No, I'm not. 06
「ポルターガイストじゃないかしら。騒がしい幽霊って意味だったと思うわ。霊が物を動かしたり音を立てたりするのよ」
そうでしたよね、と渋谷さんに同意を求める黒田さん。
無知な俺にわかるような説明をありがとう。願わくばバイトは変わって欲しいがきっと渋谷さんは許さないだろう。
「詳しいね、だけどポルターガイストとは思えないな。ポルターガイストが動かしたものは温かく感じられるものなんだが、あの椅子に温度の上昇は見られない。そんな例はあまりないんだ」
「そやけど、ポルターガイストの条件は満たしてるのと違いますか?」
「……ティザーヌだね」
ジョンに促されるようにして、ティザーヌについての解説が始まった。
出た専門用語のオンパレードと思って聞き流していたら、今度は黒田さんが、自分が襲われたと言い出した。 滝川さんが声を大にして反応するので、黒田さんはつられて強い口調で「本当よ」と言い切る。
この校舎に来るときに髪を引っ張られ、逃げようとしたら首も絞められたと説明した。
しかも『お前は霊感が強いから邪魔だ』と言われたらしい。
「……ここにいる霊ってそんな凶暴な性格なの?」
「ええそうよ、現に窓ガラスを割って怪我をさせたじゃない、───とても怒っているわ」
黒田さんの言う通りの時間頃の録画を見てみると、映像は記録されていなかった。渋谷さん曰く、そういう霊障があった時はえてして記録が残らないことの方が多いという。
録れてないということが証拠ってこと……?
「ここに霊はいませんわ……」
原さんはもう一度校舎内を見てくるといって、実験室を出ていった。
俺は原さんの後を追う。残されたみんなが、俺が動いたのに少し驚いていたけど誰も引き留めたりしなかった。
着物姿で早くは歩けない彼女には軽く走ればすぐに追いつく。
「原さん!あの」
「あたくしのこと、笑いにでもいらっしゃったの?」
「……そんなことしない」
原さんは毛を逆立てる猫のような警戒心で、追いかけてきた俺にきつい目線を向けたけど、すぐに居心地が悪そうに目を逸らす。
「では、どうしていらっしゃったの」
「うーん、霊が見えるって、どんな感じ?って、聞いてみたくて」
「今までずいぶんご興味がなさそうにしてらしたけれど」
「あはは」
俺は頭をわざとらしく掻いて、場を和ます。
今まで特に話に交じってこなかった俺の態度を言ってるんだろう。機械の操作とかわからないことがあったら聞いてたけど。
「───ん、やっぱいいや、今の質問ナシ。答えなくていい」
「え?」
廊下を歩いていた原さんが戸惑ったように足を止めた。
今更だけど俺、仕事の邪魔はしてなかろうか。
「自分の感性を言葉にするって大変だし、他人の感性を理解するのって難しいよな」
俺も音楽性の違いとかで、人と分かり合えない事ってたくさんあった。
音楽は好きだけど、全部が好きというわけでもないし。
「それに、共感できたときの気持ちよさを知ってる」
「共感……できるのかしら」
「原さんの場合は、ここに霊が居なかったと分かった時、じゃないかな」
「それもそうですわね」
小さく微笑んだ原さんは気分が浮上したみたいで、その後も俺がのこのこついてきてても嫌そうにしなかった。
自分の歌が人の心に響いた時、それは百パーセント自分の思いが届いたという訳ではないと思う。でもその人の心の中にある何かと俺の思いが、何パーセントか結びついて感動が引き上げられたというならそれは、立派な共感だ。
原さんが頑なに霊はいないと言い続けた声も、黒田さんの悪霊はいるという声も、全てを理解することは出来ないけど、思いの強さはそれぞれに感じる。
ただし俺は、そのどちらにも今のところ共感ができないんだけど……。
「───まさん、谷山さん!」
「あ、はい」
「祈祷を始めるわよ!」
周囲の音が遠のいていたせいで、肩に手を置かれてようやく気が付いた。
ノートに思い浮かんだフレーズとかを掻き散らかしてたせいである。
黒田さんがちょっとむすっとした顔で俺を見ているのが分かって、居住まいを正す。
原さんが霊視をしてるとき、二階の教室から転落した。それは単なる事故に見えたし、原さん自身も霊の所為ではないと言い残し、救急車で運ばれていった。
その後、この事態を少し重く見た渋谷さんが調査の角度を変えると言って車にこもったので、俺が機材を見ていることになった。ところがそれを、黒田さんがやりたがったのでお願いした、というわけ。
「お前、暢気に作曲なんかしてんじゃねえ」
「えへへ」
滝川さんは俺がノートにぐちゃぐちゃ書いてたものを作曲だと分かったみたいで、軽く頭を小突かれる。
気づけばジョンがエクソシストらしき格好に着替えてきていて、苦笑いで俺を見ていた。
「一応渋谷さんに報告しとっか」
「こういうときだけ働くのね」
「要領いいやつ」
何か変化があったらマイクが車に繋がってるから連絡入れろって言われてたので、俺は最低限の仕事だけはこなす。
松崎さんと滝川さんには呆れられたけど、俺は別に黒田さんに頼んで仕事してもらってるわけじゃない。
「いいわ、このくらい。それに谷山さんが見ていても気づかないことってあるだろうし」
「ありがとね」
にこっと笑っておくのは処世術である。
まんざらでもなさそうなのでヨシヨシと思いながら渋谷さんに報告を入れて、ジョンの映し出されたモニターを見ることにした。
next
あわよくば仕事をしたくない精神。
Sep.2022