可能だ。でも、隣人からの執着には介入ができない。
不動産会社や地域の相談員、警察にでも掛け合ってくれとしか言いようがないのだ。
とはいえこの家には霊がいるので、彼らが何かをしでかさないかを調べる必要もある為、すぐに撤収するわけにもいかなかったけれど。

「───俺に嘘の除霊をしろって?いったいどういう了見だよナルちゃん」

翌日、呼び出しに応じてやってきた滝川さんは、ベースに座って不満をあらわにした。
彼に依頼する除霊の相手は特になし。いや、いるにはいるが、詳細を明らかにはしなかった。
ナルが滝川さんを呼び出したのは、昼夜問わずかかってくる無言電話や機械の不調に対して、礼子さんが相当参ってしまっているためだ。
祈祷というパフォーマンスを見せることによって、精神的に安心を与えるという目的がある。
「滝川さんの手を借りるほどの事態ではないと思うんだが」
これでもナルは一応、滝川さんを尊重しているつもりなのだ。
しかしその思いは通じておらず、むしろ軽んじられてる思った滝川さんは拗ねた顔をして言う。
「あのなあ、住人が不安がってる要素っていうのが大体人為的なものだってことだろ?それなら俺は坊さんに祈祷してもらうよか、人間が犯人……出来ればその相手を突き出されたほうがよっぽど安心できると思うぞ」
「それもそーだ」
俺は滝川さんの言い分に頷く。滝川さんは俺の同意に「な?」と念押した。
しかしナルの考えは違う。礼子さんたちの不安を一時的に取り除いた後に、改めてここにいる霊に何ができ、何をしようとしているのかを調べたいのだ。
もちろん、滝川さんの言った通りにしても、それは叶うと思うけれど。
「それに霊に関しては、麻衣が霊視して少年が調べてきたんだって?」
「はい。ありましたよ、渋谷さん達が言うとおり、一家殺人事件が」
「そっちを先に聞くべきじゃねーの?」
そう、滝川さんと同じくして、安原さんも調べものの報告をするために阿川家を訪れていたのだ。しっかり調べてきた内容を手に。
「僕としても今回はひっかかってしまいまして」
「ひっかかったって?」
滝川さんはこれ幸いと、自分の除霊の話を逸らすように安原さんから話を引き出そうとする。 「最初にこのお宅のことを調べる時、住所を見て近隣で何か事件や事故が起きなかったかはあたるんです。この家でかつて起きた事件、それも一家五人が亡くなっていれば、絶対に報道があるはずでしょう? でもそれは当初、見つけられなかった」
「弘法も筆の誤りってか」
「それで何にひかっかったかと言いますと、───旧地名だったんです。今日までにこの区画は町名改正が何度かあって」
「ほ~、町名改正。そりゃ難儀したなあ」
「いやはや。谷山さんの一家五人というワードがなければ僕は中々たどり着けなかったことでしょう」
二人の会話中、ナルが退屈そうにしていることには気づいていた。
本来ならさっさと本題に入れと言い出すところだったが、一応、何故すぐに情報が見つからなかったかを聞こうとしたらしい。
そして大して面白くないと感じたようで息を吐く。
「さっさと───」
脳裏で描いていた通りの発言をするところだったナルは、しかし、途中で口をつぐんだ。
なぜなら部屋の外、もっと言えば玄関先が騒がしくなってきたからだ。

インターホンは鳴っていないはずだが、どうやら外に人が訪ねてきていて、話をしているようだ。
ごく普通の用件、宅配便や郵便物、近所の人や、営業だとしてもここまで声が聞こえてくることはないはず。ということは、何かがあったのではと皆が立ち上がる。
廊下に顔を出すと、翠さんの背中が見えた。玄関の前で何か言い合いをしているようだ。

「あの、ちょっと、いつも困るんです」
「こういうのはお互い様よぉ、気にしなくていいってば」
「そうじゃなくて」
「またお客さん増えていたわよね? うちに煮物が残っていたから食べてちょうだいよ」
「結構ですから」
「ちょっと温めたらすぐ食べられるわよ、キッチンかしてもらえるかしら」

俺の頭の上に顎を置いた滝川さんがそのやり取りを聞いて、あんぐりと口を開けた後、カクンと閉じる。そして「ひえー」と妙な声を出した。

安原さんがさらに調べてきた情報によると、笹倉家は長年この家に執着しているとのことだ。前の住人が住んでいた時もしつこく、家を売って欲しいとか言っていた。住人にもそうだし、不動産会社にも。
だがそれは度を超えた剣幕だったとかで、かなり忌避されてしまった。
その為、前の住人が出て行った後に、不動産会社は笹倉家にこの家を買うかと打診などせず、まったく関係のない阿川家との売買を成立させた、と。
この家に移住したいのか、それとも取り壊して改装でもしたいのか、その目的は定かではないけれど笹倉和美がこの家に入り、阿川家が出て行きたくなるような行為を繰り返している理由を知った方がよさそうだ。

「中に入れてあげようよ、話がしたい」

俺はナルにそう提案した。



next.

安原くんは麻衣があまりにも"知ってる"ので、恐怖や気味の悪さをふと感じてしまうけど、そっと感情に蓋をしてくれそう。
April.2025

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