No, I'm not. 02
織田さんは怪談のお誘いだった。なんでも昨日の放課後、篠原さんと吉沢さんと三人で怪談話をしてたのを、今日もやる約束をしているらしい。
今日は上級生も一人参加するから、レアなんだとか。
元々あんまり興味なかったし、朝からヤなことあったし、やっぱ断ろうと思って放課後に帰り支度を整えて声をかけることにした。
「織田さん、朝言ってた怪談だけどさ」
「怪談ですって!?」
俺が言いかけた時、名前の知らないメガネのコがガタリと席を立つ。
わ、馬鹿、と俺の顔を見てた子たちが、糾弾に備えるように身構える。
「───谷山さん、いるかな」
しかしその勢いは、教室のドアのところに立った少年の登場により遮られた。
昨夜と今朝、旧校舎で出会った人だった。
え?……今おもっきし、俺の名前呼びましたよね。
若干の苦手意識が植え付けられていたので、俺は硬直して返事もせずに彼を見る。
唐突に現れた顔の良い少年が、教室をぐるりと見渡せば、見られた生徒たちは不思議と居心地が悪いというか、緊張してしまうもので、名指しをされた俺を見る。
すると少年はそれらの視線を辿って俺に行きつく。 目が合いそうになり、うへ、と視線を外したその先には彼が抱える荷物があった。
「ギター!!!!!」
「君が今朝置いていったものだな」
「あんがと!!!」
思わず駆け寄って彼の手にしていたギターに抱きつく。
そういえば今の今までギターを忘れていたことに気づいてなかった。俺としたことが。
多分彼は、俺の名前から、クラスを割り出してやってきたんだろう。そうなると、俺が旧校舎に入り込んだということが一部の先生にバレてるかもな……。
「あ、渋谷先輩……麻衣ちゃん知り合いだったの?」
「何年生?どういったご用ですか?」
吉沢さんはどうやら彼と顔見知りらしい。んでもって、メガネのコが邪魔をされたとばかりに不機嫌に返す。
渋谷先輩とやらは一向にギターを渡してくれないため、吉沢さんたちのところへ戻れない。
「谷山さんとは今朝ちょっと。今日は怪談に混ぜてもらう約束をしてたんだ」
代わりに渋谷先輩が簡単に事情を説明する。
そのせいで、さっきまでの剣呑な雰囲気が戻ってきてしまった。
メガネのコ、黒田さんは霊感が強いらしく、怪談すると霊が寄ってきて頭痛がするんだとか。昨日の放課後もそういうことをしたせいで今朝も頭が痛かった。今回は除霊をしておいたけど、軽はずみな行動はするなとかなんとか。
ところが渋谷先輩はそれは気のせいだろうし、霊感があるなら旧校舎について何か分かるか、と畳みかけていく。
結局、黒田さんは言い負かされたみたいだった。
それを見てた三人も、萎えて怪談する気じゃなくなった。
渋谷先輩は口では残念と言いながら、ギターごと俺を廊下に引き摺っていき、ぼんやり視線を遠くにやり何か考え込みながら話を振ってくる。
「彼女はクラスメイトか?」
「うん、初めて話したけど」
それどころか名前もさっき知ったけど、とは言わないでおく。
「本当に霊能者かな?」
「知らなーい」
そんなに真偽が気になることかね。こんなん、雰囲気とノリだろ。
「……ギターがそんなに大切なのか」
俺がいまだに、渋谷先輩の持つギターにつかまったままなので、まじまじと見つめられる。
「一番の友達なんで」
「ふうん。それより、今朝のことだが」
ようやくギターから手を離したと思ったら、今朝俺の不注意によって怪我をさせてしまったお兄さんの容体を言われた。足を捻挫していて、しばらく安静にしていなければならないらしい。
さすがにそれは悪いなと思ったからお兄さんにはもう一度謝りたいと伝えたら、渋谷先輩はそれよりも、自分の仕事を手伝って欲しいという。
お兄さんの治療費とかカメラの修理代とか請求されるよかマシだな、と肩を落とした。
「……わかったやるよぅ……いつから?」
「今日は来られるか?」
「ウン……っていうか、渋谷先輩って先輩じゃないんだよね?なんで先輩って呼ばれてんの?」
廊下を並んで歩きながら、隣を見る。
黒ずくめの私服姿で、この学校の制服ではない。今朝だって旧校舎でカメラを設置するとかしてたわけだし。黒田さんと話していた時も、校長から旧校舎のことを依頼されてきたみたいな口ぶりだった。
「あの子たち、僕を二年生だと思ってるみたいだな」
あの子たちと言うのは昨日会ったという織田さんたちだろう。先輩だと思った理由が全然見えないが、まあいいや。
じゃあ渋谷先輩って呼ぶのもヘンかな。年上だから先輩でもいいんだろうけど。
渋谷先輩あらため、渋谷さんは渋谷にオフィスを構える心霊現象調査事務所の所長であらせられる。
見た感じ俺と年齢がそう変わらないってのに、もう所長をしてるとは恐れ入った。
「もう仕事してんだ。いいね」
「どうも」
素直な気持ちだが軽く褒めると、当たり前かのように頷かれる。
軽く身分を教えてくれたあと、仕事の説明をするといって校庭の脇にあるベンチに並んで座った。
旧校舎は校庭の向こう側に見えるので、それを眺めながらだ。
「───へえ、旧校舎そんな噂あったんだー。入り浸ってたけど、霊なんて見たことないな。まあ霊感ないんだろうけど」
渋谷さんから聞かされた旧校舎の噂も、かつての事故も正直初耳だった。心霊現象らしきものにだって、出会したことはない。
まあ、俺はこの春入学したばかりだし、授業も学校生活もそこそこにしか参加してないからな。
クラスでは遅刻欠席常習者としてある意味有名になっちゃって、顔を出すとレアキャラ扱いされてるので構ってくれる人が多いけど。
「入り浸ってた?生徒は立ち入り禁止のはずだが……その結果がこれか」
「あっはっはっはー……」
けさ人にケガをさせました、というプラカードでも持とうかな。
「でも、だからか、ここには来ない方が良いって言ったの」
「誰が?いつ」
渋谷さんがきょとん、と首をかしげた。
「昨日、渋谷さん」
「僕が?昨日、なんて?」
「いや悪いと思ってるよ、せっかくの警告を無視して」
俺は居心地が悪く、座った位置をもぢもぢ、とずらして渋谷さんとの距離をとる。
「君とは今朝初めて会ったと思うが?」
渋谷さんは全く記憶にないみたいな反応で、責められると思ってた心の準備を捨てて、昨日会った教室、歌ってた俺に声をかけてきたこと、雨が止む直前のことだと答える。
「雨が止む時間だったら、僕はちょうどクラスメイトの子たちと話をしていた。それに、旧校舎には少なくとも昨日、中に立ち入ったりはしていない」
「エ……?」
「誰かと間違えてるんじゃないか」
「見間違えるかなあ、この顔を」
あらまあ、横から見ると睫毛が長いこと。お肌のきめも細かいこと。
昨日の夜出逢ったのは間違いなくこの、神秘的な美を持った少年だと思ったんだけどな。
「……音楽に興味ない?バンド組まない?」
「興味ない、組まない」
疑問もさておき欲望のまま誘ったら、期待してなかったがあっさり振られた。
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すなお(馬鹿)。
Sep.2022