I am.


No, I'm not. 03


旧校舎の周りに設置した集音マイクの回収や、校舎内への荷運び等、ものの見事に肉体労働が続いた。
こりゃ、一人でやるのも骨が折れるし、貴重な戦力をなくしてさぞ辛かっただろう。
「中にはまだカメラ置いてなかったんだ」
「そう。なるべく周囲からデータを収集していって、安全を確かめる」
校舎の外からおいたマイク、出入り口のところにしかなかったらしい俺の壊したカメラなど、手伝っていくうちにどんどん、今朝の俺の焦りが無用なものだったのだと知る。ビビってソンした。

実験室と書かれた教室は、比較的荷物も少なくて広々とした空間が開いていて、そこを拠点にしてデータ収集をするみたい。
俺は最初に運び入れたラックを組み立てる係にされ、渋谷さんは機材を運搬してくる係。
いつも何気なく忍び込んで、のびのび過ごさせてもらってた旧校舎に、霊が出る説が浮上したら心は穏やかではいられない。
怖いのと沈黙を紛らわすように、歌を口ずさみながらラックを組み立てる。
カタンコトン、カシャン、と音を立てるのもまた気晴らしになり、時折爪でカンカンと弾いて歌に添える。
───ふ、と笑ったような息と、後ろに立つ気配を感じて、ばっと振り向く。
「わ、……渋谷さんか……もっと物音立てるとかさあ~」
あれ?でも、教室のドアが開いた音、したかな。
佇んでいた渋谷さんから視線を外して、教室のドアを見て、閉まっていることを確認する。
元々しゃがんでいた俺は、へちゃりと膝をついて、ひっそり腰を抜かした。
はわわわ、と指をさすと、彼はにっこり優しく微笑む。
驚いてしどろもどろに、あんた誰と改めて聞いてみるも、廊下から足音がしたのでそっちに目をやった隙に渋谷さんは消えていた。
茫然としていると今度はいよいよ、足音が止まりドアの開く音がして、コードをまとめて抱えた仏頂面な方の渋谷さんがいる。
「鼻歌が聞こえてきたから終わったのかと思っていたら、まだ全然じゃないか」
「えー……???」
俺は困惑していた。


次の日も、放課後同じ場所で、って言われてたので朝は学校をサボって、練習用スタジオを一室借りた。
スタジオのスタッフに「学校は?」と半笑いに聞かれたけど「放課後行きます」と言ったら大笑いされた。
そして帰り際に、女子の制服に着替えてスタジオを出るときに、スタッフにはまた改めて笑われる。
「いやあ、違和感ないねー!」
「貶してます?褒めてます?」
俺のスカート姿が面白いらしい。普段は私服で来るので、女装姿を見るのは初めてだろうに、違和感ないのならまあ、よかったのか?
「褒めてる褒めてる。気を付けて学校いってきな」
「あんがと。いってきまぁす」
薄っぺらい棒付きキャンディーを渡されて、頭をぐしゃぐしゃと撫でまわされたが、可愛がられてるということで許した。
向かうは通っている高校。俺はこうして本来男の『』から、女の『麻衣』に成る。


「ちょっと、麻衣ちゃん!やっと来たぁ!」
「えー、なになになに」
教室の机に授業のプリントがあるだろうなと思って取りにいけば、昨日のクラスメイト、織田さんたちに捕まえられた。
どうも、俺が渋谷さんに収獲されていったのが気がかりだったみたいだ。教室の隅で黒田さんもじっとこっちを見てた。
「あのあと麻衣ちゃん渋谷先輩と帰っちゃったじゃない?もしかして付き合ってたの!?」
「ンなわけないでしょー。昨日の朝、旧校舎の近くぶらついてたら声かけられたの。んで、何か知らないかって聞かれただけ」
わざわざ中に入ってやらかしたことまで言う必要はないだろうと誤魔化す。
「そもそも、あの人先輩じゃないよ。旧校舎ってイワクあるんでしょ?校長先生に依頼されてきた専門家らしい」
「それ本当?」
黒田さんはいよいよ立ち上がって、俺たちの会話に入ってきた。
「うん、旧校舎の噂とか知りたくて織田さんたちの怪談に混ぜて欲しかったみたい」
「そうだったんだ」
「でもぉ……」
「ねえ……?」
吉沢さんや篠原さんが居心地悪そうに顔を見合わせる。織田さんは肩を竦めて、黒田さんを見た。つまり、彼女の前で怪談をすると言って、怒られるのを恐れてるんだろう。
「ねえ谷山さん、私のことあの人に紹介してくれない?」
「渋谷さんに?昨日みたいになるんじゃない……?」
思ったことをついぽろっと言ったら、黒田さんはぐっと言葉に詰まる。そしたらうっかり誰かが失笑したので、気分を害したようで教室を出て行ってしまった。
「麻衣ちゃん、あいつ気にしなくていいから」
「中学の時から霊感あるって言っててさ、時々仕切ってくるんだよね」
篠原さんと吉沢さんがため息交じりに教えてくれた。
織田さんも、一時期は信じてちやほやしてたけどね、とまで言うので三人とも中等部から内部進学したんだなとわかった。
「じゃあさ、旧校舎の噂、教えてくれない?」
俺は気を取り直して、黒田さんのいない隙にと彼女たちに怪談話を強請った。
渋谷さんには聞いてきてくれと言われていたので、これも立派なお仕事だ。



旧校舎の横の車のところに顔を出すと、何やら人が増えていた。しかも、黒田さんの後姿まであるので、一人で来たんだー……と感心する。
不穏な空気を感じて足を止めると、黒田さんが険しい顔をして振り向いて、こっちに歩いてきた。一瞬だけ目があったけど、すぐに逸らして去っていって、非常に居心地が悪くなった。
残された人は渋谷さんと、見知らぬ若い男女二人。この人たちもこの人たちで、俺を見つけると嫌そうな顔をした。
「───遅い」
「渋谷さんの聞きたがってた、怪談聞いてきたんだよ」
「……このお嬢ちゃん、バイトかなんかかい?ボウヤ」
「在校生雇って何ができるって言うのよ。まさかこの子も霊感あるとかいうんじゃないでしょうね」
渋谷さんがさも待ち人っぽく言ってくれたのだけが救いだ。
小走りに近寄る間も、二人が爪先から頭の天辺まで見るような目つきが付きまとう。
「知り合い?」
「まったく」
渋谷さんに尋ねるとどうやらそうじゃないっぽい。
知り合いじゃなきゃ、まあ同業者ってやつなんだろう。一つの現場にそんなに呼んだらバトルかフェスかのどっちかだろうに。……火を見るより明らかだけど。
「自己紹介がしたいならご勝手に」
「え?……バイトの谷山です……この人の助手を怪我させた罪で犬をやってます」
自主性に任せすぎでは?と思いつつ、一応自己紹介くらいはしとくかと簡単に経緯を説明した。
ついでに俺が迂闊な高校生だと言うことがバレたけど。
そんな俺の自己紹介は、男女二人に受けた。とはいえ微笑ましいとかじゃなくて、あー馬鹿馬鹿し……とな。



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今更ですがクラスメイトの女の子、恵子たちは苗字(ねつぞう)呼び。
Sep.2022

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