No, I'm not. 01
外では雨が降っていた。
半壊状態の木造校舎では、容赦なく雨風が吹きこんできた。
とはいえまだ生きた教室もある。
マシな場所を見繕って、汚れた床に遠慮なく腰を下ろした。
背負っていたクラシック・ギターを膝に乗せて抱えて、手すさびに音を鳴らす。
前奏をギターとハミングで作り出して、そのあと歌詞をのせた。
俺は今、通っている高校の、使われていない旧校舎に忍び込んでいた。
別に何か反抗的な思いでいるわけじゃない、ただやり場のない感情と、行き場のない足取りが、俺をここに導いて歌わせてる。さすがに盗んだバイクで走りだそうとまでは行かないけど。
「歌、うまいね」
いつの間にか俺の傍には人がいて、俺の手元を覗き込んでいた。
教室の隅や街中、公園のベンチとかでギターを弾いてると、歌を聴きに来る人はいるので慣れた距離感だ。……とはいえ、誰もいないはずの校舎の中で出会った少年には内心ちょっとビビった。
「……誰?」
街中で出会っても相手が誰かなんて気にしたことないけど、今この場で出会うとしたら大層気になった。使われていない校舎とはいえ自分の通う学校の生徒なんだろうか。
少年は微笑みながら、ギターに興味津々な眼差しを向けてきた。
「君が作った歌?」
「まさか」
こんな名曲を自分が作ったなんて大それたこと言えない。そう思って瞬時に返す。
俺が相手の存在に戸惑ったことなど気にしてないみたい。こういう人はよくいるので返答を諦めた。
「また、歌聴かせてほしいな……」
「ふ、いいよ。ここでなら」
素直に嬉しくなって笑う。それだけ俺の歌を気に入ってくれたのかなって。
一方彼は、闇にぽっかり浮かぶ月みたいに白いかんばせを、儚く萎めた。
「いや、ここにはもう、来ない方が良い───」
えっと言葉に詰まる俺は、ふいに雨が上がったことに気が付き、晴れた雲の隙間から差し込む月明りに注意が逸れて、それきり少年を見失った。
翌日は雨の名残を見せない晴れた朝だった。
しいていうなら、桜の花が大量に散って、道路のあちらこちらに模様を作っているくらいだろう。
俺はなぜだか昨日会った少年が気がかりで、珍しく早起きをしたし、旧校舎の前に来てそこを見上げた。
不思議な雰囲気をまとう彼が、こんな朝日の下に現れるとは思えないけど───と、校舎に入り込む。
いつもは窓とか、壊れた箇所のブルーシートの隙間から入るんだけど、この日は昇降口のドアを開けた。
乱雑に並ぶ靴箱と、異彩を放つビデオカメラに、びくりと身体が竦む。なんだ、あれ。
旧校舎をしばしばサボり場所にしてた身としては、心臓に悪い代物である。
学校の先生は俺のサボりを半ば容認と言うか、気にしてないんだろうけれど、映像として記録されて、提出されたりしたら、間違いなくなんらかのペナルティを受けることになる。
控えめに遠回りして、カメラの死角へ逃げ込み、録画中だろか……と後ろから覗き込む。
三脚に設置されて、コードが繋がっている。電源は入っていそうだけど、録画中特有の赤い光みたいなのはなさそう……。
「───誰だ!?」
鋭く低い声に、びくりと身体が飛び跳ねる。
げっ、と靴箱を背に周囲に視線をやろうとして、後ろのそれがあまりにも不安定だったことに、さらに驚く。
「、わ……」
全身の毛穴を針で指されるような感覚は、恐怖から来ているのかもしれない。
視界の端にはとうとう人影がやってきて、さらには俺の方に、靴箱が倒れ込んできた。
ギター!!!!!
とっさに、自分のギターを抱えた。ガシャンとか、ドタンとか、何かが倒れたり壊れたりする音と、その破片がそれぞれバラバラと散らばり地面に投げだされるような音の余韻。舞い上がる土煙と、誰かの声。
「なんだ、今の音は?」
靴箱の下敷きになるのを免れた俺は、ギターを抱きしめたまま、新たにやってきた人間の姿を目に止める。昨日会った人だと思ったのも束の間、彼は俺を一瞥すると無視して、靴箱の下敷きになったカメラ───そして、人の方へと駆け寄っていく。
そうだ、それどころじゃないんだ。
「す、すみません……!大丈夫ですか?」
「何があった」
「声に驚いて、靴箱に触っちゃったから、それで、こんなに脆いと思わなくて……」
「言い訳は良い。大丈夫か、リン」
「平気です」
靴箱の下から這い出てきたのは長身の男性。
横顔だとどんな表情なのかわからないみたいに、長い髪。でもその隙間から血が垂れているのが見えて、さーっと自分の血の気が引いていく。人にケガをさせてしまった罪悪感である。
「立てるか?」
「はい」
「支えま───」
「結構です。あなたの手は必要ではありません」
手を貸そうとしたのを叩いて拒絶されて、普通に傷ついた。
少年には病院はどこだと聞かれて、学校を出てすぐ近くにあると答えたけど、何をしたらいいのかわからないまま佇む。
「ああ君、名前は?」
「……谷山です」
「そう、谷山さん。親切で教えてさしあげますが、今チャイムが鳴りましたよ」
「それは、どうも」
昨日とは、ずいぶん態度が違うんだな。
旧校舎にはもう来ない方が良いと言ったのに、のこのこ現れたからか?
反論しようにも今の俺はそんなことできる立場ではないので、彼らとは違う方向へ逃げるようにして向かった。
もう学校行くのヤんなっちゃったな……と思いつつも、反省の意味を込めて教室に顔を出す。
「お、谷山。今朝は珍しくHRに間に合ったな。遅刻だが」
「おはようございまーす」
担任の先生は慣れた様子で、俺の出席をとる。
ワケアリ生徒ということで、いちいち干渉を受けないのですごく楽だ。
「今週、朝からいるの、初じゃねえ?谷山」
「そうかも?」
「ねえ麻衣ちゃん、放課後ひま?てか今日最後までいる?」
「いるかも。なんか用?」
「後で話すっ」
隣の席の男友達が木村、前の席の女友達は織田さん。それぞれが俺が席に着いた途端にヒソヒソと話しかけてくるけど、さすがに担任からの叱責が飛び、それぞれ前を向いた。
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麻衣成り代わりなんだけどまた別パターンを書きたくなりました。しょうこりもなく。
今回は原作知識なしで行きたいと思います。
Sep.2022