I am.


No, I'm not. 05


ベースに戻ってきてモニターを見ていると、カメラに映る人の姿がある。誰だこの人、と思いながら注視する。
肩口で切りそろえた髪型の和服姿の少女は、しばらく校舎内を見てまわったあと、俺たちのいる実験室にまでやってきた。
「……校長はよほど工事をしたいようですね。あなたを引っ張り出すとは」
渋谷さんも知ってるようで声をかける。顔見知りかときけばそうでないようだ。いわく、日本では一流の霊媒師らしく、原真砂子さんというんだとか。
二人は互いに自己紹介をしていて、それに続いて臨時助手の俺と、エクソシストのブラウンさんが続く。
原さんは先ほどの二人よりは感じが悪くはなく、俺にも目礼を返してくれた。

「キャアアァアア!!」
───突如、ダンっと何かと叩く音と、女の人の悲鳴が響き渡る。
俺たちは誰を見るでもなく、視線を彷徨わせる。多分この声は、松崎さんだろう。
ブラウンさんと渋谷さんは実験室を出ていき、廊下で声に反応した滝川さんに答えている。
みんなして声の主の元へ駆け出していくので、俺はどうしようかなあとその背を見守る。すると、原さんまでもが教室を出るのだから驚いた。
「え、原さんも行っちゃうの?」
「ええ、一応。何の気配もありませんけれど」
一人でここに残るのやだなーと思って、俺も原さんと同じ歩幅でついて行くことにした。


松崎さんは特にこれといった怪我はなく、霊を見たとかでもなく、単に教室に閉じ込められてパニックになったようだ。
霊がいるかもと思われている旧校舎では怖かろう。俺が同じ状態になったら、なりふり構わず声あげるもん。
「仮にも霊能者なのでしょ?あれしきのことで声をあげるなんて情けなくありません?」
かわいそーと思ってた俺をよそに、原さんはきっぱり霊はいないと言って松崎さんに呆れた眼差しをむける。そこで黙っている松崎さんではなく、二人のバトルはしばしば続いた。
「とにかく、アタシはこの地を守ってる地霊の仕業だと思うわ」
「俺は地縛霊のほうだと思うけどなあ。この校舎昔なんかあったんじゃねえ?」
「君はどう思う?ブラウンさん」
「あ、どうぞジョンと呼んどくれやす。僕にはわかりませんです……、フツウ、ホーンテッドハウスゆうのはスピリットかゴーストですやろ?」
「スピリット……精霊か」
やがて始まった専門家たちによる意見交換。宗教観もそれぞれだし、幅広い用語の数々についていけない俺。おとなしく空飛ぶスパゲティーにでも思いを馳せとく。俺には関係ないことだしな。

んーんー、と鼻歌交じりにゆらゆら揺れながら、松崎さんが離脱し原さんと渋谷さんが何やら話し込んでるのを眺めていると、滝川さんがひょいっと俺の顔を覗き込んでくる。
「なあ、さっきから背負ってるけどそれギター?なんだってそんなもん持ってきたんだい」
「ああ、普段から持ち歩いてるんだけど、車に置いとくかここに置いとくか迷って、背負ったまんまだった」
「重くねーの……」
「羽根が生えてるみたいに軽い」
「谷山さんは、バンドやってはるんですか?さっきの話やと」
「バンドあんの?なんてーの」
滝川さんは俺のギターに食いついてきたあたり、音楽に興味があるんだろうか。まあ僧侶と言われたらまず間違いなく嘘だろ?と聞き返すくらいの見た目なので、バンドマンと言われた方がしっくりくる。
ここがライブハウスであったならもっと話し込むんだが……。
「ナイショ。でもあの人とこの人に声かけたら振られた」
「もちょっと、人選どうにかすれば?」
渋谷さんとジョンを指さしたら、滝川さんぐっと笑いをこらえて言った。
「───谷山さん」
「はい?」
ふいに、原さんとの話を終えた渋谷さんが俺を見た。
多分俺たちのくだらない雑談などは聞いてないだろう。
「今日はもう引き上げていい。明日は土曜だが何時から来られる?」
「午後からなら……あ、念のため連絡先聞いといていい?」
「ああ。できればそのまま泊まれるようにして来てくれ」
「うっ……はい」
今日はすぐに帰れることになってラッキーと思いつつも、渋谷さんには休日も拘束されるのかと思うとちょっと憂欝な気分になった。


旧校舎を出て、バンド仲間と打ち合わせ兼飲み会があったので、また制服から着替えて馴染みのバーまで繰り出した。
周囲の酔いが回ってくると酒を飲んでも咎められないので、たまに隅っこで人が残したアルコールをちびちび舐めたり、煙草を拝借したりと非行に走りつつ、気が付けば朝5時の閉店時間になっていた。
店長が死にかけてる仲間たちの頬をベチベチ叩くのを見ながら、俺は隣で寝こけてた唯一の女子である望ちゃんを揺さぶり起こす。
「あ~~」
「声やば」
酒焼けしたかのような声に笑ったら、俺自身も声が枯れてたせいでさらに笑った。
「望ちゃん始発が出る時間になりましたよー」
「うう、おんぶ」
「仕方ないなあ」
「ああいいよ、、俺が負ぶる」
「ありがとう浩ちゃん」
おんぶしても良かったけど、代わってくれた浩ちゃんにお礼を言う。
全員酒とたばこ臭いんだろうな、と思いつつ俺自身ももう慣れてしまっていてよくわからない。
ただ、持ったままだった制服に匂いがうつっていないかだけ気になって確かめる。
「うーん、わかんね」
「なに?」
「制服、くさいかなって」
「どれ」
慧くんに制服を渡すと、すんっと匂いをかぎはじめた。
確かめてほしかったが、それはそうとして、絵面がやばいな。
多分大丈夫というお墨付きはもらったけど、一応家帰って匂い消しスプレーしないとなあ。


家に帰ってシャワーを浴びて、少し寝た。渋谷さんにはこれを見越して午前中は無理と言ってあったのだ。
四時間くらいしか寝られてないし、若干アルコールが身体に残っている気がしなくもないが、息から匂ったりはしないだろう。
コンビニで軽食を買ってから「オハヨ~」と顔を出すと、すでに昨日のメンバーは出そろっていた。
挙句に、黒田さんの姿まである。
それに、松崎さんは昨日のオネーサンっぽい服とは違い、巫女装束というやつだ。
「……遅い」
「申告した時間だろ?」
自分の腕時計と渋谷さんの仏頂面を見比べる。
きっと霊能者がバトってて、面倒くさかったから俺に当たったに違いない。
「なんかあった感じ?」
「さっき松崎さんの祈祷が行われた」
「そんなイベントが……見にくりゃよかった」
「見世物じゃないわよ」
「まあ見てろって言って失敗しやがったんだわ」
渋谷さんに続いて、松崎さんと滝川さんが口を挟んできて流れるような口喧嘩が始まる。ラップバトルはヨソでどうぞ……。
ちなみに黒田さん曰く、ガラスが割れて校長にケガまでさせたと言うのだからまあまあオオゴトだ。
昇降口でそんなことがあったとはつゆ知らず、俺はのうのうと歩いて入ってきたわけだが。
「んで?黒田さんも渋谷さんの手伝いになったの?」
「そんなところよ」
「僕は頼んでいないんだが」
「谷山さんに頼むよりは私の方が力になれると思うけど」
……帰っていいかな??
今日はさすがにギターも置いてきたので、暇つぶしにモニターを眺める。
人の言い合いにおろおろしていたジョンも、我関せずな俺の動きにつられて、苦笑しながら意識を逸らすことにしたようだ。
「んー?昨日カメラ置いた教室、あんなとこに椅子なんかあったっけなあ」
「どうでっしゃろ……ボクもあんまり覚えては」
もぞもぞと隅で話し合っていると、渋谷さんが何だと覗き込んできた。
渋谷さんも教室の真ん中におかれた椅子が気になったようで、昨日からいたはずの霊能者たちに、その教室に入ったかを確認した。
でも誰も入ってないというので映像を巻き戻して確認したところ、ちょうど今日の午前中に、椅子がひとりでにずるずると動くところが映っていた。



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\ぎたあは軽いな、羽根が生えてるみたいだ。/
Sep.2022

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